表現したいもの or 売れるもの バンドマンガ「フジキュー!!!」は創作者のジレンマといかに向き合うか:虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第44回
今回は別冊少年マガジンで連載中の「フジキュー!!! ~Fuji Cue's Music~」をご紹介。
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
おかげさまで本紙もこの4月で開設11年目を迎え、気が付けば虚構ニュースサイトの老舗とまで呼ばれるようにまでなりました。言い換えれば社主も開設してから11歳老け込んだことになりますが、ネット界の老害と言われるまでがんばっていきたい所存です。
さて、今回ご紹介するマンガは「別冊少年マガジン」(講談社)にて連載中、田口囁一(しょういち)先生のバンドマンガ「フジキュー!!! ~Fuji Cue's Music~」(~2巻、以下続刊)です。
ご存知の方も多いかもしれませんが、田口先生はマンガ以外にバンド「感傷ベクトル」として音楽活動もされていて、絵も音楽もからっきしの社主からすればその多才ぶりは何ともうらやましいかぎり。そしてその両方での経験を生かしたマンガ&音楽な作品がこの「フジキュー!!!」なのです。
バンドとして致命的な三重苦
舞台はポップミュージック界最高峰の養成高校・国立音楽アカデミー(通称「JAM」)。音楽産業の行く末を案じたレコード会社と国が共同で設立したこの高校は、これまで数多くの実力派ミュージシャンを輩出。言わばポップス界のエリートを育てるための学校というわけです。
そして物語の主役はギターを始めて2カ月余り、なのにどういうわけだかJAMにブービー合格してしまった初心者中の初心者「フジキュー」こと不死原求。まだFコードも押さえられない上、演奏を始めると必ず弦6本すべて切ってしまうという悪癖の持ち主である彼がなぜJAMを目指したのか。それは友達に誘われて初めて見たロックバンド「ブルーベアーズ」のライブのカッコよさに一目惚れしてしまったから。
興奮冷めやらぬ勢いのまま、無謀にもブルーベアーズのボーカルに「バンドに入れてほしい!」と申し出たフジキューに課された条件は「JAMで主席(トップ)を取ること」。彼がこのエリート校に入ったのは何よりブルーベアーズのメンバーになるという夢をかなえるためなのです。
ポップスのエリートを育てることを目的とするJAMでは、入学早々学校が指定した相手とユニットを組んで演奏を披露する「ウェルカムコンベンション」が開催されるのですが、フジキューと組むことになったのはふわふわロングがかわいいピアノ女子・星河うた。
卓越したピアノの実力を備えるものの、かつて発表会で盛大に鼻水を垂らしてしまった過去がトラウマになり、今では人前だと「ぼんぼろぼん」としか弾けなくなってしまった彼女は、入試でもあのフジキュー以下の最下位で合格。「Fが押さえられない」「3分で弦がすべて切れる」「人前でピアノが弾けない」というバンドとして致命的な三重苦を抱える彼らがウェルカムコンベンションを乗り切るために見つけた秘策とは……。
稼げない学生は即退学!
さて、その「秘策」で何とかウェルカムコンベンションを乗り切った2人でしたが、JAMの真の厳しさはここから。JAMの学生には授業以外の自主的な音楽活動で利益を出すことが求められ、稼げない学生は即退学。無料の授業料はこのシステムからねん出されているので、否が応でも学外での「儲かる」音楽活動が求められるというわけです。
とは言え、在学中に人気が出れば卒業後も音楽活動での成功が約束されるという、学生にとっても大きな魅力も備えており、売れる者だけが生き残るという仕組みは、まさに学園長が「音楽業界の縮図」と語る通りなのでしょう。
と言うわけで、とにもかくにもバンドを組まねば始まらないと、メンバー集めに奔走するフジキューとうた。そんな2人がどうにかこうにか集めたのは「群れてるバカが嫌い」「音符と波形以外は信じない!」と豪語する実力派・溺谷洋介と、素顔・本名ともに謎、うたが「かわいい…!」という理由だけでスカウトしたドラムのパンダ(※たぶん人間)。oh……。
そしてこの珍妙な4人の前に、うたを執拗にライバル視する西園寺みなが現れます。
セルフプロデュースに長けていて学内外からの人気も高く、その上なぜかうたの鼻水事件をも知るみな嬢。彼女を中心に学年トップクラスのメンバーを集めて作ったバンド「西園寺みな&The Real chothes」と、急造のため「バンド名未定!!!」というバンド名で活動する4人の学園祭オーディション出場を賭けた対決は戦う前からすでに決着がついている感もありますが、自分たちがやりたい音楽・楽しい音楽を信じ、オリジナル曲「ドレミとソラミミ」1本で戦う彼らと、「売れるためなら本当の自分なんて捨てる覚悟がある」と言い切るみな嬢の決着はぜひ本編で読んでみてください。今月発売された第2巻でひとまずその答えが出たので、今回やっとご紹介することができました。
自分がやりたいことをするのか、人に求められることをするのか
さて冒頭にも書いたように、社主はマンガを読むのは大好きですが、特に絵が描けるというわけでもなく、ましてやギターに触れたこともありません。しかし本作が示すテーマの1つ「自分がやりたいことをするのか、それとも人に求められることをするのか」というのは、あらゆる創作に共通する悩みだと思うのです。
社主も11年にわたって虚構記事を執筆・配信していますが、自分が面白いと思う記事と読者から面白いと言ってもらえる記事は必ずしもイコールではありません。「読者が期待するものを提供する」というセルフプロデュースと、それによって自分が本当に書きたいと思っていることを抑えねばならないジレンマは往々にして感じるところでもあります。
幸い本紙の場合、趣味で配信しているようなものなので、アクセス数など商業的な面であくせくする必要はそれほどないのですが、本作で描かれる商業音楽の世界、あるいは商業マンガの世界に携わる人であれば、「創作が商売として成立するか」という葛藤に苦しむ場面も多いのではないかと思います。
そういう意味では、個人的な経験を踏まえて「表現したいもの」と「売れるもの」が一致することほど幸せな瞬間はありません。何が売れるかなどまず予測できるものではなく、またそれが自分の創作範囲と一致するなんてほとんど運の世界です。けれどまた、マンガでも音楽でもそういう両立の上に最後まで完走した極めて幸運な作品というのは、後世まで残る傑作であるようにも思います。
マンガと音楽、両方の世界でこの葛藤をリアルに経験しておられるであろう田口先生がこれから先「フジキュー!!!」をどのような方向で描くのか、物語内の行く末だけでなく、そのメタメッセージな部分も踏まえてこれからの展開に注目しています。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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