ゲームとアカデミーの素敵なカンケイ(第1回)――東京大学 大学院情報学環 馬場章教授(3/4 ページ)
「ゲームとアカデミーの素敵なカンケイ」は、ゲームを学術的に研究するさまざまな人たちにフォーカスして、その研究内容や将来の構想についてうかがっていく。第1回目は、日本デジタルゲーム学会会長でありCESAの理事をつとめる、東京大学 大学院情報学環教授の馬場章先生。日本の最高学府では、どんな研究が行われているのか……?
マイナスイメージで凝り固まっている「ゲームのイメージ」に対して一撃を
―― 現在、文部科学省・科学技術振興機構による戦略的創造研究推進事業(CREST)に採択されている「オンラインゲームの教育目的利用のための研究」に関してお聞かせください。
馬場 これは、2010年までの研究で、今年で3年目になります。国から研究助成金をいただいてから3年ですが、実際はそれ以前の助走期間を含めて……5年くらいになるでしょうか。研究を始めたきっかけは、日本ではゲームの社会的な評価が低いというところからです。日本に特異な現象というのは、ゲームの負の側面ばかりいろいろと宣伝されるている点があります。もちろん、ゲームに負の側面がない、というわけではありません。しかし、問題は「負の側面が必ずしも科学的に証明されていない」というところです。
例えば「ゲームをやりすぎると目が悪くなる」、「姿勢が悪くなる」、あるいは「ゲームをやっていたせいで成績が下がった」とおっしゃる方がいます。それでは、どれくらい目が悪くなったのか、どれくらい姿勢が悪くなったのか、どれくらい勉強をしなくなって成績がどれくらい下がったのかと。ここに科学的な根拠は何も無いわけです。その最たるものが、「ゲーム脳」という、あのインチキ学説だと思います(参考記事:ゲーム脳、言われているのは日本だけ)。ああいったものが社会に流布されて受け入れられてしまうということは、やはり日本ではゲームのマイナス面ばかり強調されていて、ゲームの本質というものが理解されていないからだろうと考えました。つまりゲームの社会的評価の低さを痛感したわけです。
―― それがきっかけで?
馬場 「ゲームにプラスの側面は無いのか?」、「ゲームに効用は無いのか?」、と考えると、いくつか挙がってくるわけです。ゲームをやると気分が爽快になるとか、歴史の武将の名前を覚えていたりとか……。とくに教育の分野では「ゲームが教育に与えるマイナスの影響」についていろいろと言われていたので、逆に教育に関してプラスの影響があるのではないか、また、それを科学的に証明することでマイナスイメージばかりで凝り固まっているゲームのイメージに対して一撃を加えることができるんじゃないかと思って、まずは教育的な側面から解明していこうと。
―― CRESTについてはさまざまな場所で調査報告を出されてます。直近で何か発表される予定はありますか?
馬場 今年発行された「CESAゲーム白書2008」(社団法人コンピュータエンターテインメント協会発行)に文章を書きまして、その中で成果を引用しています。また、10月の東京ゲームショウ2008で配布される予定の「テレビゲームのちょっといいおはなし」にも、ほぼ同じ文章が掲載されることになっています。
さまざまな機会にたびたび中間報告みたいな形で発表していますが、それはこの研究の進め方として、特に私たちが意識してやっていることなんです。5年なり6年なりの研究期間が終わってからまとめて研究成果を出すのではなくて、社会と対話をしながら研究を進めていきたい。「こういう研究結果がでましたけれども、いかがですか」という社会への問いかけですね。それをしながら、「研究方法がまずいんじゃないか」、「こういう効果も調べてみたらどうか」など、皆さんからご意見をいただきながら研究を豊かにしていく進め方を特に意図しています。こういう研究の進め方はふつうしませんが、ゲームが社会的な存在である以上、必要な方法だと思います。
―― ゲームの研究で5年間の期間があるのは、かなり長いのではないでしょうか。
馬場 そうですね。ですが、私たちにっては5年でも短いかなと思っているんです。というのはやっぱりゲームの影響というのは、そう短期間ではっきりでるものではないので、できれば10年、20年と継続して調べたいとは思っています。残念ながら今は国の助成制度の問題で5年間でやらざるを得ない。
研究対象が高専の学生達なので、5年間は彼らと一緒に研究ができます。高校に相当する3年間と専門課程が2年間あるので、短くとも5年ちょうどで国の助成期間と同じでいいかなと思うのですが……本来であれば彼らが高専を卒業してからの追跡調査もしたいので、少なくとも10年くらいはあったほうがいいだろうなとは思います。しかし研究は短期間でも、科学的に影響を調べられるような方法を同時に開発しながら、きちんとした成果を出していこうと考えています。
―― 国内では間違いなく初めての試みだとは思いますが、海外ではこういった取り組みは行われているのでしょうか。
馬場 世界的に見ても、MMORPGの教育分野での効果を調べているのは、私たちが始めた研究が多分初めてですね。現在は似たようなプロジェクトがいくつか出てきています。シリアスゲームの分野が多いですね。基本になるものが教育学や、社会心理学など、同じような学問をベースにおいているので、研究手法が国によって大きく異なる、ということはあまりないのですが、何歳の子供を対象にしているか、どういうタイトルでやっているかは違います。
そこのところは考慮しなければいけませんが、根本的な方法が大きく異なるということはないですね。 研究の期間も、場所によってさまざまです。1年で終わってしまうところもありますし、簡単に英語教育のソフトウエアを使って成績が上がるか下がるかを1、2回の実験で終わらせてしまうところもあります。長期に渡って取り組むところもありますが、継続してというのが他の国でも難しいらしくて、毎年対象となる学生が変わってしまうというのが普通ですね。
―― 先生が海外で発表をされる内容は、日本におけるCRESTの事例に関してが多いですか。
馬場 必ずCRESTの成果については触れるようにしていますけれども、学術的な人々の集まりか、一般の方の集まりかで工夫しながら話しています。明らかにここで始めた研究の影響を受けて、同じような研究始めましたというグループもいくつか世界の中で出てきたので、将来的にはそういった人たちの研究内容と比較ができるようになるとおもしろいですね。民族的な違いであるとか国による違い、当然そこには歴史的、教育制度の違いなんかがあるわけですが、それによって違ってくるのか違わないのかなど、比較できるとおもしろいと思います。
―― 先生の話を聞きたい、講義を受けてみたいという人たちは、どうすればいいのでしょうか? がんばって勉強して東大に受かって、大学院に入る以外の方法はあるんでしょうか?
馬場 メールをいろいろな方からいただくことが多いのですが、スケジュールなどを考慮して、可能な限りは呼ばれれば出かけていってお話しますし、来てくだされば、お話をするようにしています。東大の他の研究室と比べれば、私たちの研究事例は何らかの形で一般の方々との接する機会は多い方ではないかと思っています。今年重視している講演は「学園祭」です。東大の学園祭だけでなく、この秋以降は他の大学でもお話しする予定です。
そこで主催の学生にお願いしているのは、学生だけではなくて、一般の方々、保護者の方、教育関係の方々、高校生くらいだと大体理解してもらえると思うので、高校生はウェルカムと言う体勢を取ってくださいとお願いしています。小中学生だとちょっと話は難しくなってくるかもしれないですね。本当は小中学生向けにもお話はしたいですが……。まだ、どの学校でどの時間に講演をさせていただくかは発表されていないのですが、もし読者のみなさんのお近くで開催されるようであれば、足を運んでいただきたいと思います。
「オンラインゲームの教育目的利用のための研究」概略
研究目的は、オンラインゲームの正の効用、その中でも教育効果を科学的・客観的に解明し、その分析結果を、オンラインゲームを用いた授業カリキュラムやオンラインゲームの評価基準の確立に結びつけることにある。本グループが仮定するオンラインゲームの教育効果は以下の四段階である。
(1) 学習に対する学習者のモチベーションの形成
(2) 学習者の各分野における新知識の獲得
(3) 世界観・歴史観の形成
(4) 学習者の協調性やコミュニケーション能力の獲得など社会集団の一員としての自覚と社会的スキルの涵養
平成19年度は詫間電波高専の日本史・世界史の授業で、2週間にわたって株式会社コーエーのMMORPG「大航海時代 Online」を用いた講義を受けてもらい、プレイ前後に「社会的スキル」、「歴史関心度」、「学校満足度」などの要素を含む質問紙調査を実施した。
「デジタルメディア作品の制作を支援する基盤技術」 平成19年度実績報告より
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