中学受験をする理由は「良い大学に入るため」だけじゃない 漫画『二月の勝者』の東大卒編集者が語る“名門校に入る意味”(1/3 ページ)
スピリッツで連載中の受験漫画『二月の勝者』担当編集とその妹さん(現役東大生)に受験をめぐるあれこれを聞きました。
週刊ビッグコミックスピリッツで連載中の“中学受験”をテーマにした漫画『二月の勝者-絶対合格の教室-』(高瀬志帆)。2月9日にコミックス第1巻が発売されたのを記念して、担当編集とその妹さんにインタビューしました。
担当編集の1人、千代田修平さんは東大卒。妹さんも現役東大生ということで取材の場に同席してもらい、中学受験をめぐるあれこれを聞いてみました。文末には漫画の第1話も特別掲載しているので、インタビューとあわせてご覧ください。
漫画『二月の勝者』とは?
中学受験界のスーパー講師・黒木蔵人(くろきくろうど)。「生徒を第一志望校に絶対合格させる」という彼は“受験の神様”のような存在でありつつも、ときに怖いほど過激な発言をする“悪魔”。物語は新米講師・佐倉麻衣(さくらまい)の就職先に、黒木が新校長として赴任するところからスタートする。
――兄妹で東大合格とのことですが高学歴一家だったりするんですか?
千代田兄(以下、兄):そうですね。父が東北大で、父方の祖父・従兄弟2人が東大、叔父が京大、母方の祖父と従兄弟が京大――という感じです。正月に毎年集まるのですが、下の世代には(学歴の)プレッシャーがかかっているかもしれません。
――すごい。2人は中学受験は経験していますか?
兄:僕はしていないです。中高は公立学校だったので、受験は高校と大学でやりました。
千代田妹(以下、妹):私は中学受験で桜蔭という一貫校に進みました。
――ド名門ですね。中学受験をした理由は。
妹 :当初は意識していなくて、小学5年生のとき友人に連れられて塾に入ったら、そのあとは流れでやることに。クラスでそれなりの人数が通塾して受験していましたね。
――子どもだと「周りは遊んでるのになんで自分だけ勉強するの?」と思いそうです。
妹:同じクラスの人たちがたくさん通ってたので疑問には思いませんでした。兄によると「両親がそういう学校を目指して引っ越した」らしいです。
兄:僕らが住んでいた地域は教育熱心な人たちが集まる場所だったんです。中学時代通っていた塾が異様な進学実績をたたき出していて、何かすごいなと。後日、本で「学区年収」を見たら、全国でも上位でした。そこには僕が中学へあがるタイミングで突然引っ越して、当時は謎でしたがあれは母親の戦略だったのでしょう。要は進学率が高い学区に狙って住むことで、「周りの子もみんなそうだから勉強するのが当たり前」となる。
――すごい。漫画に「君達が合格できたのは、父親の『経済力』。そして、母親の『狂気』。」と語るシーンがありますよね。両親は教育熱心でした?
兄:そういう認識はなかったんですが、今考えるとからめ手でくる感じですね。直で「勉強しろ」とは言わないけど能動的に勉強したいと思わせるよう環境を整えていたのかもしれません。母は「孟母三遷の教え」(※)を度々唱えていて、実際、妹が東大合格したら前の家を売って、都内に引っ越しました。
※孟子の母親が、墓場の近く→市場の近く→学校の近くへ引越すことで孟子の教育環境を改めたという故事。子どもの教育には環境が大事だという教え
――すごい。受験時の両親の振る舞いも変わりませんでした?
妹:こと中学受験については本気で公立学校でもいいと思っていたらしく、直前期でも全然変わらなかったですね。
――あらためて一般的に「中学受験をする理由」はなんだと思いますか?
兄:昔は「いい大学に入るため」だと考えていたので、妹が一浪したときは一瞬「意味ないじゃん」と思いました。でも、今は受験をくぐり抜けた学校には面白かったり、何かに一生懸命とりくむ子が多いと思っていて、その人たちとの関わりが大事なんだろうなと。「いい大学に入るため」はもちろん大きな理由だけど、それだけじゃない。例え受験で希望の大学に入れなくても、それまで培ってきた関係は財産になる。開成出身の友人によると、あの学校は同窓のつながりが強くて、社会人になってからも活用されているそうです。悪く言えば学閥なんですけど、そういう強固な関係性は面白い。
妹:今のとこ桜蔭時代のコネによってなにかを達成したことはないですけどね。
――「中学受験で人生決まる説」についてはどう考えていますか。
妹:中学受験では決まらないと思います。ただ、通う学校によって出会う人は異なるので、そういう意味では何かあるかもしれません。
兄:自分の場合、振り返ってみると通っていた公立中学が特殊でした。友人から「学校が荒れていた」と聞くと、それは大変だったんだろうなと。受験するかはともかく“いい学校”に行くのは重要かもしれません。
――中高一貫校の場合、高校受験で入るルートもありますよね。
妹:開成などは高校入学があるのですが、桜蔭はなかったです。
兄:高校からの入学枠は近年減っているようです。公立でも中高一貫校が増えていて、いわゆる“いい学校”に入ろうと思ったら中学からという状況が、この20年で進んでいます。
兄:漫画でも描かれていますが、大学入試改革がこのままいったら公立高校の3年間じゃ対応できなくなるかもしれません。文科省が「地方創生」の観点から補助金を減らしている影響で、首都圏の難関私大の合格者数が相当削減されています。そのため、高校生から受験を始めると遅いのではないかという機運が高まっているようです。
――本気を出すタイミングが早まっていると。ちなみに中学入試の問題はどれくらい難しいのですか?
妹:小学校の勉強だけでは絶対に解けないと思います。専用の準備を最低でも1年半から2年はやらないと難しい。桜蔭だと6年生から勉強を始めた子はほぼ聞いたことがありません。
――ずばり、塾に通ったほうがいい?
妹:通ったほうがいいと思います。 周りが勉強している環境にいられるのが大きい。小学生が自力で勉強するとなると親が頑張らないと難しい。桜蔭には学年に何人か塾に通わなかった子がいたのですが、伝説になるレベルですね。
――“最強の塾”はどこなんでしょう?
妹:中学受験に限ると、桜蔭の場合はSAPIXが圧倒的。入学時に既にSAPIX出身者のグループができていました。二番手は日能研で、それ以降はバラバラですね。
兄:関東だとSAPIXが強くて、関西は浜学園などが有名です。
――漫画だと成績順に席が並んでいますが、実際どうなんです?
兄:日能研などは右上が一番、左下が最下位みたいですね。
妹:私が通っていた塾はそういう順番ではなかったです。とはいえ自由席ではなく指定席で、先生が決めていました。出来が悪い方が前になっていたような。あとは視力とか。
――ちょっとほっとしました。中学受験の攻略方法は何かありますか。
妹:環境ですかね。自分にあった塾、先生を見つけること。私の場合は圧倒的に先生の影響が大きいです。先生の良しあしを外から見抜くのは難しいのですが、一般的に上位のクラスにいい先生がいるので、頑張って一番上のクラスに行くことが大事だと思います。
――いい先生は何がいいんでしょう。
妹:私が影響を受けた先生についていえば、その先生を嫌いな生徒は1人もいませんでした。けっこう厳しかったのに、みんなが慕う人間性、あとは単純に授業が面白かったですね。毎週カリキュラムが配られて、「A:絶対やること」「B:できる範囲でやること」「C:できればやること」と三段階から生徒が選んで、苦手科目はAだけ、得意科目はCまでみたいに自主的に勉強していました。
兄:妹の受験終了後に参考書を積み上げて記念写真を撮ったのですが、身長を超えていてハンパないなと思いました。
――中学受験では合格最低点を意識しました?
妹:あまりしませんでした。
兄:今は一般的には気にするみたいですね。各学校のサイトにも合格最低点の情報が載っていて、直前期になると過去問を問いて「何点足りないからこうしよう」と対策したり、大学受験と変わりません。当落線上にいるとそういうのは必要になる。
――作中、受験の日に先生が応援に来ていますが、あれはうれしいものなのですか
妹:うれしかったです。安心しましたね。どこの塾も先生が来てくれるはずなので来ないと寂しい。
――晴れて桜蔭に入ってどうでしたか。
妹:「すごい人がたくさんいるな」と思いました。東大入学時より周囲のレベルにはびっくりしました。
――東大に入る上で中学受験は重要ですか?
妹:東大は地方出身の子が相当数います。その人たちは基本的に中学受験をしていないので、そう考えるとあまり重要じゃないような。
――最後に、中学受験をやってよかったですか?
妹:桜蔭で出会った友人がすてきなのでやってよかったです。入学したときにショックだったのは、みんなの学力もさることながら、優しさのレベルが高かったこと。精神的に大人な子が多くて、自分もその域に行かなきゃ……と思いました。
――いい話ですね。ありがとうございました!
出張掲載:『二月の勝者』第1話
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