洞田創のろくでも日本史:マジカルイラストレーター、江戸時代に発見される?
立体・風景物がトレースできる、日本初のマジカルな玩具「新感描スケッチ マジカルイラストレーター」。しかし、これにそっくりなものが江戸時代の史料に? 果たして真実なのか……?
皆さま、2016年はいかがお過ごしでしょうか。
大人にとっては出費が痛いお正月。渡したお年玉は多くの場合、玩具へと変化するのが世の常ですが、玩具といえば、「新感描スケッチ マジカルイラストレーター」という玩具をご存じでしょうか。
バンダイが2015年の11月に発売したこの玩具(関連記事)。平たく言えばお手本や風景、人物を「簡単にトレースできる」というものですが、発売されるやいなや、対象であるお絵かき大好きな女児よりも、お絵かき超大好きな大きいお友だちを引きつけたという、いわくのある玩具です。
かくいう私もその大きなお友だちの一人だったのですが、新春、研究史料の整理をしていたところ、この「マジカルイラストレーター」そっくりなものを江戸時代の史料に見つけてしまったので、今回、それを紹介しようと思います。
さて、その史料とは、幕末江戸の医者であった萬大了品(マンダイリョウヒン)の残した、「了品日記(リョウヒンニッキ)」というものです。彼は幕府が設立した、西欧の学術を翻訳・研究する機関「蕃書調所(バンショシラベショ)」に勤めており、日記は、そこで出会った西洋の珍しい器具や技術を記した、現代的に言えば新製品のレビューのようなものになっています。
そして、そこに書かれた問題のブツは、文久元年3月10日条に記された「マーヒス・イルストラーター(満比須意留須頭羅丹、以下、満比須と省略)」という、19世紀前半に発明されたオランダ製の人力複写機械です。
日記によると、これは西洋の技術書を翻訳するという蕃書調所の仕事柄、図や挿絵も正確にトレースする必要があり、調所に導入されたもののようです。
ただし、この満比須、オランダ本国では「子どもの玩具」という認識であり、この点は現代の「マジカルイラストレーター」と同じですが、了品日記には、「良く出来たものである。これがあれば、昨日今日筆を持った素人が名人のように描けるであろう。童子の手なぐさみには惜しいものである。本朝(日本)では多く大人が使う事となろう」(訳文)と記されていて、半ば大人用と見なされています。
さて、江戸時代版マジカルイラストレーター、満比須の気になる使い方は至極簡単。台座(州浜台)に紙を敷き、斜めに取り付けてある見本台(鬼面)にお手本を置いて、覗き(のぞき)筒から見本台をのぞくだけ。それにより、鏡によって反射板(義山:ギヤマンの当て字)に台座の紙が映りこみ、「下の紙とお手本が重なり合った像」が見えるので、あとはこれをなぞるだけ、というものです。
この仕組みは、ショーウィンドウを想像してみてください。ショーウィンドウの前に立てば自分の姿も見えるし、ショーウィンドウの中も見えますね。そういった仕組みに近いものです。
赤い円の中が覗き筒から見た手本であり、薄墨で書かれているのが反射板に映りこんだ手もとの筆であろう。左には「筆先を見るが肝要也」と書かれており、手元が映るという見慣れない景色に混乱しそうだが、筆先一点に意識を向ければ意外と楽であるという
また、これは台座上の手本だけでなく、実際の人物や景色もトレースできるようで、高さを調整するための脚がついています。ばらして台座の裏にパーツを収納すれば、持ち運ぶこともできます。
そうは言っても、これをもってスケッチ旅行に出かけようと考えた幕末人はあまりいなかったことでしょう。大人は特に、了品が技術書の挿絵をトレースするのに使ったように、「絵手本のトレース」の用途が主だったと思われます。日記にも「美人画など写せばはかどる也」(原文)と書かれています。
さて、いかがでしたでしょうか。世の中には似たようなものがあるものですね。
…………んんんんんーーー??
ということで、全ては作り話。
「新感描スケッチ マジカルイラストレーター」は、立体・風景物がトレースできる、日本初のマジカルな玩具です。大きなお友だちの皆、これはよいものですよ?
著者プロフィール:洞田創
イラストレーター、1983年大阪生まれ。広島大学文学部卒業。和風の作品、特に人文学の知識に基づいた「本物のような」浮世絵調のものを得意とする。2012年、ネットミームの和風化パロディーを作った結果、予期せず広まってしまいいろいろ怒られる。近著は現代にタイムスリップしてきた絵師が江戸時代に戻って描いたとされる書物「平成うろ覚え草紙」。Webサイトは洞田創研究室。
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