企画消滅した「エイリアン5」の監督は、なぜSteamで映像作品を売るのか? 映画業界で“今起きている”変化
1人の映画監督による挑戦。
今、映画産業の根本を支えている「映画館での上映」という形式に少しづつ地殻変動が起きている。その象徴といえるのが、「第9地区」「エリジウム」「チャッピー」の監督として知られるニール・ブロムカンプと、彼が主宰するOats Studiosの試みだ。
「大作映画」に身動きが取れなくなる「監督」
最近航空自衛隊への導入が始まった統合打撃戦闘機F-35。この機体のような最近の戦闘機は開発に巨額の予算と時間を必要とし、それは一国の予算でまかなえるものではなくなってしまった。だからF-35はさまざまな国が開発プログラムに参加した機体となっている。映画産業でも、これと全く同じことが起こっている。つまり巨大な予算と関係者の人数に、映画を作るという作業自体が飲み込まれているのだ。
一例を挙げると、最近の「スター・ウォーズ」関連タイトルの混乱がある。人気キャラクターであるハン・ソロを取り上げたスピンオフでは監督とされていたクリス・ミラーとフィル・ロードが解任され、ロン・ハワードに交代するというトラブルが発生した。2016年の「ローグ・ワン」でも映画の完成直前になって大規模な撮り直しと再編集が行われたのは記憶に新しいが、それに続いてビッグバジェットの超大作で監督の交代という波乱が起きたことになる。
つまり、スター・ウォーズは既に普通の映画監督が制御できるタイトルではなくなっているのである。大作映画には巨額の資金が投資され、それを確実に全世界で回収しなくてはいけないという命題を背負っている。しくじればスタジオの経営にダイレクトに関わるから、内容的な面での冒険も難しい。マーチャンダイズも含めると関係者の人数は天文学的な数になり、その頂点である監督は身動きが取れなくなっている。
YouTubeとSteamによる作品発表
この現状に飲み込まれたうちの1人が、前述のニール・ブロムカンプである。彼は「エイリアン5」の監督を務める予定で、自身のTwitterやインスタグラムなどのアカウントでコンセプトアートを発表していたが、「政治的な理由」で企画自体が完全に撤回されてしまった。正確な理由は外部からは分からないが、ある程度進行していたビッグバジェットの企画がいきなり消滅するというスキャンダルからは、現在の大作映画製作の難しさが垣間見える。
しかしブロムカンプはそれだけでは終わらなかった。「エイリアン5」の企画消滅を受けて新たに自らの製作会社である「Oats Studios」を立ち上げ、実験的な短編作品を「Oats Studios - Volume 1」のタイトルで6月16日以来連続発表しはじめたのだ。現在Web上には「RAKKA」「Firebase」「Zygote」の3本のショートフィルム、さらに5分程度の短編として「Cooking with Bill」シリーズとブロムカンプ作品の常連であるシャールト・コプリーが出演している「God:Serengeti」がアップされている。
この発表の方法は主にYouTubeと、PC向けゲーム配信プラットフォームであるSteamを使ったものだ。YouTubeでは全編がそのままアップロードされているが、注目すべきはSteam版である。こちらではスタジオをサポートしたいユーザー向けに498円の有料DLCを配信。通常のステレオと5.1チャンネルに対応したものの2種類の本編映像のほか、コンセプトアートを掲載したブックレット、登場するエイリアンの3Dアセット、シナリオ、製作中の様子を撮影した画像などが大量に含まれている。映像のみならず、製作のノウハウ自体を500円以下でぶちまけているのがSteam版なのである。
メジャースタジオでは作れない表現
実際に現在公開されている「RAKKA」「Firebase」「Zygote」の本編を見てみると、なぜブロムカンプがこれをメジャースタジオで撮影しなかったのかがよく分かる。これまでの作品でも直接的な暴力描写に躊躇(ちゅうちょ)がなかったブロムカンプだが、「Volume1」でも爆発によって粉々になる人体や腐りかけた死体、解剖、出血など人体損壊シーンのオンパレードである。しかし、それだけならば過去の作品にも存在した。
ブロムカンプは今までの作品で、人間をハードウェアとソフトウェアに分解するような試みを続けてきた。つまり、人間の内面と外面を分断し、それによって発生するドラマを追ってきた監督である。「第9地区」では中身が小役人なのに外見がエビに似た異星人と化すことで主人公に生じる変化を描き、「エリジウム」ではハードウェアとしての人体に追加パーツをネジ止めで外付けする即物性が目を引いた。「チャッピー」ではついに人間の内面をコピーして別のハードにペーストするという地点までたどり着いている。
内面の葛藤によるドラマを描きつつ、人体は直接的な改造や損壊の対象とすることで、ハードウェアとしての身も蓋もない即物性を浮き立たせる。今までのブロムカンプ作品の見事さは、その手つきのシャープさに大きく起因していた。人体に対する即物的な扱いは「Volume1」でも健在で、例えば「Zygote」での指紋認証を巡るシーンなどは即物性の極みのような描写だ。
しかし「Volume1」で描かれているのはそれだけではない。「RAKKA」に登場したトカゲのような異星人は地球を侵略し人間を捉えて奴隷にすると同時に、人体を繁殖のための器としても使用している。それと同時に彼らは人間の頭脳に干渉し、防具をつけていない人間を操ることができるのだ。さらに人間の頭脳を外科的な手段によってコントロールし、抵抗を続ける人類に向かってプロパガンダを怒鳴る機械としても利用する。ハードウェア部分に対するものと同様、ソフトウェアに対する戦いも描いているのだ。
2作目である「Firebase」では、ベトナム戦争の最中に現れた「Rivergod」と呼ばれる謎の生命体と米軍との戦いと、異常なまでの幸運を持つ兵士ハインズの姿が描かれる。Rivergodは兵士に対して幻覚を見せ、アメリカ本土の空軍基地がソ連の新兵器によって襲撃されているというビジョンを直接脳に刻み込んだ。こちらに対しても、ソフトウェアとしての人間の意識に対する攻撃が描かれている。
つまりブロムカンプは、今まで自らが描き続けてきた主題に対して、連作短編という形でもう一歩踏み込もうとしているのだ。大事なテーマだからこそ、メジャースタジオの下で出資者たちに小言をいわれ、編集権限を制限されたままで製作することはできなかったのではないか。そしてこの問題をクリアするために選んだのが、インターネットでの配信という方法だったのである。このプロジェクトについてブロムカンプは「金に火をつける行為」と発言しており、新しい収益を生み出すシステムと見なしていないことが分かる。
それでもブロムカンプは自らの描いてきたテーマをより深く掘り下げる方を選んだ。さらに自らの映像製作の手管を課金対象として公開するという、今まで誰も試みなかった方法を用いてだ。Steamだけを武器に、ブロムカンプはほぼ捨て身の戦いを挑んだのである。
凝り固まった映像制作の現場に一石を投じるか
この「Volume1」がいつまで続くのか、それぞれのタイトルに相互のつながりはあるのか。さらに正式にソフト化されることはあるのかなど、詳細はまだまだ謎に包まれている。だからこそ筆者はブロムカンプの一挙手一投足から目を離せない。Twitterではブロムカンプ自身が「『RAKKA』を長編映画で見たいっていう人いるのかな……?」というような質問を投げたり次回の公開を小刻みに告知したりと、従来の映画製作では考えられないほど自由に発言しているのだ。今最もインタラクティブな映像製作が展開しているのを、リアルタイムに見ることができる。
そういった楽屋オチ的な部分も含めて、今最も見物しがいのある映像制作者がニール・ブロムカンプ、そしてOats Studiosなのである。タダ同然の値段で放り出されているこれらのコンテンツが、今後映像製作のプロセス自体を根本的に変化させるかもしれない。そんなスリリングな期待が、このスタジオからは漂っているのだ。
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