あの「緊急事態宣言」から1年、コミックビームは生き残れたのか 編集長が語る、電子増刊『コミックビーム100』の狙い(4/4 ページ)
怒涛(どとう)の1年でコミックビームはどう変わったのか、奥村勝彦編集総長、岩井好典編集長、そして新たに創刊される『コミックビーム100』の本気鈴編集長に話を聞きました。
今までは見えていなかったものが、身体感覚として分かった
―― あともう1つお聞きしたかったのが、昨年プレミアムサービスとしてスタートした「読もう!コミックビーム」についてです。本誌の方ではもう発表されていますけど、その後のてん末についても触れないわけにはいかないなと。
岩井:ええと……あれからいろいろご意見をいただきまして、取りあえず「第1シーズン終了」ということになりました!
―― 「緊急事態宣言」まで出してたのに……。
岩井:代わりに月額700円の「読もう!コミックビーム廉価版」なんていうサービスをですね、内容をちょっと絞った形で新しく始めようかなー、なんて。
―― 以前の月額1980円と比べると、かなり現実的な値段になりましたね。
岩井:サービス内容としては、まずコミックビーム電子版の最新号と過去2号が読めます。定期購読のような感じですね。それから今までは毎月50冊以上、ビームコミックスを読み放題で公開していたんですけど、これはもう少し数を絞る予定です。あとはブロマガとか、これまであげていた動画なんかはもうちょっと数を整理しようと思っています。
―― 毎号50冊読み放題はかなり太っ腹だと思っていました。
岩井:あれ社内では「やばいですよ」って言われるくらい安いサービスだったんですよ。
―― 僕も利用していたんですが、実際利用してみると50冊って読みきれないですよ。ただでさえビームって濃い作品ばかりなのに。
岩井:社内的にも「あれやりすぎじゃない?」って話もあったりしまして。あともう1つは、毎月1回やっていたニコ生。一部では非常に好評だったんですが、ほとんど内製でやっていることもあって、なかなかカロリーが高くてですね……。
―― 本来ロフトプラスワンとかでやるようなイベントを、毎月やっている感じでしたからね。
岩井:チャンネル自体は1年目でもう黒字だったんですよ。トントンかやや黒くらい。それ自体はけっこうすごいことだと思うんですけど、ただ、カロリーのわりには黒が少ないというか、編集部にかかる負荷が強すぎた(笑)。
奥村:1年間よく持ったなと思うよ。オレはそんなでもなかったけど、やっぱ現場の連中は相当疲弊してたし。でもしんどいだけかっていうとそうでもなくて、作家さんの意外な面が見えたり、作家さんも喋ってみて楽しかったなんて言ってくれたり。ああ、こういうのも悪くねえなと思ったよ。
―― ビームのいち読者としては、お祭りがずっと続いているような1年間でした。
奥村:ただまあ、こんなの延々続けてると「オレ漫画が本業なのにな」みたいな感じになっちゃうんで。ちょっと間を空けて、またどこかでやるのがいいんじゃねえかなと。
―― この1年間で何か見えてきたことはありましたか。電子書籍とか、ネットに対する見方が変わったりとか。
岩井:それは確実にありましたね。今までは見えていなかったものが、身体感覚として分かった。ネットで生配信とかすると、なんだかんだで瞬間的に1万人とかが見てくれるんです。他にも電子書籍でコミックビームフェアをやって「こんなに数字が出るんだ」って驚いたり。業界の中にはまだ、電子というものをどこかで軽んじている風潮もあるんですが、少なくとも「うん、もうデジタルは無視できないな、完全に」というのは骨身に染みた。
奥村:うん、そういう腹のくくりはしたな。
―― その経験をコミックビーム100に生かしていくと。
岩井:生かしていかなければいけないとは思っています。
奥村:ただお客さんから見て、本当にデジタルが面白いのかっちゅうのはまだ分からない。まあ玉石混交の状態がこのあとも続いていくんだろう。漫画家さんと編集の関係性であるとか、そういう漫画作りの根っこの部分ってのは実は、電子だヘチマだとかそういうのとは無関係なわけでね。
―― それはそうです。
奥村:そういうオレらが持ってるモノを、どうやっていい形で残していくか、というのが今のオレらの仕事なんじゃねえかな。オレにしたって岩井にしたって50超えてるし、上の連中がそうやってドタバタやってるのを若い連中が見て、そっから何か学んでくれたらいいのかなという。なんか今、すごくいい締めをしたような気がするぞ。
岩井:いや、勝手に締めないでくださいよ(笑)。
だってグーテンベルクがよ、印刷技術を発明して何年よ?
―― 本気さんは既に電子系媒体でもけっこう仕事をされていますよね。
本気:増えていますね。紙の漫画もどんどんWebマガジンやWebコミックに置き換わっていきますし。
―― 本気さんの目から、電子媒体というのはどう見えているのかというのをお聞きしたくて。例えば今回、1冊まるごと電子漫画雑誌というのを聞いて、どう思いましたか。
本気:うーん、まあ、普通だなと(笑)。
―― デジタルで漫画というのは、わりとすぐに受け入れられましたか。
本気:なにしろ今やっている担当連載もWebがかなり多いので。ただ作家さんの方は、ちょっと前まで抵抗はあったみたいです。版元からも、Webだけど大丈夫か聞いてほしいと言われたりしていました。
―― 今もそういうのはあるんですか。
本気:いや、今はもうほとんどないかな。
岩井:作家さんによってはまだあるんじゃないかな。例えば何かをコミカライズしたりする時に、「紙ですか?」って聞かれたりすることはあります。あくまで紙が王道で、電子は傍流みたいな固定観念はまだ根強い気がします。
本気:「コミックスは紙でも出してほしい」という作家さんはいます。やっぱり手元に持っておきたいと。
岩井:これけっこう大きな問題なんですけど、電子だと著者にあげられないんですよ。
―― あげられない?
岩井:紙だと著者見本というのがあるんですが、電子はそれがないんです。
―― えええ、コードとかで送れないんですか。
岩井:できないんですよ。買ってもらうしかない。PDFデータを渡したりはもちろんできるんですが、やっぱり売っているものとはちょっと違ってしまう。
本気:やっぱり「オレの本だ!」ってのがないのはどうかなって思いますよね。
奥村:まあ親戚に配れないとか、親が読めないとかそういうのはあるだろうな。
岩井:親に送りたいはまだいいんですよ。漫画家本人がトシだったらどうするんだという話もあって。
奥村:そうなのよ、そうなのよ。
岩井:だってこの間、これ言っちゃっていいのかな……まあいいや、いましろたかし(※)さんがニコニコ生放送に出てくれた時なんですけど、ちょうどiPhoneに変えたばかりで、控室で大きい声で「ところでさ、アプリって何??」っておっしゃって(笑)。それ聞いていた姫乃たまさんが、「それ『愛って何?』みたいなものですよね」って。
―― いましろさん、リアルでもそんな感じなんですね(笑)。
奥村:そんなもんですよ。団塊の世代あたりになると、わりと壊滅的にヤバイ人はいっぱいいます。
本気:私も作家さんに「コミックスは電子だけなんですけど……」とはやっぱり言いづらいですね。
―― 単行本がデジタルだけってケースは多いんですか?
岩井:ジャンルによると思います。例えば女性向けのBLとかね。あのあたりは電子書籍だけというものも多い。女性は部屋にそういう本をあまり置きたがらないし、書店でも買いづらいですしね。
―― 作家さんとしては、作品をWebで無料公開するのに抵抗があったりはしないんでしょうか。
本気:そこはWebの仕事が増えていくにつれて、徐々に抵抗がなくなってきた印象があります。
―― 最初は抵抗があった?
本気:いや、正直いうと、最初からそんなになかった。僕は僕で、作家さんがよければいいと思っていたし。
―― ちょっと意外です。もっと抵抗あるものかと。
本気:自分でもWeb漫画は読んでましたしね。だからWebマガジンの仕事が来た時も、「ああ、そうか」という感じでそれほど抵抗はなかったんですよ。作家さんはどう思うかな、というのはありましたけど、作家さんもそんなには。
岩井:いやあ、僕のまわりではWebはダメって人、今でもいますよ。
本気:ただ、Webマガジンが増えたことで作家さんの発表の場は増えましたね。自分の仕事の可能性も広がるし、そこは確実に良くなったと思っています。
岩井:でもぶっちゃけ、作家さんへ入っていくお金は減ってますよね。
―― それは原稿料が安いとか、単行本になっても売れないとかですか?
岩井:まず1つは原稿料が安い。もう1つは、印税の仕組みが違うんですよ。紙だと制作印税なので、例えば1万冊刷って、そのうち5000冊しか売れなかったとしても、作家さんにはちゃんと1万冊分の印税が入る。でもデジタルだとダウンロード数に対して支払うので、極端な話、1冊しか売れなかったら10円しか入ってこないみたいなこともある。単行本が出ても安心できないんですよ。
奥村:完全歩合制だよな。
―― 原稿料はどれくらい違うんですか?
奥村:まちまち。
岩井:まちまちですねえ。
本気:紙で描いていた時と同じ原稿料を払うところもあるし、そうでないところもあります。
岩井:紙も出している版元だと、紙と同じ原稿料を払うところが多いですね。アプリ系の漫画サイトとかだと全体の売上から数パーセントとか、そもそも仕組みが全然違ったりする。
奥村:場所によってはページ3000円以上の作家は使うな、みたいなところもあるって言うな。
岩井:3000円は本当に安い。30ページ書いて9万。これじゃ食っていけないですよ。
奥村:絶対無理。
―― 本気さんが担当されているWeb連載はどうですか。
本気:さすがに原稿料だけで暮らしていけないというのはないですね。大体みなさん複数やってらっしゃいますし、僕が担当しているのは紙と同じ原稿料を払ってくれるところが多いので。
―― Webだと投稿型の漫画サイトみたいなのもありますが、ああいうところはやっぱり無料ですよね。
岩井:投稿型はそうでしょうね。
―― こうなるともう、作り方からしてまったく違ってきますよね。
岩井:昔は同人で活躍している作家さんがメインに出てくることはほとんどなかったんですが、今は同人からいきなりメインフィールドの花形になったりしますよね。無料で描かれたものが有料で描かれたものより売れる時代はもう来ていて、そうなってきたら原稿料についても、いろいろ考えていかなきゃいけないだろうなとは思います。
―― ただ無料の作品って、編集者が介在していないわけですよね。今後そこの差が、漫画編集者の存在価値になっていく可能性は。
岩井:腕の見せどころ……になればいいけど、「要らねえじゃんこんなの」って思われるかもね(笑)。
奥村:そのときオレらみたいなのが残ってるのか残っていないのか、こればっかりは分からない。まあオレはもうじき定年だから多分いねえけど、なるべくそういう仕事が残っていればいいとは思いますなあ。
―― 今みたいな状況って、漫画編集を始めたころは想像していましたか。
奥村:してるわけねえだろぉ。だってグーテンベルクがよ、印刷技術を発明して何年よ?
岩井:500年くらいです。
奥村:だろ? インターネットが出てきて何年だっけ。
岩井:普及したのは1990年代の初めだから、たかだか20年くらいですね。
奥村:早いわ! もうホント……めちゃくちゃじゃない。
岩井:いや、逆に言うと面白いよね。こんな変革期ないですよ。
本気:そうですねえ。
岩井:新しくヘンなことができるかもしれない。そういう乱世であることは間違いない。
奥村:まあ、ただ人口相当減るけどな。こう、屍だらけになるわけで。
(2017年9月14日 飯田橋のKADOKAWAにて)
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