モテたいのに「理想のガンマン」演じて今日も彼女なし 『保安官エヴァンスの嘘』が笑えると同時に耳痛い
「虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!」第93回。たてまえはクール、本音はスケベ。保安官のダンディズムが空回りするコメディ漫画を紹介。
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
気になるおすすめマンガを紹介する本連載、第93回となる今回は「カッコいい大人の男になりたい」という社主と志を同じくする諸兄にうってつけの作品をご紹介。『週刊少年サンデー』にて連載中、栗山ミヅキ先生の『保安官エヴァンスの嘘』(〜4巻、以下続刊/小学館)です。
スケベ心いっぱいなのにガンマンの教えを守って空回り
これはまだ強き者が掟(おきて)であった頃の話。西の荒野の保安官エルモア・エヴァンスは、西部一の腕利きガンマンとしてその名をはせていました。余計なことはしゃべらず、任務に忠実、町の住民とも慣れ合いすぎないよう節度を持って接するため、浮いた話もない――。まさに彼は、ならず者が跋扈するフロンティアが求める理想の保安官とも言えるでしょう。
幼い頃から同じく腕利きのガンマンだった父の教えに忠実に従い、その腕前をメキメキと伸ばしていったエヴァンスが保安官になった理由。それはただひとつ。
「モテたいから。」
そう、表向きこそ「理想の保安官」を演じている彼ですが、実はこの上ないスケベ心を隠していたのです。上達のモチベーションを「モテたい」一択に全振りした結果、西部最強のガンマンとして一目置かれるまで成長したところに、彼の「モテ」に対する並々ならぬ執念が垣間見えますが、しかし動機はどうあれ、その実力はお墨付き。
そこまで腕の立つガンマンなら、念願かなって自然と女も寄ってくるだろうと想像に難くありませんが、残念なことに、保安官エヴァンス、現在恋人なし。もっと言うと「恋人いない歴イコール年齢」、つまり完全な「非モテ男子」というわけです。
モテたい一心で腕利きのガンマンになったはずが、なぜかモテない。いや、厳密に言えば、モテる素質を備えているにもかかわらず、彼は目の前に立ったフラグを自らバキバキに折っていくのです。
いったいどうしてこんなことになったのか。この自己矛盾にあふれた残念な現状には、彼の過去が大きく関係しています。
それは少年時代、彼に銃の扱いを教えた父カート・エヴァンスの教えです。技術だけでなく、「男はかくあるべし!」「女はこういう生き物だ!」と折に触れて語り続けた数々の教えが、息子を西部一のガンマンへと導くと同時に、西部一残念な非モテ男子にも育て上げてしまいました。
この父の教えは、作中何度もエヴァンスの脳裏をよぎります。例えば、第1話。ごろつきに襲われ、ケガを負った女を助けたエヴァンスは、助けてもらったお礼として「誘い」を受けます。大人の男女ならそのまま進んでしまってもいいところですが、そこでふいに脳裏をよぎるのが父の言葉。「何かの対価として女に誘われたときは、自分が見下されているかもしれないから易々と乗るのは危険だ。とにかくクールに振る舞え」と、記憶の中の父は注意します。なぜか。
「がっついてるみたいで、ダサいだろ。」
確かに誘われてすぐに飛びつくのはカッコよくない。「カッコいい=モテる」という父の信念を決して信じて疑わないエヴァンスは女にこう言い放ちます。
「勘違いするな。見返りなど求めていない」
がっつきはしなかったものの、こうしてまた「恋人いない歴イコール年齢」記録を更新するエヴァンス。このように彼は一事が万事、いつも父の教えに従うことで、目の前に立ったモテフラグを次々とへし折っていくのです。
実は自宅にエロ本を隠していたり、ミニスカートの中を見たいあまり変な姿勢を取ったり、人並みにスケベなのに、それをひた隠しにしてカッコつけようとしたあげ句に失敗してしまう――。この「空回るダンディズム」こそ本作の面白さと言い切っていいでしょう。
とはいえ、見栄を張りすぎてチャンスを逃す経験は少なからず誰もが味わうこと。エヴァンスの空回りダンディズムは他人事として笑えるだけでなく、振り返って身につまされる「あるある」としても楽しめます。
凄腕ガンマン同士が繰り広げる中学生のような恋愛
エヴァンスの浮いた心を、まるで超自我のようにたしなめる父の言葉のせいで、この先ずっと「恋人いない歴イコール年齢」が続くかに思われそうですが、実はそんなエヴァンスを密かに想う女性がいます。
その名はフィービー・オークレイ。天才射撃少女として知られた彼女は、かつてエヴァンスに敗北を味わわされて以来ずっと彼をライバル視していて、今は賞金稼ぎとして生活しています。賞金稼ぎはターゲットの賞金首を保安官に捕まえられてしまうと、賞金がもらえないため、仕事上でもライバル関係にある2人ですが、実はオークレイもまた射撃一筋で生きてきたため、交際経験がゼロ。そんな彼女にとってエヴァンスが「ライバルとして気になるあいつ」から「男として気になるあいつ」に変わるまで、さほど日がかかりませんでした。
しかし彼女もまた、ライバルとしてのプライドから自分の本心を素直に伝えることができず、「相手がその気ならまんざらでもない」という謎の上から目線でエヴァンスと接します。
一方で最初は「女だったら誰でもいいからモテたい」だったエヴァンスも、オークレイと共に事件を解決していくうちに、今までとは違った目で彼女を見るようになります。しかしそこはカッコつけたがりのエヴァンス。やはり彼もまた「相手がその気ならまんざらでもない」という謎の上から目線でオークレイに接します。
その結果、両者とも「相手がその気ならまんざらでもない」と、表面上はお互いに無関心を装いながら、そのくせ相手のちょっとした言動の変化に極端なほど一喜一憂するという、まるで中学生のような恋模様を繰り広げるように。
実はとっくに両想いリーチがかかっているのに、お互いの何気ない言動から起きる2人のすれ違い、勘違い、行き違いが近刊の見どころの1つです。
ゲスいんだけど聞き逃がせない 父の教え
さて、ここで物語本編とは別にどうしても紹介したいことが1つ。
それは女性を前にしたエヴァンスが「次の一手」を考えるときに必ずと言っていいほど出しゃばる……、いや、脳裏をよぎる「父の教え」です。この教えの通りに行動するおかげで、彼の威厳が保たれていると言っても過言ではありませんが、いったい父は若かりしエヴァンス少年にどのようなことを教えたのか。いくつか引用してみましょう。
「幸の薄い女に救いを差し伸べられる男になれ。」「その女絶対オチるからな。」
「女がうっかり際どい部分を露わにしていたら、お前はどうする?」(中略)「黙って拝むのが正解だ。」
「息子よ。経験上女がオチやすいと言える時は次の通りだ…」「酔っている時。一対一の時。別れたばかりの時。向こうから誘ってくる時。家まで送る時。」
見ての通り、基本ゲスいです、この親父。しかしその一方でこんな教えも残しています。
「好みの女性像を尋ねられたとしても、そんな愚問に答える必要はない。」「どんな言葉で括っても必ず例外は現れる。恋愛対象が女性である限り――好みのタイプは『女』としか言えんのだ。」
「女に『美味いか』と言われたら同調しとけ。」
うって変わってこちらは一読して少し考えさせられてしまう、本当に役立ちそうな妙な説得力。本作にはこんな教えが続々登場するので、ゲス:名言=9:1(※個人の感想です)な「父の教え」にもぜひ注目してみてください。
* *
「保安官」というタテマエと、「スケベ心」というホンネの板挟みにもがくエヴァンスの葛藤、そして何度かエヴァンスが他の女に取られそうなピンチを迎えているにもかかわらず、プライドが邪魔をして素直になれないオークレイのかわいらしさ。どちらも体面を保とうとして保ち切れない不器用さの中に面白みがあふれています。
自分の本音に素直になるのがハッピーエンドに向かう最短ルートだということくらい誰でも分かります。しかしそれができず、迂回路に入ったり、逆走行したりしてしまうところが哀しくも人間という生き物であり、そしてまたその不器用さの中に笑いや面白さがあるのです。
エヴァンスが父の言葉で迷走していく様子にせよ、オークレイが自分の勝手な思い込みで一喜一憂する様子にせよ、本作『保安官エヴァンスの嘘』は、誰もがどこかで共感できる、愛すべき人間臭さを存分に描いたシチュエーションコメディの良作として、ぜひ多くの人に手に取ってほしい作品です。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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