安 全
“跳び足”の報告は,長たちを不安に陥れた。彼らは一族を呼び出し,その件について会議を開いた。
「ということで,“裂け舌”殿の言うには,この音の主は死者の嘆きの神,“崩老卑(ほろび)”じゃそうな。彼女によると,この神から村を守るには,嘆きの声を聞く三晩ごとに,鎮めの生け贄を捧げなくてはならんとのこと」
と,最長老の“灰眉”が話しをまとめた。
「将来においては,外に向けての狩りを行い,しかるべき生け贄を捕らえてくればよかろう。しかし,今宵は三晩目じゃ。わしらには生け贄が必要じゃ。身を捧げる者はおるか?」
それまで続いていた話し声が突然止んだ。長の質問には静寂だけが答えだった。かすかに遠くのほうで,集まった鼠人が見張りに回っている者たちのことを話し出したのが聞こえた。
「苑蔵だ」
一人の鼠人がつぶやいた。
「苑蔵だ」
別の方向からもっとはっきりした声が響いた。
「人間だ」
さらに別の声が飛んだ。
集まった群衆は,とにかくよそ者を犠牲に選ぼうと必死になっていた。
そして一団が会議の間を飛び出し,護衛のもとへと駆けていった。いきなり大群に押し寄られ,落武者はあっという間に組み伏せられた。
“腐れ息”と“白髭”は同情的な視線を交わし,彼らの手は刀の柄にかかりはしたものの,どちらも苑蔵を守るために前へ出ようとはしなかった。
“灰眉”は,村落の外側へ群集を導き,苑蔵はそこで縛り上げられた。
「何をしようというんだ?」
落ち武者は恐怖に声をにじませながら尋ねた。
「しなければならんことじゃ」
“灰眉”が答えた。
「崩老卑への生け贄じゃ」
苑蔵は声もなかった。彼は集まった鼠人を眺めたが,彼らの顔には不安しかなかった。彼に仲間はなく,逃げ出す機会すらなかった。
「我々は彼をしかるべき捧げ物にすべく,泣き叫ぶよう仕向けねばならないそうです」
“跳び足”は“裂け舌”の話を思い出しながら説明した。
「すべきことをするのじゃ」
“灰眉”が答えた。“跳び足”は走り手としての知識に基づき,この落ち武者が逃げないように足の腱を切った。苑蔵は強烈な痛みに悲鳴をあげた。
「村に戻れ」
“灰眉”は一同に命じた。
「日が昇るまで村から出てはならん」
村人は列を成して家へと戻った。
“灰眉”は“腐れ息”や“白髭”とともに見張りに残った。誰一人,口を開かなかった。誰もが沼をただ見つめていた。縛り上げられた苑蔵の姿を小さな灯篭が照らしていた。
落ち武者は助けを求め,痛みに泣き叫んだ。“腐れ息”は,その大きく響く痛みに満ちた叫び声に思わず目を閉じた。
まもなく苑蔵の叫び声に,嘆きとうめきの声が重なり始めた。神が近付いてきたのだ。身の丈は人間の倍ほどで,顔は角の生えた髑髏のようだった。黒い外布は白い毛皮で飾られ,地面から浮いたまま傭兵に向かっていた。外布の端が揺れるとともに,その中に顔が現れては消えていった。
神はその場にしばし立ちつくしたかと思うと,苑蔵の叫び声の旋律聴くかのように頭を一方に傾けた。苑蔵は神に命乞いをし,必死に神から逃げようと這いずり始めた。しかしそこへ神が近付いたかと思うと,苑蔵の皮膚はまるで見えざる手に引き裂かれるかのように,ねじ切られていった。
彼は苦痛に白目をむき,痙攣を始めた。嘆きの声はさらに大きくなり,数え切れないほどの蟲が地面から涌き出て苑蔵の傷口にたかり出した。神の姿が苑蔵の上をゆっくりと通り過ぎ,やがて蛆と蟲と骨だけが後に残った。苑蔵の声は神の叫びと嘆きの声にまぎれ,ゆっくりと消えていった。
“裂け舌”は宝物庫に座り,金の詰まった箱の中に手を泳がせていた。彼女はふと,宝石と黄金細工に飾られた銀の水差しを取り上げ,それを陽にかざすとこう言った。
「安全はかくも素晴らしきもの。我はお前の安全を守る。邪悪なる神が,我からお前を連れていくことはなかろう」
彼女はまばゆく光る黄金に収められた蛋白色の首飾りを身にまとった。
「“裂け舌”の手管があれば,お前たちは安全なり。北ノ巣が崩老卑に餌を与え続ける限り,かの神はその場に残り,我らからは遠いまま」
彼女は満足そうに微笑み,こう続けた。
「いとしき者どもよ,かくも遠くに」
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