「待機列の移動」から困難の連続―― 視覚障害者から見たコミックマーケットを描く同人誌『視覚障害者、コミケを往く』:司書メイドの同人誌レビューノート
はっ、と気付かされることがある。
「コミケから無事に戻ってきたんですね!」。私設図書館でそんなお声がけをいただいたほど、2018年は酷暑の中での開催が心配されていました。確かになかなかの暑さでした。そして人がひしめき合い、時に身動きもとれないほどの混雑となった開催最終日の3日目……。“コミケの参加の仕方”を描いた同人誌に出会いました。
今回紹介する同人誌
『視覚障害者、コミケを往く』
A4 28ページ 表紙・本文モノクロ
作者:小野原鑑
発行:末弥ハルカ
あなたが視覚障害者なら、夏コミの大手列にどう並ぶ? 視覚障害の方のコミケの歩き方は、気付きがてんこもり!
こちらの作者さんの目の状態は先天性の角膜と虹彩の障害により、左目はほとんど見えず、右目の視力は0.03程度。ただしメガネなどでも視力が良くならないのが一般的な近視と大きく異なるとのこと。
視覚障害というと、すぐに全盲の方を思い浮かべましたが、視覚障害にも視野が狭くなったり、いろいろな状況がありますよね。作者さんの場合は、左目に眼帯をして、しかもメガネがずっと曇ってる……みたいな状況でしょうか。
そんな視界不良の状態で、万単位の人間が押し寄せるコミケをどう乗り切るのか! これが実にスペクタクルなんです。
大阪から高速バスに乗り上京、ゆりかもめで有明に降り立った作者さんの前にまず立ちふさがるのは、たくさんの人、人、人が並ぶ、一般参加の入場列。実はこの入場待機列、作者さんに「待機列の移動が始まった時から、コミケ参加全編を通じて最も危険な時間が到来する」と言わしめた難関ゾーンなんです。限られた視界の中で「唐突に目の前に人の壁が現れたかと思えば、猛烈な圧力を背負いつつ歩行せねばならない」と、とてもとてもたくさんの人が入口を目指す動きを表現されています。おおお……それは、どきどきします……。
それでも、参加回数を重ねるうち、「前を歩く同志の頭やリュックの揺れを手掛かりに階段の始まりと終わりを予測する」などのコツを探していかれます。頭やリュックの揺れ! そこに着目するとは!
ほかにも、壁サークルの列に並ぶときは、もうどんどん人に尋ねてお目当のサークルさんの最後尾を探すことにしたり、「大手サークルでは列待機中にお金を用意したりすることを求められるが、並んでいるあいだに売り子さんに聞けるとは限らないので、あらかじめ調べておく」などの実践で役に立つコツがてんこ盛りです。
一般参加の次はサークル参加! 申し込みから同人誌制作、撤収まで
そして一般参加を経験して、作者さんはいよいよサークルとしても参加されるように!
ご本では申し込みから当日朝の準備、本作りについても触れられ、さらに撤収については、素早く帰れそうな方法を伝授。それは、まずご本を紙で包んでカバンに戻し、残りは全部テーブルクロスごとくるんでカバンにそのままいれちゃう! というもの。これだと、落し物もしなくて良いのだとか。なるほど、無理に会場で焦って片付けなくても、おうちで落ち着いて整理できるのがいいですねー。
目からウロコと言いたくなる! 実直な感想が読み手の視界を広げてくれる
そうなんです。コツはどれも、分かる分かる! と共通の気持ちが湧くものです。先ほどの、大手列さんのくだり、あっ、私もよく「この列はどこのサークルさんの列なのー!?」となって、聞いたりしますし、どれも「分かる。そこ結構つまづきますよね」と思うところなんです。
でも一方で「万が一硬貨を落としてしまったときに備え、硬貨の落下音、特に判別に難しい10円玉・100円玉・500円玉が聞き分けられると便利である」と、思ってもみなかったことを突きつけられて、どきっとしました。
同じ部分をたくさん共有しながらも、圧倒的に違う部分があることを、私は考えたこともなかったんです。
このご本は、実に率直に、「役に立つ」ことに注力して誠実に書かれています。苦労したことを糾弾するでもなく、体験したこと、工夫したこと、感じたことを、冷静にさらりと記されています。スペクタクル! と書きましたが、文体は至って穏やか。ご本そのものの表紙や本文もモノクロで、文字だけの本当にシンプルな作りです。でもそのシンプルでさらりの中に、歩んでこられたご苦労や驚きがじわっとにじみ出ているんです。それが、読み物としても良質のエッセイのようにしみますし、不勉強ゆえではあるのですが、読んでいると自分とは違う体験の端々にはっと気付きが訪れて、率直に言って面白いんですよー!
ご本の中で、他の参加者のことを同志、と書かれていて、ほっとしました。そうそう、コミケは一般参加もサークル参加もみんな同じ参加者ですよね。でも、私は無意識のうちに自分の状態だけを基準にして考えていたかもしれません。けれど、幸いにして私たちは、想像大好き! ありえないことだって、妄想を膨らませる楽しさを知っています。だから、待機列のお隣さんが、お向かいのサークルさんが、ご本を手にしてくれた方が、どんな人なのか、ちょっと想像してみることができるかも、と感じます。このご本で、もしかしてお隣さんは自分とは違う状態の方かも、と考えてみるときに、コミケという場を共有することで、具体例をリアルにたくさん感じて受け止めることができました。
「もしかして」のベクトルを広げてみたら、もっといろんな出会いがあって、いろんな人が参加して……そしたらすてきなご本が増えて、ますますみんながうれしくなるかも……そんな風な広がりをも考えさせてくれる、とっても貴重な視点のご本です。
今週のシャッツキステ
著者紹介
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