「幻っぽい音が欲しかった」 団地の一室、「トライアングル」を独学で作り続ける職人の話
ふしぎな音とふしぎな会話。
トライアングルという楽器がある。金属の棒が三角形に曲がっていて、金属の棒でたたくとチーンと鳴るやつだ。
最近、僕の友人が1つ1つ自ら手作りしたトライアングルを売っているという。しかも、けっこう好評なようなのだ。
しかし、トライアングルだぞ。あれに「良い」とか「悪い」とかの基準があるのか。好評というのがよく分からない。
そんな疑問を持ちつつ、作業場兼住宅である団地の一室に行ってみた。
独学で400本のトライアングルを作った
――まず聞きたいんだけど、北山さんってどのくらいトライアングル作ってるの?
北山:2年くらい前から。最初の1年に200本くらい作ったけど、これはあんまりうまくいかなくて。1年くらい経って「いい感じだ」っていうのをつかんでから、また200本くらい。だからトータルで400本くらいは作っている。
――それって誰か師匠について習ったりするの?
北山:いや。全然。1人で作り始めて。なんで作り始めたんだろうねえ。既製品のトライアングルを見ていて、もっと儚い(はかない)ような幻っぽい音ってできないかなー、って思ったのがきっかけ。
お寺の鐘の音みたいなトライアングル
――で、北山さんのトライアングルって普通のやつと違うの?
北山:あのねあのね、既製品は例えばこんな音がするの。
(チーン)
――ふーん。これが普通ってことですね。これって値段いくらくらいなんですか。
北山:3万円くらい。きれいで透き通った音ですよね。
――それで、北山さんのトライアングルはどんな音がするんですか。
北山:自分が欲しいって思ったのがさっきの「チーン」みたいな音ではなくて、なんか妖しい音。
(ギラアアアアーン)
――あー、なんだろう。ものすごく響く。
北山:響きますね。
――なんか複数の楽器が一気に鳴っているみたいだわ。トライアングルというより、西洋の寺院の鐘の音に思えるな。全然違うのはすぐ分かる。こういうのはなかなか売っていないの?
北山:売っていないね。いろいろ見てきたけど、まず見たことない。どう使えばいいかも分からない特殊な音だし。
――じゃあすごい値段で売れる?
北山:あ、でもね。そこまで他社と変わらない。
トライアングルの作り方
――トライアングルってどうやって作るんですか? トライアングルの「素」みたいな金属が売っていて、北山さんは形を作るだけなの?
北山:いや。こういうのを業者に頼んであつらえてもらっているの。
――特注なんだ。
北山:いろいろ合金を試してみて、探るだけで1年くらいたっちゃった。
――そんなに難しいんだ。
北山:最初は固いのが良かろうと思って、固い合金を作ってもらったんだけど、ボキボキ折れていくんですよ。固いだけだと曲げられないの。金属の固さって言ってもいろいろな種類があって。単に固いだけだと、ガラスみたいに変形しないで割れちゃう。残骸たくさんあるよ。
――トライアングルの死骸だ……。
北山:これをバーナーやコンロで熱して、曲げる。
――どうやって曲げるの?
北山:これ。
――万力のお化けみたいなのでてきた!
北山:そうそう。お化け(笑)。こんなの家にあるのおかしいよね……。あっ(持ち運ぶときに)くるぶし打った。痛い!
――大丈夫っすか。
北山:大丈夫。これで曲げるんだけど、何度も曲げたり直したりすると、金属疲労って言って、金属にストレスがかかった状態になるのね。ストレスがかかると、固くなって、伸縮性がなくなって、どんどん亀裂が入っちゃう。そうすると音が悪くなる。
――ということは、何度も曲げないで、できるだけ1回で決めた方が良いんだ。
北山:そうそう。でもね。なかなか1回で曲げられなくて。難しい。1回熱して曲げる、その後固くなる。その後にもう一度熱をかけると、金属のストレスがとれるの。それを「なまし」って言うんだけど、そうするとまた曲げられるようになるから。
――ああ、じゃあ、手間はかかるね。曲げて形が決まって、冷めたら完成?
北山:普通だったらこれで完成。ただね。曲げただけよりも、表面をたたいてデコボコさせると、音が単調にならないんです。響きがより豊かになる。このあたりのことはずっと追求しているんだけど……。
――製作していて、周りから苦情来ないんですか。
北山:たたく工程だけは公園に行っている。音に関して苦情は来たことないね。
音の効率よりも大事なものがある
――さっき「響きが豊か」って言ってたけど、それがよく分からない。豊かってどういうこと?
北山:複雑な音っていえばいいかな。震えるような、雑味というか、濁りというか、怪しさというか。面白みが出てくるんですよ。
――ああ、さっきの鐘みたいなアレか。
北山:今のトライアングルって、ハッキリとした音を表現しようとしているのが多いんです。ある意味効率重視というか。
――なるほど。最初聞いた既製品のチーンみたいな音ね。
北山:でもその方向で進化していって雑味を取り除いていったら、みんな同じになっちゃうから。世界中ありとあらゆるところで、みんなそうじゃない。例えばコーヒーなんかもそうで。各農園で効率を求めてくと収斂(しゅうれん)作用が起きるんですよねー(北山さんは上野のコーヒーの名店「北山珈琲店」オーナーの息子)。僕はそれとは逆のことやりたくて。
――そういうのに対する反抗って感じか。反グローバリズム、とまで言ったら大げさかもしれないけど。
北山:そうそう。それだよ。ただねえ、僕のトライアングルを買うのは、海外のオーケストラの人たちなんですよ。今までずっと効率を重視していたオーケストラの団員が、逆にこんなトライアングルに感じ入ってくれるんだな、って。
――意外と新しい音が欲しかったりするのかな。オーケストラなんてちゃんと聴いたことはないけど……。
北山:何か感性に響くところがあったのかな。個人的な動機で作ったものが、外の世界に共感して広まってくのは、ロマンがあると思います。
――ところで海外の人がどうやってこれを買うの?
北山:浅草にある打楽器専門店に置いてもらっていて。そうしたら、まず来日したパリのパーカッショニストがいくつか買ってってくれたみたい。 その後に、その人の知り合いがトライアングルを見に来てくれて、一山分のトライアングルを「ヨーロッパ中に宣伝する、向こうの楽器店にも掛け合ってやる」って言ってくれた。
――それ、うれしかったでしょ。
北山:そんな申し出、うれしいに決まってるじゃないですか! そういうわけで海外の方が今は多くなっているかなあ。
――北山さんって結局職業は何ですか?
北山:インタビューで聞かれると思ったけど、よく分からないんですよね。
――トライアングル職人じゃないの?
北山:職人というほど立派で偉そうなもんではないと思う。でも、そう書いてくれるならトライアングル職人におれはなる!
――おっ。トライアングル職人宣言だ。
北山:でも実はタイコも作ろうと思ってて。材料あるんだけどまだやってないんだよね。シンバルも作りたいしコーヒーもいれたいしカレーも作りたいし。
――急にいっぱい出てきたな! なんなんだ。
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