1週間で1000万です――3年を捧げた奇跡の大作、依頼の実態は「ゴーストライター」東大ラノベ作家の悲劇――鏡征爾(2/3 ページ)

» 2017年11月07日 12時30分 公開
[鏡征爾ねとらぼ]

5 クリエイターが早めにしなければならない契約の話


 話の最後まで、契約――金額の話をしない人間は、信頼に欠ける。
 友人のイラストレーターも言っていたが、本音は「最後」に現れる。
 どれだけ美辞麗句を尽くそうとも、結局、相手方の本音があらわれるのが――おべんちゃらの最後に記名される、額面なのだ。

 僕は、自分から言い出した企画では、金銭的な見返りを求めない。
 しかし、この場合は違う。
 正直、断りたいくらいの企画なのだ。
 僕は、自分の小説にプライドを持っている。
 どれだけ相手が有名だろうが、知ったことではない。Aは大好きだ。だけど、他人の自伝を書くなんていうことに、根本的に魅力を感じない類の人間であることも、理解してほしい。
「……これはあなたなしにはなしえない企画です」
 僕が渋っていると、×さんは暫く沈黙した後、前のめりに溜め息を吐いた。器用な人だ。

「通常であれば私どもが印税の50パーセントをいただきます」
 仲介役の出版社の編集が50パーセント? 何を言っているんだ?
「お断りします」
「編集業務はね……大変なんですよ」
 ×さんは、醜悪に顔を歪めながら、大袈裟に溜め息を吐いてみせた。
「……わかりました。仕方ありません。これは『あなた』あっての企画です。印税の取り分は、あなたが一番多くします。契約書にまぎれこませます。Aさんには内緒ですよ。その代わり……書いてくださいますか?」
「それもどうなんでしょう……。相手に、失礼ではありませんか?」
 お断りします。と、僕は繰り返した。相手を信頼できなかった。
 話の内容だけではない。

 醜悪な笑みと、あまりにも胡散臭い下卑た雰囲気……。

 そういった精神の下劣さが、全身から滲み出していたのだ。
 ……そこまでわかっていながら、どうしてこの時本当に断らなかったのだろう?

 そうすれば――人生のうちで最も貴重な3年を、無駄にすることもなかったのに。


6 編同士は自伝と称して、結託して「売れる自己啓発書」にしようと無断で企んでいた


 そうして僕は、この「大物Aの自伝企画」に、参加することになった。
 だが、それは、仮にもプロの出版社と編集者が行うものとしては、あまりにお粗末な代物だった。

 意味不明な会合や、遅れに遅れる情報伝達や、適当すぎる質問や、Aに失礼と思われる対応や、さらには勝手きわまりない役割分担や急な予定変更や×さんの遅刻などといったことが、延々繰り返される。

 そして、それらのすべてが、なぜか、“あなた”のせいにされている。
 そんな状況を、想像してもらいたい。

 僕は、直接Aさんと連絡を取れないようにされていた。

 編集側が、僕とAさんが直接関わることを恐れたのだ。
 極めてどうでもいい理由のために……。

 Aさんの自伝なのに、Aさんを外して作業を進める。
 それが「彼ら」――編集側の策略なのだ。

 編集たちは「売れる自己啓発書」がつくりたい。

 創作にたずさわるものにとって、自分の過去の栄光に縋る行為は、既に終わった人間であることの、歴然たる証明である。
 だから、そんな見え方になることをAさんも嫌がっていたし、僕も、絶対に嫌だった。
 では、編集側はどうするか。

 作品に物語調のスパイスを加え、自己啓発書成分を薄めて、インタビューをとるだけとった後にAさんの意向をカットして、徹底的に「稼げる成功本」に変えようとしたのだ。そうやって、『売れるための55の法則』のような安易な「ビジネス本」に変えてくる。

 有り得ない行為だと、誰もが思うだろう。
 だが、こういったことが、実際、至る所で行われている。
“大物A”は、何も知らされていないのだ。
 それでも、×さんや出版社の人間の、意味不明な対応に四苦八苦しながらも、辛抱強く付き合ってくれた。自分なんかをかばってくれた。
 だからこそ、余計に、胸が痛い。

 僕が書いたものは僕が書いたものですらなく、僕が書いたという名目で、編集×と出版社の編集者が全文章を超絶へたくそな日本語で勝手に書き直したものだったのだ。


7 私、文章がド下手なんですよ――そう自称する編集者が、作家の文章を全赤入れする怪奇現象


 当然、Aさんは、出来上がった仕上がりの文章を見て、
「え。どうしちゃったの?」という話になる。
「何このクソダサイ設定(設定すら勝手に編集側がつくっていた)。文章も、何コレ? こんなんだったら、私はやりたくない」という話になる。

 そうやって、ひっくり返される。
 あなたは自分が提出した原稿が、秘密裏に改編されて戻ってきた時の衝撃を、想像できるだろうか?
 あなたは僕で、僕はあなただ。自分の作品にプライドを持っているあなたは、当然、拒絶する。だが修正すると、編集が売れる法則本に変えてくる。ひっくり返される。Aさんがそれを見る。鏡どうしたと失望される。拒絶されて、一からやり直し。

 ボツ。ボツ。ボツ。
 ボツ。ボツ。ボツボツ。ボツ。ボツボツ。ボツ。ボツボツ。ボツ。ボツボツ。ボツ。ボツボツ。ボツ。ボツボツ。ボツ。ボツボツ。ボツ。ボツボツ。ボツ。ボツボツ。ボツ。ボツボツ。ボツ。ボツのオンパレード。

 もう、それが毎回毎回、延々延々……こんど会ったらぶん殴ってやろうかと思うくらい……(よく見たら企画書の僕の名前も読み方間違ってるし)続く。

 それでハゲた。
 僕はもうハゲたよ。

 以上。

 と、話を終わらせたいところなのだけれど、
 しかし、地獄はそれに留まらない。

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