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映画「虐殺器官」であえて省略された核心とは? 原作をたどり引きずり込まれる、主人公の内面と魅力ねとらぼレビュー

劇場版の角度からは見えない主人公の姿が原作にはたくさんあるのです。

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 まさに紆余曲折と呼ぶべき状況を経てようやく公開となった、映画「虐殺器官」(関連記事)。故・伊藤計劃さんの長編小説デビュー作の映画化で、紛争の絶えない国々を渡り歩く“虐殺の王”と、彼を追う特殊部隊員との物理的かつ心理的な闘いを、R15+指定で緻密に描いています。

 “虐殺の王”ことジョン・ポールの正体や目的は徐々に明らかになっていきますが、実は主人公であるクラヴィス・シェパードのことはなかなか明かされません。というのも、映画化するにあたり、クラヴィスの内面にまつわる描写をあえて省いたと、村瀬修功監督がインタビューで明言しているのです。

 原作小説はクラヴィスが一人称で語る形で書かれています。ということは、映画を見てから小説を読めば、もっとクラヴィスの思いに近づくことができ、そこから全体のストーリーの理解も深まるはずです。

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クラヴィスの心を占める、母親の死、そして「ことば」

 クラヴィス・シェパード。アメリカ情報軍特殊検索群i分遣隊所属、階級は大尉。文学部卒で、一人称は「ぼく」。幼少時には両親と暮らしていましたが、いずれも物語本編がはじまるよりも前に亡くなっています。

 父親はクラヴィスがまだ幼かった頃に拳銃で自殺。そのまま母ひとり子ひとりで生活してきた彼は軍に入り宿舎で暮らしはじめますが、母親が事故に遭い脳死状態になったと連絡が入ります。どこからが生でどこからが死なのかも曖昧な状況で、それはそれは猛烈に思考し葛藤した末、彼は母親の生命維持装置を止めることを選びました。

 そして、その決断を下したことで「ぼくが母親を殺した」と考え、彼は夜な夜な「死者の国」の夢を見るようになったのです。

 結局、父のようにある日突然いなくなってしまったのは、危険な任務についているぼくのほうじゃなく、ぼくが消えてしまわないように気を使い続けてきた母のほうだった。そしていま、母の体はワシントンの墓地にあって、その魂が夜ごと「死者の国」からぼくに語りかけている。(伊藤計劃「虐殺器官」より)

 懐かしく優しい家庭の記憶と、仕事で度々目にする地獄のような戦場の風景が混ざったような「死者の国」で、クラヴィスは母親と対話し、時には安心しているような様子も見せるのです。もちろん実際には母親は亡くなっています。では、夢の中の母親がクラヴィスに語りかけるその言葉は、いったいどこからきているのでしょうか……。

 一方、その母親から「ことばにフェティシュがある」と評されたほどの生粋の文系であるクラヴィスですが、どうやら普通の人とは言葉というものの捉えかたが、もしくは感じかたが違うようです。

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 ぼくは、ことばそのものがイメージとして感じられる。ことばそのものを情景として思い描く。この感覚を他人に説明するのはむつかしい。要するにこれは、ぼくの現実を感じる感覚がどこに付着しているのかという問題だからだ。(伊藤計劃「虐殺器官」より)

 彼は言葉を「リアルな手触りをもつ実体ある存在として感じていた」という表現もしています。日本には言葉の力を表現するための「言霊」という概念がありますが、彼はそれに近いものを目視できている、もしくはその数段階上の感覚を手にしているのかもしれません。少なくとも、単なる「文学好きの兵士さん」ではなさそうです。

画像はコミカライズ版。クラヴィスの心理描写もあります

クラヴィスはなぜ落ちていったのか

 あらためて、劇場版での“虐殺の王”たちのことを思い出してみます。

 まず、ジョン・ポール。彼は言語学者です。「虐殺の文法」を使い、後進諸国に虐殺を広めて回っているとされています。そして、ジョンと何らかの関係を持つといわれる女性、ルツィア・シュクロウポヴァ(原作では「ルツィア・シュクロウプ」)。彼女も言語学者でした。クラヴィスはプラハでルツィアと、そしてジョン・ポールと接触し、言葉を交わします。この接触が、クラヴィスに如実な変化をもたらします。

 クラヴィスはジョン絡みの仕事をこなしていく中で襲撃を受けてしまい、部下や同僚が死んでいくのを目の当たりにします。特に彼の部下であるリーランドが殉職する姿はなかなかに衝撃的で、映画館で見て驚いた方も多かったかと思います。どうにか帰投し、仲間たちを弔ったクラヴィスですが、糸が切れてしまったかのような状態に陥ります。しかし、それでもジョンとルツィアと母親のことだけは頭から離れませんでした。そして、ヴィクトリア湖畔での最後の作戦で、人を率いる立場の彼がついに私情で単独行動に出るのです。

 クラヴィスは、彼にあまりにも近すぎた「ことば」を介してジョンとルツィアに引かれてしまい、そこから母親にまつわる己の弱さを引きずり出され、「虐殺の文法」に染まってしまった。その結果として、あのような結末に至った、そんな気がしてなりません。

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 劇場版で迫力や生々しさを楽しみつつ、あのエンディングに至るまでのクラヴィスの心の動きを原作で補完する。そしてそれを踏まえてまた劇場版を見に行く。これで「虐殺器官」が2倍、いや、3倍以上は楽しめると思います。映画を一度見ただけでは「どうしてこんな文系男子が軍人に……」と思ってしまう彼のナイーヴさの根本を原作で知ることで、不思議なことにやたらと愛着が湧いてきて、読んだり見たりしている自分が引きずり込まれていくのがはっきりとわかります。それ故に生々しさも増すので、だいぶ苦しくもなりますが……。

 ちなみに、劇場版の最後のクラヴィスの台詞は、実は原作の「エピローグ」の最初の1文にすぎません。実際にはもう少し先まで書かれていますので、あの発言の真相が気になるという方も原作を手に取ってみてください。そしてまたそれを踏まえて劇場へ、もしくは「ハーモニー」の世界へ……。

qeeree

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