中学生時代の鬱憤と衝動と友情とやりきれなさ 『月曜日の友達』水谷茜と月野透の、優しくてひりついた関係:あのキャラに花束を
いつまでも子どもでいたい、って思い叶うと思ってる?
『空が灰色だから』や『ちーちゃんはちょっと足りない』など、かつて少年少女だった大人が封印していたものの蓋が開いてしまう阿部共実作品。読むと不安になるマンガの名手です。そんな作者の新作長編『月曜日の友達』から水谷茜と月野透をご紹介。1巻は、身構えなくても大丈夫。
幼い女の子と、きれいな男の子
幼稚でわんぱく、活動的な少女、水谷茜。おとなしくてきれい、目立たない少年、月野透。中学1年生になった2人の性格は真逆。
ある日、集団にいびられていた月野を見た水谷は、居ても立ってもいられずキックで飛び込み「ひとり相手に集団で卑怯なことしてるんじゃない」とたんかを切る。その時に蹴り上げた紙パックのジュースは、ごみ箱にホールインワン。
その晩、月野は水谷に言う。ごみ箱にパックが入ったのは、俺の超能力だ。「俺だけじゃ無理なんだ。俺の力を引き出すヒントは水谷、君にあるらしいんだ」トンチンカンな話で言いくるめられながらも、水谷は月曜日の夜学校で会うことを約束してしまう。月野の瞳がやけに激しく光っていたからだ。
月曜日以外は、学校でも一切話しかけない。2人は月曜日の夜限定の友達になった。
月曜日なんて大嫌いだ!
月曜日が嫌いな人、多いと思う。休日が終わって仕事が始まるから。でも「月曜日恐怖症」って、いつくらいから人に芽生えるんだろう?
多分中学校1年生だと思う。小学校の頃はみんなと遊べるから、月曜日はむしろ待ち遠しいこともあったかもしれない。あるいは学校に行きたくない理由も、勉強いやだから、とか軽いものだったり。
中学校に入ると、自意識が高まり、今までの比じゃない拒絶反応が生まれがち。友達との会話が合わない。友達がいない。自分が受け入れてもらえない。浮いていて息苦しい。「普通」だと思ってもらえない。教室という空間が怖い。学校という閉じた世界が気持ち悪い。
月曜日のことを考えると、体の奥底から辛くなる。
水谷茜はものすごく素直で、裏表が一切ない。そんな子でも「月曜日が嫌い」になるのが、思春期の厄介なところ。
小学生時代は一般的には「子ども」として扱われます。けれども中学校に入った途端「もう中学生だし」と言われ、手のひらを返される。自分の感情が変化についていけず、理由もわからず高ぶる。抑えられない変な気持ちで、気分がごちゃごちゃしてしまう。
「私はどうすればいいんだ。この気持ちをどうすればいいんだ。中学生になった途端気づいた。この町は窮屈すぎる。道も世界も生活も。何一つ気にせず考えず、動きたい走りたい飛びたい叫びたい。血液をめぐらせたい。体熱をあげたい。身体と脳と水分を燃やしたい」
衝動を、部活や勉強や遊びで昇華できる子はいる。でもどれにもそぐわない子もたくさんいる。水谷にも友達はいるし、カラオケに一緒に行くくらいには親しい。でも彼女は、その「普通」にはなれず、かえって不安になるばかり。
説明できない、止まらない衝動と焦燥。変な少年・月野に出会ったのは、彼女が悶々を抱えて意味もなく走り出した夜でした。
別に変でもいいじゃないか
阿部共実の、現実なのに異世界のようなモノクロ描写はインパクト抜群。ああ、後先考えずボールをぶちまけたい!
月野は「深夜の学校で机を十六個、ボールいっぱいのバケツを三個用意して、均等に並べたあと、ボールを投げる」という奇怪な行動を取っています。どうやら超能力の練習っぽいよ。
見ていて楽しくて仕方ない。だって秘密基地じゃん。2人きりの、だだっぴろい、何をやってもいいナイショの空間。ここに「普通」なんてない、ボールを投げて追いかけて、意味もなく駆け回れる。理由がいらない。
もっとも大人が見ていたら、こらこらと叱るでしょう。同級生がいたら、何やってるんだ子どもじゃあるまいしと言うでしょう。
月野は何も言いません。それどころか「超能力で君の小さな体を大空に放り投げてあげるよ」とばかげたことをしれっといいます。このどもじみたセリフが、とても心地よい。何も考えなくていいから。水谷は、自分も子どもだから。たまりにたまった水谷の月曜日の鬱憤が、彼へのシンパシーで爆発します。
中学校、止まらない衝動
2012年。女子中学生数人が中学校のプールに数百匹の金魚を放流し、自らも飛び込んで泳いだ、という実際の事件がありました。理由は「金魚が泳いでいたらキレイに違いない」という、シンプルすぎるもの。なんかの映画みたい。もちろん迷惑行為なので怒られました。金魚は無事周囲の人に引き取られました。
1988年。机447個を持ち出して、中学校の校庭に「9」の字を並べる事件がありました。犯人は中学の卒業生9人。なぜ「9」なのか世間が推理しまくってニュースを騒がせたものの、「一番好きな数字だから」という本当にしょうもない理由が判明。なお警備員を捕まえたのと建造物侵入で罰が下されたものの、「9」を作ったことは罪に問われませんでした。
どうしてもこういうのを見ると「現代社会へのうんぬん」とか「中学校の人間関係うんぬん」とか考えちゃいます。でも本当になんにもないことの方が多いんじゃないかなあ、と思うのです。
『月曜日の友達』は、「変」でクラスメイトにあわせられない、子どもな2人の物語。次第にお互いを理解して「友達」になります。
たまたま落下してしまった深夜のプール。持っていたボールを全部ばらまいちゃって、制服でびしゃびしゃのまま、2人わけもなくはしゃぎます。
机を並べたのも、ボールをばらまいたのも、プールではしゃいだのも、「なぜ」なんて聞いても仕方ない。「若さゆえ」とか言わないで。普段押さえ込んで行き場がない「子ども」のエネルギーを発散した結果「そうなった」以外の何物でもない。
あ、リアルにマネすると不法侵入で捕まるので、絶対やっちゃだめです。
ボーイミーツガール?
現時点では「ボーイミーツガール」と言われると、ちょっと「?」となります。
というのも、別に少年と少女であることはさほど重要じゃないから。「中学生になれない子どもと子ども」の出会いです。子どもから中学生への成長途中のモヤモヤをぶつけあえる貴重な友達関係なので、何らかの言葉でくくってしまうのはちょっともったいない。このあとどうなるかはわかりませんが……。
全編にわたって、水谷の視点で描かれるこの作品。水谷はおばかさんに見えて、かなりの思索家。世界の色と、自分と、月野の姿を考えて言葉にします。
「お前はまるで写真に放った火のにおいを吸い込むように思い出を噛(しが)むんだ。思い出が真っ黒になるまで燃やすんだ。今日私といたこともこの夏の夕空も、お前の思い出となるのだろうか」
月野と一緒にいる時は、何の理由もなく楽しく心を弾けさせることができる。超能力の話をする月野はまるで、水谷が考える「子ども」の権化。安心して一緒にいられる人間。
けれども時間はたっていく。月野は学校で嫌がらせを受けつづけている。このまま永遠に続くようにはとても見えません。
水谷のモヤモヤした感情がわかる人は、すでに喪失した子ども時代を思い出して、とても切なくなる作品だと思います。一方でこの鬱憤がわからない人もいるはず。そういう人は、クラスにいた浮いていた子のことを、ちょっとだけでいいので思い出してほしい。
もしかしたら浮いていた子たちは、深夜に特別な時間を過ごし、どこかで知らない思い出を作っていたかもしれない。わかりあえる人以外誰も入れない、特別な子どもの時間があったのかもしれない。
(C)TOMOMI ABE / Shogakukan 2012-2017.
(たまごまご)
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