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» 2018年07月02日 11時00分 公開

コンピュータ将棋が変えた人生――「プロの先を行く研究」で知られるアマチュア・suimonに聞く情熱の源泉 (1/3)

コンピュータ将棋によって人生が変わった、あるアマチュアプレイヤーの話。

[橋本長道,ねとらぼ]

 地球史を1年365日に見立てると、人類の登場は最後の1日にあたるという話がある。この最後の1日にこれまでには考えられなかった事件が起きた。

 将棋というゲームはここ10年で大きな変化にみまわれた。10年というのは将棋400年の歴史から見るとわずかな時間である。将棋における事件は、「コンピュータ将棋の台頭」だった。



 コンピュータ将棋の台頭は、将棋に対する考え方や戦術、研究方法を根本から変えてしまった。天才棋士・藤井聡太の登場という将棋史上の事件もコンピュータ将棋によって用意されたという側面がある。

 コンピュータ将棋が変えたのは、将棋戦術や天才棋士の人生や将棋界の未来だけではなかった。一人のアマチュア棋士の人生をも変えたのである。

 西村文登――。「コンピュータ将棋研究blog」を運営する「suimon」@floodgate_fan)というハンドルネームを持つ青年だ。彼のブログは奨励会員やプロ棋士からも注目されているという。

橋本長道

1984年生まれの小説家、ライター、将棋講師、元奨励会員。神戸大学経済学部卒。著書に『サラの柔らかな香車』『サラは銀の涙を探しに』(いずれも集英社刊)。2018年6月、新刊『奨励会〜将棋プロ棋士への細い道〜』(マイナビ新書)を上梓。



アマチュアがコンピュータを使って最先端の研究を発表する時代

 5月11日の澤田真吾六段 vs. 豊島将之八段(第59期王位戦挑戦者決定リーグ白組)――。suimonが著書『コンピュータ発!現代将棋新定跡』(マイナビ出版)で解説をした将棋と59手目まで同一局面だった。これは偶然ということではない。4月12日の谷川浩司九段 vs. 木村一基九段(第59期王位戦挑戦者決定リーグ紅組)でもそうだったし、5月30日の豊島将之八段 vs. 澤田真吾六段(第59期王位戦挑戦者決定リーグ白組プレーオフ)もそうだった。

 棋士がsuimonの研究を参考にしたというよりは、同じ方法で研究を行ったことによって、必然的に同じ結論にたどり着いたということなのである。一介のアマチュアに過ぎないsuimonは、トッププロの豊島八段達と同水準の研究を行っていた。これはかつての将棋界では考えられなかった事態なのだ。

 昔は力士と将棋の棋士ほど、プロとアマの差が大きい世界はないといわれていた。プロがアマに負けることは恥であったし、トッププロが負けることは許されないことだった。将棋の世界でアマがプロ棋士よりも優れているのは、詰将棋創作の世界ぐらいであった。アマが書いた戦術書もあるが、アマ独特の戦法解説というニュアンスが強かった。プロとアマの境界線はきれいに線引きされていたのである。

 だがsuimonの書くブログと著書は違った。suimonはコンピュータ将棋を駆使することにより、プロの最先端の将棋を最高の水準で研究していたのである。私はそこに将棋界のフロンティア(新天地)をみた。

 今回はそんなsuimonに話を聞いてみた。


将棋との出会い

――suimonさんの将棋やコンピュータ将棋との出会いについて教えてください。

suimon:将棋を覚えたのは8歳の時です。コンピュータ将棋との出会いは小学5年生の頃で、NINTENDO64の「最強羽生将棋」とパソコンの「森田将棋'97」を使って対局をしていました。対局相手としてちょうどよい強さでしたね。大会にもよく参加していました。

――大会の成績はどうでしたか。

suimon:小学生名人戦では三重県代表になりました。小学生の時の大会では現在プロとして活躍されている糸谷哲郎さん、船江恒平さん、豊島将之さん、中村太地さんと指したこともあります。



――結果は……?

suimon:全敗でした。現在プロとして活躍されている人達は当時からオーラが違っていました。



 suimonは奨励会は受けなかった。将棋は趣味の一環で続けていこうと考えたそうだ。

 私はsuimonと大学将棋の団体戦で一度対局をしたことがある。その時は横歩取り△8五飛車で私が勝った。当時のsuimonは並よりは強かったが、アマ全国レベルや奨励会員レベルの棋力ではなかった。

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