お花見専用から手動のいかだまで 東北の「渡し船」体験をリポートした同人誌に人々の暮らしを感じる:司書メイドの同人誌レビューノート
らんます屋さんの「水を越えて~渡船にゆられて~ 第7巻東北の渡し船+α」をご紹介。
私設図書館「シャッツキステ」のまわりでは桜が咲き始めました。先日はメイドがそれぞれ手作りのおかずやお菓子を持ち寄って、ささやかなお花見をしました。花のあるきれいな風景をのんびり眺めるのは、肩の力が抜けていきますね。
でも花の季節は意外と短くて、地域によっては早くしないと見逃してしまうかも? では、満開の桜を追って、北上してみてはいかがでしょうか。しかも渡し船に乗って!
今回紹介する同人誌
「水を越えて~渡船にゆられて~ 第7巻東北の渡し船+α」 B5 20ページ 表紙1色刷り・本文モノクロ
著者:らんます
行ってみたくなる! 渡し船の現地リポート
この本は、日本全国の「渡し船」が運航している土地に実際に出かけ、乗船した様子をリポートした同人誌です。
渡し船と言えば、船頭さんに案内されて乗ったボートで川の向こう岸まで……というイメージでしょうか。ありますあります、そんな光景。しかし渡し船が活躍しているのは川だけではないのですね。この本では川、海、沼の三カ所で発行当時(2015年夏)に運航していた船が紹介されています。海の間の小さな島々を渡る船、人知れぬ沼を渡る船……ひとくちに「渡し船」と言ってもさまざまな種類があるんですねぇ。それらの大きさ、形態、定員、運航距離などの情報に加え、目的地にたどり着くまでの様子や、乗船の感想が軽やかな文章でつづられています。全ページモノクロなものの、写真も分かりやすくて訪れる際の参考になります。
例えば、岩手県で桜の咲く時期にだけ運行するという「北上川渡し船」。あら、お花の時期だけに渡って行くなんて、ロマンチック。本文でも「花見に船とは、粋ですね~」との言葉が。うんうん、と頷きながら読み進めると「あれ? 桜は?」と不穏な流れに。なんと、わざわざ足を運んでみたものの、その年は開花が早く、既に葉桜になっていたとか。しかし作者さんは「花はなくとも、花見は花見♪」とせっかくなので乗船して桜並木まで行ってみることに。すると、葉桜ですがまだまだ見ごろの並木道が続いているではないですか。写真からも花開いた並木道の様子が分かります。良かったー! その土地に赴き、船とその周辺の旅を楽しむ作者さんの目線を温かく感じます。
衝撃の自己責任渡し船
さて、ここで少しページを戻して、本をめくり直してみましょう。表紙を見て、あらためてページを開くと中表紙です。そこには、驚きの渡し船の姿が。……これ、渡し船ですか!? ドラム缶に柵がついてるだけですよ!
静かに波紋の広がる水面に浮くいかだ……これは沼の散策用の渡し船です! エンジンなどというものはなく、ロープを手繰って進むスタイルです。無視できない佇まい……写真を見ているだけでなんだか心がざわざわします。
こちらの渡しいかだについても、もちろんリポートされています。それによると、もともとちゃんとした船があったのですが、雪害により破損。その後、地元の有志の方々によっていかだになり復活したのだとか。横の印象的な建物は、ダムの堤防で、珍しい建築例のため国の重要文化財になっているそう。湖面に写った白い柱、とろりとしていそうな沼の水。そんな沼を探索する渡し船の動力源は己の腕力のみ! 「若干、船着場が沈みかけている」といった、細やかなリポートに胸高鳴ります。いかだはトムソーヤ号と名付けられているとのことで……ぴったりですね!
タイトルも本文も全て手書き文字! 渡し船への愛!
こちらの本はシリーズで、もう7巻も発行され、各地の様子がそれぞれにつづられています。本文の画像でも分かりますが、なんと文字は全て手書きです。表紙のタイトルも、詳細に書かれたリポートも。最初は「あれ? 手書きなんだ」と少し驚きました。でもこれって手書きだから楽だとか雑だとかということではなく、むしろ結構な労力がかかるスタイルだと思います。そして文章のポイントとなるところには小見出しがついていたり、ページごとに写真もたくさん載っていて、文字をたどるのは決して苦になりません。
作者さんは、「渡し船はこれから先の時代では斜陽的なものとなっていくのかもしれません」と記しています。私にもそのイメージがありました。どこか懐かしく、寂れた風景のような……けれど、この本に載っている船はどれも現役で、それぞれの地で愛され、活躍している様子が心にじんわり染みるようです。桜の時期の渡し船は1日の利用者数が1000人を越えており、島々をつなぐ渡し船は学生が通学に利用していたり、郵便局員さんが通勤のために使ったり……。沼のトムソーヤ号だって、わざわざ復活させた方々がいっしゃるからこその存在ですよね。なんだか郷愁に誘われるようだけれど、決してそれだけではなく、いまも愛され、必要とされる人々のくらしを感じる乗り物なんですね。
そんな渡し船への愛情が手書きの文字によって、素直に伝わってくるこの本、次の一冊は四国の渡し船についての内容を予定されているそうです。今度はどんな船が待っているのか、楽しみです。
サークル情報
サークル名:らんます屋
参加予定イベント:公共交通&旅行系オンリーイベント「Little“T”Star! 7」(5月22日 石川県金沢市で開催)に委託、コミックマーケット90
連絡先:ranmas1011@gmail.com
今週のシャッツキステ
2週間のお休みをいただいていたシャッツキステも、本日から通常開館いたしました。久しぶりにたくさんスコーンを焼いて、スープを作り、一息ついて。さて、なにか今週の同人誌にちなんだものはあるかしら? 船、船……と見回したら、ありました! ボトルシップが飾られていました。あれ? 肝心の船がちょっぴり見えないですが、入口近くにそっと飾られていますので、ご来館の際は探してみてくださいませ
著者紹介
司書メイド ミソノ:秋葉原カルチャーカフェ「シャッツキステ」でメイドとしてお給仕する傍ら、とある大きな図書館で司書としても働く“司書メイド”。その一方で、こよなく同人誌を愛し、シャッツキステでも「はじめての同人誌づくり」「こだわりの特殊装丁」の展示イベントを開く。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えた辺りで数えるのをやめました」と語る
関連記事
萌えと宇宙は無限大? 女子高生×人工衛星の組み合わせにロマンを感じる「衛星研究部」
作者は、実在の人工衛星をかわいく擬人化させた「現代萌衛星図鑑」の二人。アケコンをトランクに詰め込んで、いざ! 世界最大級の格ゲー大会「EVO」出場者によるガイドブック
読んだら大会へ出るんだな。本格的な食品サンプルを作るための同人誌「鯵の舟盛りを作ってみよう!」 “素材”のセット販売も
食卓に飾りたい。「えっ、名前って誰でも変えられるの?」 改名を経験した著者による同人誌が読み物としても傑作だった
現在、Amazonプライム会員向けに無料配信中。就活を機に散髪→どうせならマゲ結ってみるか 一部始終を収録した同人誌にほっこりする
お相撲さんに見守られる中、床山さんに仕上げてもらったそう。「る」で終わるは序の口? 「しりとりが絶対に強くなる10の方法」でワンランク上の戦いを
今週はサークル「弐人国家」さんの同人誌「しりとりが絶対に強くなる10の方法」をご紹介。こんなの待ってた! アメコミの効果音を集めた辞書がマニアックすぎて心くすぐる
今週はサークル「FANDOMAIN」さんの同人誌「アメリカンコミックス効果音辞典 スーパーヒーロー誕生から70年代まで」をご紹介。フィンランドで「スイッチ」を買ってきた ニッチすぎる旅行記に同人誌の可能性を感じる
今週はサークル「レトロピリカ」さんの同人誌「Finland TravelII」をご紹介。「助けを求めて走る月」「夏は戦争シーズン」ってどゆこと!? 古代ギリシャの暦を現代風にアレンジしたカレンダーに妄想が止まらない
今回は藤村シシンさんの「2016年古代ギリシャ暦カレンダー」をご紹介。腹が減っては戦はできぬ! 全国の同人イベントを渡り歩いた作者が贈る珠玉のグルメ同人誌
秋葉原のカルチャーカフェ「シャッツキステ」の司書メイドことミソノが、同人誌のディープな魅力を紹介する連載企画。あなたの知らない同人誌の世界がここにあります。ファンタジー好きにはたまらない! 一つ一つのポップアップアートに物語を紡ぐ「アトリエココ」の世界
秋葉原のカルチャーカフェ「シャッツキステ」の司書メイドことミソノが、同人誌のディープな魅力を紹介する連載企画。あなたの知らない同人誌の世界がここにあります。
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.