人は痛い思いが身に染みなくては、本質に近づけない――「ゼルダ」シリーズの青沼英二氏講演リポート:GDC 2007(3/3 ページ)
2004年のGDCでもゼルダシリーズに関する講演を行った青沼氏。今回の講演では、数年前に日本で起こったゲーム離れの現象を発端とした任天堂のさまざまな取り組みと、それらをゼルダにどう取り込んできたのか、というプロセスについて語った。
操作性を見直し、真のWii版ゼルダに生まれ変わった
2006年のE3会場からの報告で、Wiiの評判は好調だが、Wii版トワイライトプリンセスは操作が難しいという意見が見られる、というものがあった。それに対し青沼氏も気になっていたそうだが、宮本氏の帰国後に、その点がよりはっきりすることになる。
十字ボタンのアイテム操作は、ボタンの押し間違いが多く不評。アイテムの主観操作はカメラが勝手に回転してしまう操作に戸惑って、今自分が何をやっているのか分からず混乱しているようだった。
「Wiiの操作には慣れが必要だから、遊べる時間の短いショーでは当然の反応なんじゃないか」、「ゲームキューブからの以降だから、ゲームキューブでの操作になれているユーザーが戸惑うのはしかたがないんじゃないか」。青沼氏も、できれば操作系の見直しは、残された時間が限られていることもあり、できればやりたくなかったそうだ。しかし、このネガティブな反応に答えを用意すべきだと考え、参考までにE3に出展された他のローンチタイトルをプレイしているうちに、ある、重大なことに気が付いたそうだ。
「ゼルダに取り入れたWiiの操作は、開発者の目から見たWiiの利点を無理やり取り入れたものに過ぎず、直感的で分かりやすい、自然にそうしたくなるというような、遊び手の反応を考えたものになっていない」。
青沼氏は、“慣れが必要”という感覚から、操作をユーザーにお仕着せようとしている、そのことに気が付いたのだ。これではユーザーに歓迎されるゼルダにはなっていない。青沼氏は、他のローンチタイトルに完全に取り残されどん底に突き落とされたた感覚を味わい、そこから宮本氏とともにWii版の操作を見直すことになった。
改めてE3でのネガティブな反応を分析してみると、“安心して操作できる”という感覚に欠けていた、という点に集約されることが分かった。“慣れが必要”とされるものは、ユーザーによってはそれが”難解なもの”となってしまう。Wiiで実現したかった直感的な操作は、この“難解なもの”を払拭するためのものだったはずが、結果的に真逆のものになっていたのである。
ポインティングによるカメラの操作は、調整しても問題が解消できなかったため、上下の移動のみをポインティングによる操作とし、左右はスティック操作に戻すことにした。また、視点操作モードに切り替わった時にポインタが認識範囲にない場合には、カメラを移動させずにメッセージを表示させるようにした。
誤操作の多かった十字ボタンでのアイテム操作は、Bボタンとの併用に変更。Bボタンにアイテム使用の操作を割り当て、十字ボタンにはBボタンで使用するアイテムを切り替える機能を割り当てたのだ。これによって誤操作が軽減し、アイテム使用が安定して快適に行えるようになった。
ただ、アイテム操作をBボタンに割り当てたことによって、今度は剣の操作を違うキーに割り当てなければならなくなった。しかし、操作見直し当初より、絶対にやるべきだと考えていた方法を利用することにした。それは、モーションセンサーを利用するというものだ。
一度、リンクが左利きだからという理由で断念したものであり、復活させるにはリンクを右利きにする必要がある。しかし、それはキャラの作り直しとなるため、時間的に不可能。そこで、全世界を左右反転してリンクを右利きにしてしまうという手法(ミラーリングと名付けられている)を取った。これには、スタッフから、「意図したレイアウトではなくなる」、「構図がおかしくなる」といった反応があったが、青沼氏自身が、1週間ほどプレイした段階で全く違和感を感じなくなり、逆にゲームキューブ版の方に違和感を感じるようになったことから、これは問題ないと判断したそうだ。これにより、リンクの剣の操作をWiiリモコンを振って行えるという、このゲームになくてはならない臨場感が実現できたのだ。
ところで、当初はWiiリモコンを振る向きに合わせ、リンクが剣を振る方向も変わっていた。しかし縦横の振りの向きを処理しているとレスポンスが悪くなり、またユーザーが意識して縦横を振り分けた時にしかゲームとの一体感が得られないという理由などから方向による振り分けは排除したそうだ。これは、Wiiリモコンを振ったらリンクも剣を振る、という約束された操作が行える安心感を重視した結果である。
その後、任天堂社内での体験会で、普段あまりゲームをしない女子社員が巨大ボスを倒している姿を見て、Wii版「トワイライトプリンセス」が、DS版ゼルダと同じように生まれ変わった実感を得たそうだ。
「人は痛い思いをしてそれが身にしみなければ、本質にはなかなか近づけないものだ」、これは宮本氏が良く言う言葉だそうだ。この言葉は、トワイライトプリンセスの開発最終段階にも、いわゆる宮本氏の「ちゃぶ台ひっくり返し」(青沼氏の言葉通り・詳しい経緯はこちら)の洗礼を受けるようになった状況に良く現れていると、青沼氏。当初青沼氏は、E3でのネガティブな反応を恨めしく思っていたそうだ。しかし、結果的にはあのタイミングでネガティブな反応が聞けたのは非常に重要なことだったと今では思っているそうだ。
このような経緯で完成したWii版トワイライトプリンセスは、北米市場ではWiiを買ったほとんどのユーザーが買ってくれていると聞いて、苦労して作って本当に良かったと思ったそうだ。しかし、それに反して日本での売れ行きは青沼氏が期待していたほどではなく、ゼルダは難解で難しいもの、という日本のユーザーのとらえ方は根強いと分析。そのため、ゼルダはもっともっと変わらなければ、多くの人に興味を持ってもらうのは難しいと痛感するそうだ。しかし、今年発売を予定しているDS版ゼルダ(THE LEGEND OF ZELDA: Phantom Hourglass)ではそうした試みが満載だそうで、その結果がどう出るか、青沼氏も今からとても楽しみだそうだ。
最後に青沼氏は、家族のトワイライトプリンセスに対する反応について次のように語って講演を締めくくった。
「わたしの奥さんは、任天堂に勤める夫と15年以上一緒に暮らしていながら、ゲームには全く興味のない人で、“自分の人生には全く不必要なもの”という見方をしています。そんなある日、息子が”Wiiリモコンが欲しい”と言いだしたのでWiiとWii Sports、トワイライトプリンセスを持ち帰りました。息子がトワイライトプリンセスをやってみたいと言うので、無理だろうなと思いつつ遊ばせてみたら、最初は戸惑っていた息子も、すぐに操作になれていきました。これは大きな驚きでしたが、わたしは翌日、もっと衝撃的なシーンに出くわします。いつもより早めに帰宅した我が家のリビングに、ダンジョンに出現するモンスターと格闘する奥さんと、それを応援するかのごとく手を振っている息子の姿があったのです。彼女は、“息子がWiiをやっている姿を見てわたしもやってみたくなった”と言ったのです。人がやっているのを見て自分がやってみたくなった、という感覚は、わたしが初めてマリオに出会ったときの感覚と全く同じだったので、そういうユーザーの感覚を呼び起こしたWiiというハードは、ゲームに大切なものは何なのかを改めて我々に教えてくれているのではないかと思うのです。そして、トアル村を出ることもせず、ルピー集めに精を出して喜んでいる息子の姿を見て、”そういう何気ない小さなことってやっぱり大切なんだな”と、わたしは次なるゼルダの構想を練り始めています。」
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