韓国映画は歴史から逃げない 「新感染」監督が放つNetflix映画「サイコキネシス-念力-」と「龍山惨事」

現実の事件を背景に持つ骨太の映画。

» 2018年05月10日 19時30分 公開
[将来の終わりねとらぼ]

 ヨン・サンホは映画を通して社会を描く監督だ。もとより映画には、フィルムを通して現実を写し取り、隠れている問題意識、そしてそこに生きる人々の感情をスクリーンを通して訴えかける力がある。特に韓国映画においては、メディアの弊害や無能な政府の姿をとらえた「トンネル 闇に鎖された男」、現在話題沸騰上映中の「タクシー運転手 約束は海を超えて」(※)などを引き合いに出すまでもなく、その色が濃い。

※20万人が参加した大規模デモ、その武力弾圧により多数の死傷者を出したにも関わらず、戒厳令に伴う報道規制により市民にはその存在が隠されていた「光州事件」を題材としている

 ヨン・サンホ作品には、社会の残酷さを少年たちの閉鎖的コミュニティーを通して書いた「豚の王」、弱者がいかに虐げられてきたかを現した「ソウル・ステーション/パンデミック」、そして襲いくる“北”に対する恐怖を切り取った「新感染 ファイナル・エクスプレス」がある。そして最新作「サイコキネシス-念力-」でもやはり、弱者の視点から見た「巨大資本と権力への怒り」が込められていた。


 映画は開発予定地区に立てこもる住民たちと、施工業者との衝突から始まる。かつてはテレビに紹介されるほど栄えた激辛チキンの店を経営していたルミだが、半閉鎖地区となった町は業者の嫌がらせも伴い、ほぼスラム状態となっていた。

 住み慣れた地区を資本の都合で追い出されることに納得できない彼女たちは、当然の権利である立ち退き料を求め籠城を続ける。その最中、ルミは施工業者の暴行により母親を目の前で殺されてしまう。住民の側につく正義に燃えた若手弁護士・キムはどうも頼りなく、警察は母の死もまともにとりあってくれない。それもそのはず、業者は警察・検察とも手を組んでおり、住民側に対しさらに圧力をかけていく。

「新感染」監督が放つNetflix映画「サイコキネシス-念力-」 店を破壊されるルミ(画像は予告編より

2009年の「龍山惨事」

 この舞台設定を見て、韓国の近代事件に多少興味のある人間ならば、2009年2月の「龍山惨事」を思い起こすだろう。大規模な都市開発を強行するため、雑居ビルからの立ち退きを命じられた約50人の住民が、派遣された1500人もの警察隊と衝突し、市民5人、警察側1人の死者を出した事件である。

 韓国でこの龍山という地名は「4.3事件(1948年)」の済州、冒頭に触れた「光州事件(1980年)」の光州、「セウォル号沈没事故(2014年)」の珍島と並び、近代韓国4つの“政府による虐殺”が起こった地の1つとして認知されている。セウォル号事故からほどなくして、韓国のネットではこれら4つの事件を歌った一遍の短歌が広く拡散する現象も見られた(参考:真鍋祐子「歴史意識の詩学−『セウォル号の惨事』に寄せて−」)。


 この事件は住民たちをそこまで追い込んでしまった資本システムの欠陥、再開発共同組合によるテナントへの嫌がらせ(破壊、暴力。性的なものを伴う)、ならびに発火後の事故対応に明らかなミスが見られたにもかかわらず住民側のみに有罪判決が下り、警察側へのおとがめが一切ない(裁判のなかではいくつもの証言の誤り、証拠の隠蔽、不開示が指摘されている)結果など、さまざまな問題を浮き彫りにした。

 これを受け、韓国では国家暴力の象徴として「2つの扉(2012年)」「共同正犯(2018年)」など多数のドキュメンタリー映画も製作されている。こうした現実にヨン・サンホが投げ込んだのは、「我は神なり」「ソウル・ステーション」「新感染」に続き、“父と娘の関係”である。


スーパーヒーロー映画ではない

 地区から遠く離れた場所で、警備員職としてさえない人生を送っていたシン・ソッコン。ある日自分に備わった“念動力”に気が付いた彼のもとに入った電話はルミからのものだった。

「新感染」監督が放つNetflix映画「サイコキネシス-念力-」 念力が覚醒

 妻と娘を捨て10年、彼はまだ若い娘の置かれている現状――スラムの中、自分と同じほどの中年たちに囲まれ、無駄な抵抗を続けている姿を目にする。狭苦しい部屋で金もなく酒浸りの彼が「こんなことはやめて一緒に住もう」と言ってみたところで、その言葉が娘に届くはずもない。

 しかしある日、施工業者たちとの大規模衝突で力を振るった彼は一躍ヒーローとなる。かれらを念力で投げ飛ばし、一夜で資材をつみあげて強大なバリケードをつくりあげ、どこからでも空を飛んで駆け付ける。いかに相手を傷つけたところでなにせ手を触れていないのだから、業者側が警察に駆け込んだところで逮捕されるわけもない。

 しかし業者側もこれに手をこまねいているわけにはいかない。再開発を主導するミンにとっても、なんとしてでも立ち退きを成功させなければならない理由があるのだ。物語後半、シンとある人物との象徴的な対話があるが、そこで語られた内容は、必ずしも韓国のみに当てはまるものではないだろう。


作中キャラクターを襲う現実の刃

 冒頭を除き、前半のタッチはライトなコメディだ。韓国映画にありがちな若干のオーバーリアクション演技、VFXを多用した”“念動力”に慌てるリュ・スンリョンの顔芸などはアニメーション監督らしい。だが物語が進むにつれ、事態はそううまくいかないことが明らかになってくると共に、彼の表情は静かな怒りに変わり、影と深みが増してくる。これは「現実にスーパーヒーローがいたら」という物語ではない。

「新感染」監督が放つNetflix映画「サイコキネシス-念力-」 楽しい顔芸も前半まで……

 龍山惨事――「龍山殺人鎮圧」ともよばれた事件を想起させる光景がたたみかけられるほどに、弱者の生活を破壊する強大な資本の象徴、そして政府の力はまるで怪獣のように住民をなぎ倒しはじめる。

 「ソウル・ステーション/パンデミック」で市民に向けられた機動隊、放水車、催涙ガス――アニメーションとして和らげられていたその恐怖が、今回は彼らへの刃そのものとして描かれる。前半とのタッチの落差、または登場人物たちがステレオタイプの抜けきらないキャラクターたちであることが良い方向に作用している。かれらに向けられる暴力はときにひどく痛ましく、とてつもなくリアルだ。

 韓国映画は歴史と向き合うことをやめない。さまざまな悲劇と向き合い、ときにはメタファー、笑いを盛り込みながら、はっきりと観客に傷と怒りを共有させる。間違っていること、もう起こってはならないことをこれ以上ないかたちでたたきつけてくれる。そういった中から本作や「タクシー運転手」のような名作が現れ、海を越えた先でも評価されているのは喜ばしく、またそこから見えてくる歴史の愚かさに、すこしばかりの哀しさを感じてしまう。「サイコキネシス-念力-」はNetFlixで配信中だ。

韓国版予告編

将来の終わり

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/19/news150.jpg 「情報を漏らされ振り回され……」とモデラー“限界声明” Vtuberのモデル使用権を剥奪 「もう支えられない」「全サポート終了」
  2. /nl/articles/2411/20/news028.jpg 「うどん屋としてあるまじきミス」→臨時休業 まさかの“残念すぎる理由”に19万いいね 「今日だけパン屋さんになりませんか」
  3. /nl/articles/2411/20/news224.jpg “ドームでライブ中”に「76万円の指輪紛失」→2日後まさかの展開に “持ち主”三代目JSBメンバー「誰なのか探しています」
  4. /nl/articles/2411/19/news169.jpg 高畑充希と結婚の岡田将生、インスタ投稿めぐり“思わぬ議論”に 「わたしも思ってた」「普通に考えて……」
  5. /nl/articles/2411/20/news031.jpg 「本当に同じ人!?」 幼少期からイボをいじられていた男性→美容師の“お任せカット”が衝撃 「めちゃくちゃ大変身」
  6. /nl/articles/2411/19/news022.jpg 「おててだったのかぁああああ」「同じ解釈の人いた笑笑」 ピカチュウの顔が“こう見えた”再現イラストに共感続々、464万表示
  7. /nl/articles/2411/20/news042.jpg 「腹筋崩壊」 ハスキーをシャンプー&パックしたら…… “予想外のハプニング”に「こ〜れは大変だわ」「沼にでも落ちたのかとwww」
  8. /nl/articles/2411/20/news216.jpg “歌姫”ののちゃん、6歳現在の姿に驚きの声「あれっ!?」「ビックリしてます!」 2歳で「童謡こどもの歌コンクール」銀賞受賞
  9. /nl/articles/2411/20/news041.jpg 黄ばみのある68年前のウエディングドレスを修復すると…… 生まれ変わった姿に「泣いた」「受け継ぐ価値のあるドレス」
  10. /nl/articles/2411/18/news107.jpg 走行中の車から同じ速さで後方へ飛び降りると? 体を張った実験に反響「問題文が現実世界で実行」【海外】
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  2. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  4. まるで星空……!! ダイソーの糸を組み合わせ、ひたすら編む→完成したウットリするほど美しい模様に「キュンキュンきます」「夜雪にも見える」
  5. 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  6. 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  7. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  8. 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  9. ユニクロが教える“これからの季節に持っておきたい”1枚に「これ、3枚色違いで買いました!」「今年も色違い買い足します!」と反響
  10. 中央道から「宇宙戦艦ヤマト」が見える! 驚きの写真がSNSで注目集める 「結構でかい」「どう見てもヤマト」 撮影者の心境を聞いた
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた