早押しクイズの微分学 ~4文字でボタンを押す「最速の押し」が「最速ではなくなる」理由~(2/3 ページ)
儚くも美しき早押しクイズの極限。
競技クイズにおける2015年以降の誤答戦略の変遷については以前の連載で書いた通り、「序盤から一定のリスクを織り込んだ早押しスタイルを徹底する」ものへとたどり着いた。現在のメインの潮流といえるだろう。
ことばもこれに対応したのだ。いま議論すべきは100%確実に正答となる「確定ポイント」ではなく、80%程度の正答率になるとしても高確率で正解にたどり着き、かつ相手に押し勝てるポイント、つまり「俺ならここで押せる」なのである。
もちろん、決め打ちで当たりそうなことと「ここで押せる」とは全く別の概念だ。先ほどの問題でいうならば、「京都三大祭とは、」で押してしまい「時代祭」と答えることは「ここで押せる」の対象外だ。無限問のクイズの海を前に、それでも言葉のつながりなどから理論的に導き出された「ここまで聞けばほぼ正解だろう」というポイントが「ここで押せる」なのだ。
「ここで押せる」と確定ポイントとの違いはこの確率面にあるが、この場合どれくらいの確率なのかは明確にされていない。
これは、未知のクイズが誕生することや、出題者が持つ「美しさ」の感覚がズレていた場合などへのヘッジであり、おおむね「微小なリスク」とみなして良い(このあたりの話は、先ほどの誤答についての連載を読んでいただきたい)。
また、「確定ポイント」が普及しすぎたことにより確定ポイントでの押し合いをしているようでは勝てなくなってきた。これが、確定ポイントの一歩先である「ここで押せる」ポイント開拓のきっかけとなった。
このあたりを踏まえても、確定ポイントの延長上の概念でありながら、それを現代の戦術論に発展させたのが「ここで押せる」と言っていいだろう。
早押しクイズ最適化問題を解く
では、実際の「ここで押せる」について見ていこう。
「ここで押せる」を解説する際に欠かせないのが「ゾスラ」である。ゾスラとは「ゾーンスラッシュ」の略で、簡単にいえば「ゾーン状態に入っているならここでバシッと押せるぜ」ということだ。「ゾスラ」はそのようなゾーンスラッシュ部分で問題文を止め、その問題の正解が何かを当て合うクイズプレイヤー同士の遊びである。例えば、
「いまにお/」
というお題が出る(音声で聞くものなので、ひらがなで書くのがルール)。/(スラッシュ)はここでボタンが押され問題文が区切られたことを表す。ゾスラはまさに「ここで押せる」ポイントで問題文が切られており、その先をゆっくり考えながら予想するという実践的なトレーニングなのだ。
では、このゾスラ「いまにお」を例に、「ここで押せる」の具体的構造について確認していこう。
「いまにお」の答えは「佐渡ヶ嶽部屋」である。想定される続きの問題文は、
「『今に王になれ』という願いを込めて、所属力士の四股名に『琴』の字をつけている相撲部屋はどこ?」
となる。
「いやいやいっぱいあるでしょ他にも!」という言説に対してきっちりと返答していこう。
まず注目したいのは「今に」だ。現在の口語表現では「今に○○」という表現は用いられない。「今にも」とくれば口語の範ちゅうに入るが、「いまにお」なのでそれも当てはまらない。となれば、ここの今にを日本語とみなせば「今に~」は何か固定の言い回しであることが分かる。
脳内変換ミスも怖い。「居間に」で始まるパターンを考えてみよう。「居間に大きな~」「居間にお父さんが~」……あまりクリティカルな発見はない。「居間に置かれることが多い~」→「ちゃぶ台」とか? あまり必要性のない説明になってしまうし、これも却下。こういう方向性だと、多少無理すれば選択肢が増えることはある。実際の早押しでは「今」と「居間」はイントネーションが異なるため、このような変換ミスは起こらないだろう。
次に気にしなければならないのが、何らかの固有名詞であるパターン。「イマニオ」や「今鳰(いまにお)」? 幸い、Googleで検索してみたところイマニオはヒットしなかった。この可能性はない。
このようにしていろいろな選択肢を削った結果、「いまにお」という4音から始まる問題は「佐渡ヶ嶽部屋」だろう、となるのである。
そして同時に、これがこの問題の「ここで押せる」ポイントだ。考える過程でも解説したように、これが100%ではないかもしれない。しかしながら、このポイントで押せたとしたら「佐渡ヶ嶽部屋」で正解できる可能性も高いだろう。
とまで書いたが、ここで問題がある。本当に「いまにお」でボタンを押そう! と思い、かつ実際に押せるかという問題だ。ゾーンに入っていることを想定したスラッシュなので、実際にこの押しをすることはかなり難しい。この瞬間に答えはほぼ確定しているが、確定ポイント以上に実際やってのけるのが難しいのが「ここで押せる」ポイントなのだ。
とはいえ、このような押しが実際の大会でさく裂することも少なくはない。当記事の問題提供者である佐谷政裕さんも、学生ナンバーワンを決める大会「abc the 14th」の決勝において、あと一問正解で優勝という状態で2人が並び立った状況で「まぐちがせま/」→「うなぎの寝床」というゾーンスラッシュをさく裂させている。大舞台ゆえのスーパープレイというものもまた存在するのだ。
以前も書いたように、録音などによる「耳学問」が押しのスピードを早め、ゾーンスラッシュでの「ここで押せる」押しは、より現実的に体得可能なものとなってきたのだ。「ここで押せる」理論が先なのか、それとも体得されたものが「ここで押せる」論となったのかは分からないが、ここ数年で早押しクイズにスピードイノベーションが起きたことは明らかである。
消えた最速スラッシュの謎
ここからは少々話がぶっ飛んでいくが、僕が今回一番興味深いと思っている部分であり、意味ある思考実験であるはずなのでぜひお付き合い願いたい。
いま、先ほどの「佐渡ヶ嶽部屋」の問題を「いまに/」だけで押すことを考えてみよう。「いまにお/」の「お」を聞かない、ということだ。
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