読める、読めるぞ……!? 古文書研究入門
古文書系男子が日の目を浴びる日が来る。
突然ですが、この文章はどんな書物から取ってきたものか分かりますか?
「漢字だし中国の文献でしょ」と思った方は残念。これは中国の文献のものではありません。
実はこれ、『万葉集』にある歌なんです。
昔の日本は全部漢字
中学校の歴史の授業を思い出してください。かな文字が発達したのは、平安時代に中国へ遣唐使を送らなくなって、「国風文化」が花開いた時期でした。
それ以前の時代にはかな文字はなく、日本語も漢字を使って表されていたということです。
ある時点で突然かな文字ができたわけではなく、「漢字が長い時間をかけてだんだんと変化していって、ついにかな文字になった」という捉え方がより近いです。この変化の途中、奈良時代ごろの書物に使われている、「日本語の音に漢字をあてはめた」ような文字のことを「万葉仮名」と呼んでいます。
『古事記』や『日本書紀』のほか、最初に紹介した『万葉集』の歌にも、もちろん万葉仮名が使われています。
先ほどの文章の読み方を見てみると、日本語に漢字を当て字していったよう、という説明が分かっていただけると思います。
上代特殊仮名遣
これが、定説とされている読み方になります。
ところで、ここで終わっていいんでしょうか。例えば、「古代の人たちは、本当にこの読み方をしていたの?」と疑い始めてみると、一気に話が広がります。
例えば、文章の後ろのほうの「富己呂倍騰(ほころへば)」という部分は、「倍」という字を「へ」と読んでいますね。
古代の文献の読み方は、平安時代以降の語彙や文法に照らして推測されます。そこから、「へ」と読みそうな漢字を探すと、「弊・背・蔽・杯・陛・陪・謎」など、ほかにもたくさん出てきます。
実は、これらの「へ」と読む漢字には厳密な使い分けがあるとされています。どういうことかというと、後の時代にとっては同じ「へ」でも、奈良時代の万葉仮名では含まれる単語によって2種類のグループの漢字を使い分けていた、ということが分かっているのです。
なぜこうした使い分けがあるのか。これははっきりとは解明されていませんが、本来の音の違いを表していたという説が有力です。
つまり、もともとは甲類と乙類は違う読み方をしていたけど、それが似ていたので後々混同されるようになり、どちらにも同じ「へ」になってしまった、というものです。
では、「へ(he)」でなかったら何と読んでいたのか。古代の人が話した音声は残っていないので、正直な話をすれば分からないところで、さまざまな説があります。
研究の手法としては、由来になった朝鮮・中国の漢字の読みや、周辺に採用されている言葉・文法から推測していくのが主になります。「hei」なのか、「huei」なのか。「he」に近い何かである可能性が高いのは確かなんです……!
まとめ
こうした使い分けは、「へ」のほかにも「み」「き」など十数個の仮名にみられます。橋本進吉という有名な学者が指摘・分類して分かったもので、「上代特殊仮名遣(じょうだいとくしゅかなづかい)」と呼んでいます。
この上代特殊仮名遣のほかにも、奈良時代以前の日本語にはいまだ解明されていない要素がたくさんあります。母音が「あ・い・う・え・お」だけではなかった可能性とか。あるいは、先ほど紹介した漢字「倍」を、なんと「ほ」に当てているらしい例があるとか!
興味を持った方は、参考文献から探したりして調べてみてください。こうした日本語のルーツに関する小話も、古文漢文の勉強のブレイクにいかがでしょうか。
参考文献
山口明穂・鈴木英夫・坂梨隆三・月本雅幸『日本語の歴史』東京大学出版会、1997
馬淵和夫『日本文法新書 上代のことば』至文堂、1968
佐竹昭広・山田英雄・工藤力男・大谷雅夫・山崎福之 校注『原文 万葉集(上)』岩波書店、2015
大野晋『上代假名遣の研究』岩波書店、1953
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