「待機列の移動」から困難の連続―― 視覚障害者から見たコミックマーケットを描く同人誌『視覚障害者、コミケを往く』司書メイドの同人誌レビューノート

はっ、と気付かされることがある。

» 2018年08月19日 12時00分 公開
[シャッツキステねとらぼ]
シャッツキステ

 「コミケから無事に戻ってきたんですね!」。私設図書館でそんなお声がけをいただいたほど、2018年は酷暑の中での開催が心配されていました。確かになかなかの暑さでした。そして人がひしめき合い、時に身動きもとれないほどの混雑となった開催最終日の3日目……。“コミケの参加の仕方”を描いた同人誌に出会いました。

今回紹介する同人誌

『視覚障害者、コミケを往く』

A4 28ページ 表紙・本文モノクロ

作者:小野原鑑

発行:末弥ハルカ


同人誌 シャッツキステ 視覚障害 障害者 コミケ コミックマーケット 視覚障害の方がどんな風にコミケ参加されているのか、その体験が……興味深い!

あなたが視覚障害者なら、夏コミの大手列にどう並ぶ? 視覚障害の方のコミケの歩き方は、気付きがてんこもり!

 こちらの作者さんの目の状態は先天性の角膜と虹彩の障害により、左目はほとんど見えず、右目の視力は0.03程度。ただしメガネなどでも視力が良くならないのが一般的な近視と大きく異なるとのこと。

 視覚障害というと、すぐに全盲の方を思い浮かべましたが、視覚障害にも視野が狭くなったり、いろいろな状況がありますよね。作者さんの場合は、左目に眼帯をして、しかもメガネがずっと曇ってる……みたいな状況でしょうか。

 そんな視界不良の状態で、万単位の人間が押し寄せるコミケをどう乗り切るのか! これが実にスペクタクルなんです。

 大阪から高速バスに乗り上京、ゆりかもめで有明に降り立った作者さんの前にまず立ちふさがるのは、たくさんの人、人、人が並ぶ、一般参加の入場列。実はこの入場待機列、作者さんに「待機列の移動が始まった時から、コミケ参加全編を通じて最も危険な時間が到来する」と言わしめた難関ゾーンなんです。限られた視界の中で「唐突に目の前に人の壁が現れたかと思えば、猛烈な圧力を背負いつつ歩行せねばならない」と、とてもとてもたくさんの人が入口を目指す動きを表現されています。おおお……それは、どきどきします……。

 それでも、参加回数を重ねるうち、「前を歩く同志の頭やリュックの揺れを手掛かりに階段の始まりと終わりを予測する」などのコツを探していかれます。頭やリュックの揺れ! そこに着目するとは!

 ほかにも、壁サークルの列に並ぶときは、もうどんどん人に尋ねてお目当のサークルさんの最後尾を探すことにしたり、「大手サークルでは列待機中にお金を用意したりすることを求められるが、並んでいるあいだに売り子さんに聞けるとは限らないので、あらかじめ調べておく」などの実践で役に立つコツがてんこ盛りです。

同人誌 シャッツキステ 視覚障害 障害者 コミケ コミックマーケット なぜコミケに参加するようになった、そのきっかけも語られます

同人誌 シャッツキステ 視覚障害 障害者 コミケ コミックマーケット同人誌 シャッツキステ 視覚障害 障害者 コミケ コミックマーケット ただでさえ、とにかく混雑する場をどう切り抜けるか……!

一般参加の次はサークル参加! 申し込みから同人誌制作、撤収まで

 そして一般参加を経験して、作者さんはいよいよサークルとしても参加されるように!

 ご本では申し込みから当日朝の準備、本作りについても触れられ、さらに撤収については、素早く帰れそうな方法を伝授。それは、まずご本を紙で包んでカバンに戻し、残りは全部テーブルクロスごとくるんでカバンにそのままいれちゃう! というもの。これだと、落し物もしなくて良いのだとか。なるほど、無理に会場で焦って片付けなくても、おうちで落ち着いて整理できるのがいいですねー。

同人誌 シャッツキステ 視覚障害 障害者 コミケ コミックマーケット同人誌 シャッツキステ 視覚障害 障害者 コミケ コミックマーケット ちょっとしたコツやテクニックが、「そうそう、分かる!」「便利そう」と、誰にでもお役立ち情報になりそう

目からウロコと言いたくなる! 実直な感想が読み手の視界を広げてくれる

 そうなんです。コツはどれも、分かる分かる! と共通の気持ちが湧くものです。先ほどの、大手列さんのくだり、あっ、私もよく「この列はどこのサークルさんの列なのー!?」となって、聞いたりしますし、どれも「分かる。そこ結構つまづきますよね」と思うところなんです。

 でも一方で「万が一硬貨を落としてしまったときに備え、硬貨の落下音、特に判別に難しい10円玉・100円玉・500円玉が聞き分けられると便利である」と、思ってもみなかったことを突きつけられて、どきっとしました。

 同じ部分をたくさん共有しながらも、圧倒的に違う部分があることを、私は考えたこともなかったんです。

 このご本は、実に率直に、「役に立つ」ことに注力して誠実に書かれています。苦労したことを糾弾するでもなく、体験したこと、工夫したこと、感じたことを、冷静にさらりと記されています。スペクタクル! と書きましたが、文体は至って穏やか。ご本そのものの表紙や本文もモノクロで、文字だけの本当にシンプルな作りです。でもそのシンプルでさらりの中に、歩んでこられたご苦労や驚きがじわっとにじみ出ているんです。それが、読み物としても良質のエッセイのようにしみますし、不勉強ゆえではあるのですが、読んでいると自分とは違う体験の端々にはっと気付きが訪れて、率直に言って面白いんですよー!

 ご本の中で、他の参加者のことを同志、と書かれていて、ほっとしました。そうそう、コミケは一般参加もサークル参加もみんな同じ参加者ですよね。でも、私は無意識のうちに自分の状態だけを基準にして考えていたかもしれません。けれど、幸いにして私たちは、想像大好き! ありえないことだって、妄想を膨らませる楽しさを知っています。だから、待機列のお隣さんが、お向かいのサークルさんが、ご本を手にしてくれた方が、どんな人なのか、ちょっと想像してみることができるかも、と感じます。このご本で、もしかしてお隣さんは自分とは違う状態の方かも、と考えてみるときに、コミケという場を共有することで、具体例をリアルにたくさん感じて受け止めることができました。

 「もしかして」のベクトルを広げてみたら、もっといろんな出会いがあって、いろんな人が参加して……そしたらすてきなご本が増えて、ますますみんながうれしくなるかも……そんな風な広がりをも考えさせてくれる、とっても貴重な視点のご本です。


サークル情報

サークル名:計器歩行クラブ

Twitter:@instwalkclub

イベント参加予定:コミックマーケット


今週のシャッツキステ

シャッツキステ メイド 同人誌 秋風がすーっと近づいてきた気配ですね。まだ強い日差しと、少し涼しくなった風と、コントラストの強い空。ぱたぱたふわふわとうちわであおぎながら、残暑を楽しむのにぴったりのころですね

著者紹介

シャッツキステ メイド 同人誌 司書メイド ミソノ 司書メイド ミソノ:秋葉原カルチャーカフェ「シャッツキステ」でメイドとしてお給仕する傍ら、とある大きな図書館で司書としても働く“司書メイド”。その一方で、こよなく同人誌を愛し、シャッツキステでも「はじめての同人誌づくり」「こだわりの特殊装丁」の展示イベントを開く。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えた辺りで数えるのをやめました」と語る

関連キーワード

同人誌 | コミケ | 漫画 | イベント


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2404/25/news016.jpg 「電車の中で見ちゃダメ」「笑ったww」 実家からLINE「子ヤギがすばしっこくて捕まらない」→送られてきた衝撃姿が320万表示!
  2. /nl/articles/2404/23/news090.jpg 誰も教えてくれなかった“裁縫の裏ワザ”が目からウロコ 200万再生のライフハックに「画期的」と称賛【海外】
  3. /nl/articles/2404/21/news011.jpg 小1娘、ペンギンの卵を楽しみに育ててみたら…… 期待を裏切る生き物の爆誕に「声出して笑ってしまったw」「反応がめちゃくちゃ可愛い」
  4. /nl/articles/2404/25/news043.jpg 娘の給食の献立表を見たら…… 正体不明の“謎の料理名”が「これはわからんw」と話題に その意外な正体に納得!
  5. /nl/articles/2404/25/news129.jpg プロ野球チップスでまた“不良品”流出 伊藤大海「176m」表記に続き…… カルビー謝罪「深くお詫び」
  6. /nl/articles/2404/24/news018.jpg 1年半ケージに引きこもっていたシャーシャー猫が、ある夜布団に入ってきて…… 感涙の行動に「まるで別猫」「こんな日が来るなんて」
  7. /nl/articles/2404/24/news017.jpg メルカリで300円の紙モノセットを買ってみたら…… 出品者のあたたかな心遣いに「利益は考えていないんでしょうね」「見ててわくわくします」
  8. /nl/articles/2404/23/news185.jpg 子どもに高級キーボードのパーツを捨てられた → 公式の“先読みしすぎた対応”が話題「そういうこともあろうかと」
  9. /nl/articles/2401/18/news015.jpg 巨大深海魚のぶっとい毒針に刺され5時間後、体がとんでもないことに…… 衝撃の経過報告に「死なないで」
  10. /nl/articles/2404/22/news124.jpg ダイソー「マルチ万能ほうき」が家事ラクの救世主 名前負け知らずの便利さに「これやばっ!!」「220円に驚き」の声
先週の総合アクセスTOP10
  1. 小1娘、ペンギンの卵を楽しみに育ててみたら…… 期待を裏切る生き物の爆誕に「声出して笑ってしまったw」「反応がめちゃくちゃ可愛い」
  2. 富山県警のX投稿に登場の女性白バイ隊員に過去一注目集まる「可愛い過ぎて、取締り情報が入ってこない」
  3. 2カ月赤ちゃん、おばあちゃんに少々強引な寝かしつけをされると…… コントのようなオチに「爆笑!」「可愛すぎて無事昇天」
  4. 異世界転生したローソン出現 ラスボスに挑む前のショップみたいで「合成かと思った」「日本にあるんだ」
  5. 【今日の計算】「8+9÷3−5」を計算せよ
  6. 21歳の無名アイドル、ビジュアル拡散で「あの頃の橋本環奈すぎる」とSNS騒然 「実物の方が可愛い」「見つかっちゃったなー」の声も
  7. 1歳赤ちゃん、寝る時間に現れないと思ったら…… 思わぬお仲間連れとご紹介が「めっちゃくちゃ可愛い」と220万再生
  8. 業務スーパーで買ったアサリに豆乳を与えて育てたら…… 数日後の摩訶不思議な変化に「面白い」「ちゃんと豆乳を食べてた?」
  9. 祖母から継いだ築80年の古家で「謎の箱」を発見→開けてみると…… 驚きの中身に「うわー!スゴッ」「かなり高価だと思いますよ!」
  10. 「ゆるキャン△」のイメージビジュアルそのまま? 工事の看板イラストが登場キャラにしか見えない 工事担当者「狙いました」
先月の総合アクセスTOP10
  1. フワちゃん、弟の結婚式で卑劣な行為に「席次見て名前覚えたからな」 めでたい場でのひんしゅく行為に「プライベート守ろうよ!」の声
  2. 親が「絶対たぬき」「賭けてもいい」と言い張る動物を、保護して育ててみた結果…… 驚愕の正体が230万表示「こんなん噴くわ!」
  3. 水道検針員から直筆の手紙、驚き確認すると…… メーターボックスで起きた珍事が300万再生「これはびっくり」「生命の逞しさ」
  4. フワちゃん、収録中に見えてはいけない“部位”が映る まさかの露出に「拡大しちゃったじゃん」「またか」の声
  5. スーパーで売れ残っていた半額のカニを水槽に入れてみたら…… 220万再生された涙の結末に「切なくなった」「凄く感動」
  6. 桐朋高等学校、78期卒業生の答辞に賛辞やまず 「只者ではない」「感動のあまり泣いて10回読み直した」
  7. 「これは悲劇」 ヤマザキ“春のパンまつり”シールを集めていたはずなのに…… 途中で気づいたまさかの現実
  8. 「ふざけんな」 宿泊施設に「キャンセル料金を払わなくする方法」が物議 宿泊施設「大目に見てきたが厳格化する」
  9. がん闘病中の見栄晴、20回以上の放射線治療を受け変化が…… 「痛がゆくなって来ました」
  10. 食べ終わったパイナップルの葉を土に植えたら…… 3年半後、目を疑う結果に「もう、ただただ感動です」「ちょっと泣きそう」