早押しクイズの微分学 〜4文字でボタンを押す「最速の押し」が「最速ではなくなる」理由〜(1/3 ページ)
儚くも美しき早押しクイズの極限。
こんにちは、QuizKnock編集長・東大生クイズ王ということになっている伊沢です。
『ナナマルサンバツ』のアニメ化などもあり、ここ数年で競技クイズを取り巻く環境も、(少なくとも普及という面では)随分変わってきた。「クイズ研究部って普段何してんの?」と訊かれる機会は減ったし、そもそもクイズ研究部というものがあって、ガチンコでクイズしているということ自体が知れ渡ってきている。僕自身もついつい流されて、専門用語をペロッと言ってしまったりするほどには状況が良くなってきているのである。
そんな専門用語の中でも、『ナナマルサンバツ』のアニメ作中でよく使われているものの1つが「確定ポイント」だ。これは早押しクイズにおいて、読み上げられている問題を「ここまで聞いたら100%答えが確定する」という問題内の箇所のこと。例えば、
「カリフォルニア州クパティーノに本社を置く、iPadやiPhoneなどの製品で知られる世界的なIT企業といえばどこでしょう?」→「答え:Apple」
という問題があるとすると、この問題の確定ポイントは「カリフォルニア州クパティーノに本社/」である。もちろんクパティーノに本社を置いている企業が複数ある可能性はあるが、この場合はAppleがあまりにも有名なので無視できる程度の可能性としている。
この「確定ポイント」ぴったりで押すのが早押しクイズの理想である。クイズ界の定説である。
しかしここ数年、戦略的な変遷に伴い、この確定ポイントへの見方も変化が生じてきた。結果だけ端的に述べるなら、理想的な早押しタイミングは確定ポイントより前側に進みだしたのである。最速の新たな扉が開いたのだ。
ということで今回は、「早押しクイズの最速が、どのように追い求められてきたか」を最新の研究を交えて探りたいと思います。
そしてその結果われわれは、「最適解は、それ自体が存在することにより最適ではなくなる」という構図にたどり着くのです。一体それはなぜか。いきましょう、ふしぎ・発見。
「最速」をどう定義するかだ
まず、ある問題を「誰よりも早く押す」ということについて、正確に定めていこう。野放図な状態で議論を始めると、「読み上げられた瞬間に押す。カンで答えれば当たる可能性はある」となってしまう。
「早押しクイズ、どこまで早く押せるか」論争は、正解率についての決め事なしには行えない。ここでは、「8割以上の確率で正解できる押し」でなければならないと、いったん仮決めしておこう。この過程は後々変化させていく。
先にも述べたように、早押しクイズにおける理想の押し(スラッシュやポイントとも)は「確定ポイント」と呼ばれる。ここまで聞けば100%正解になる、という最速の押しポイントのことである。この「確定ポイント」というのは議論を突き詰めていけば一カ所に定まるものであるが、全ての人間が同じ問題について同じ確定ポイントを想定できているわけではない。
アニメ『ナナマルサンバツ』では、
「京都三大祭といえば、5月の葵祭、7月の祇園祭と10月の何でしょう?」→「答え:時代祭」
という問題において、「7月の頭の『し』」が確定ポイントとして紹介されていた。しかし、この問題についてトッププレイヤーが想定している確定ポイントは「5月の『ご』」である。
「ご」から始まる京都三大祭はないので単純に祭りを並列させた問題ではないと分かるし、「5月」に言及している時点で「時期順に三大祭を並べている」ことが分かるのだ。トッププレイヤーは「5月」が読まれた段階で既に早押しランプを点灯させているだろう。
このように、最速を定義するにはまず、定義する側がある程度知識を持っていて、いろいろな可能性をつぶせる人間でなければならない。逆にいえば、あまたあるクイズの問題の全てにおいて「確定ポイント」が統一的に明示されている、というようなことはないのだ。その点は決まり字が明らかになっている競技カルタとは違う要素だろう。
逆にいえば、どのような問題が出てきても競技クイズの文脈の中では「確定ポイント」が定義可能である。百人一首は百枚であることにより確定ポイントを作り出すが、競技クイズはあくまでその一文に含まれる知識要素の中に確定させうる要素が入っているのである。
「確定ポイント」から「ここで押せる」への変遷
では、話を一歩進めて応用編に入ろう。
端的に言ってしまうと、現在のフロントラインにおいて「確定ポイント」という単語はあまり使われていないのだ。現在それとほぼ同義の言葉として「ここで押せる」「ここで押す」が使われている。なんとも締まりがないが、適切な名詞表現はない。
なぜこのような表現が使われるようになったのか、その答えは先ほど定義した「正解率」にある。
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