1つの恋を男性視点と女性視点で 異色の2誌同時連載にも注目「古都こと―ユキチのこと―/―チヒロのこと―」:虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第59回
秋田書店と双葉社で2誌同時連載! 今回は前代未聞の交差型ラブストーリー「古都こと」を紹介します。
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
早いもので、今年も残すところあと1カ月。振り返ってみると、今年も2回ほど誤報を出してしまい(関連記事1/関連記事2)、社主としては反省しきりの1年ですが、マンガ好きとしては引き続き良い作品に出会えて満足な1年でした。
さて、今年最後の通常連載、ご紹介するのは今井大輔先生の「古都こと―ユキチのこと―」(~1巻、以下続刊/秋田書店)と「古都こと―チヒロのこと―」(~1巻、以下続刊/双葉社)。それぞれ「漫画アクション」「ヤングチャンピオン」にて連載中の本作は、掲載誌も出版社も別という「青年誌史上初」の企画として注目の作品でもあります。
「古都こと」は堀川諭吉と門脇千尋、二人の男女それぞれの視点から同じ出来事を描いた恋愛作品。その舞台が本紙のお隣・京都ということもあり(編注:虚構新聞本社は滋賀県)、地元の書店でもパワープッシュされておりました。もともと今井先生の「ヒル」(全5巻/新潮社)が好きだったこともあり、社主はプッシュされるまでもなく発売日に買いましたが、京滋以外の書店ではどんな感じだったのでしょうか。
最初は「チヒロのこと」から読むのがおすすめ!
さて、社主と同じく両作を買った人なら、まず悩んだであろう「どっちを先に読むか」問題。どちらから読んでも面白いのですが、社主としては「チヒロのこと」から読むのをおすすめします。社主が「チヒロ」を先に読んだのは、「そりゃ女の子が主人公の方から手に取るだろ」という些細な理由からでしたが、両方読み終えてみるに「チヒロ」から読むのが正攻法かな、と。
というわけで、まずは「チヒロ」視点から物語を簡単にご紹介です。
幼いころ母に買ってもらった手鏡を、つい最近手違いで祖母に売られてしまった失意の門脇千尋は、この春から大学1回生。彼女はぼさっとした髪形にごつい黒縁メガネという、関西で言うところの「もっさい」女子なのですが、入学早々彼女は急に走ってきた一人の男とぶつかります。
その男こそ本作もう一人の主人公・堀川諭吉。チヒロより1年先輩のユキチが懐から落としたのは何とチヒロの祖母が勝手に売ってしまった例の手鏡。拾い上げて返そうとしたチヒロに向かって、ユキチは「あなたにあげます」と言い、その場を去ります。
骨董市で手鏡を買ったユキチが「運命の人にあげるんや」と話していたことを、祖母から聞いていたチヒロは、意外なかたちで手元に戻ってきた手鏡を抱え、自室を転げまわるばかり。しかもその後再会したユキチは、彼女の心に長らく「呪いのトゲ」として刺さっていたキモいゆるキャラのキーホルダーを「オレが気に入っとんねん 全人類が笑っても外さへんわ!」と、ビシッと言い放つなど、彼女が感じたドキドキはどんどん恋心に変わっていきます。
……と、「チヒロ」を最後まで読んで思ったのは、とにかく「ユキチ、男前やな!」の一言に尽きます。恋愛に奥手で引っ込み思案、もっさいチヒロが彼と出会ったことで、見た目も心も垢抜けていく様子に、恋の力の偉大さを感じられずにはいられません。取ってつけたような「大学デビュー」とは、人を変えるエネルギーが根本的に違うのです。
読み進めるにつれて頭を抱える「ユキチのこと」
チヒロにとってまるで王子様のように映るユキチの言動に、青年誌掲載ながら、まるで少女マンガを読んでいるような感覚さえ覚える「チヒロのこと」。では、「こんなん男でも惚れるわ」級にいい男なユキチの目に、果たしてチヒロはどう映っているのか――。普通のマンガならチヒロと重ねて、自分なりにユキチの気持ちをあれこれ想像するしかないのですが、もう一方の「ユキチのこと」を読めば、実際に彼の気持ちを確かめられるのが本作のおもしろいところでもあります。
そんなわけで「チヒロ」からの勢いそのままに「ユキチ」の方にもすぐさま手を伸ばした社主ですが、読みはじめて十ページほどで「ん……?」、さらにページをめくっていくにつれ、頭を抱えて「あぁ……」と。
「ユキチ」で描かれる主人公・ユキチの姿が「チヒロ」でのそれとは全然違うのです。まずユキチ、口も性格も良くない。いや率直に言って「悪い」。ただし、読んでいて不愉快になるような男ではなく、また計算高さと未熟さが空回って、恋愛に不器用なところはユーモラスでかわいらしいと思います。が、基本的に他人を「アホ」「ボケ」と見下しています。
なぜ「あぁ……」に至ったのかも含め、この直接心に訴えかけてくる苦い感覚は、実際に読んで体験すべきだと思うので、今回ユキチに関わる個々のエピソードはあえて伏せますが、両方を読んで初めて分かる「同じ場面の同じセリフでも、視点が変わるだけでここまで持つ意味が変わるんだ!」という、今井先生の手腕には本当にうならされました。キモいゆるキャラのシーンでユキチが言い放った「オレが気に入っとんねん 全人類が笑っても外さへんわ!」も、両作で持っている重みが全然違うのです(コマの扱いも全然違って面白い!)。
どちらも「正しい」チヒロとユキチ
さて、こうして両方を読み切ってみると、「やっぱり恋は盲目だな。チヒロ逃げて!」などと一瞬思いそうになるものの、そこを踏みとどまって冷静に考えると「いや、むしろ恋愛ってそういうものだったな……」と思い至ります。
何となく「チヒロ」=幻想/「ユキチ」=真実と考えがちですが、推理マンガならともかく、そもそも恋愛に幻想も真実もないと思うのです。恋愛には誤解もすれ違いも付きもので、好きな相手には自分をカッコよく見せたいし、好きな人は(たとえその本性がどうであれ)カッコよく見えてしまうものなのです。それを虚構だの嘘だの言っても仕方ない。そういう意味では「チヒロのこと」「ユキチのこと」はどちらも「正しい」のです。
冒頭ではそれぞれの描き方にずいぶん開きが出ていた両作ですが、何だかんだで二人の距離は近づきつつあります。この先物語が進むにつれ、二人の目に映るお互いの姿はどのように変わっていくのか――。インパクトある第1巻だったこともあり、次巻以降の展開が気になって仕方ない作品のひとつです。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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