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「シェイプ・オブ・ウォーター」が描く抑圧と解放 モンスターの一撃は何を救済したか?(3/3 ページ)

ネタバレ注意。

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 さて、イライザが声を出せないのはその傷のためだとされる(※)。彼女は川に捨てられていた遺児であり、その時点から喉は裂かれていた……と作中では語られている。またオープニングに彼女が見るのは美しい水の夢だ。

 ここで1つの仮説が持ち上がる。彼女のそれは“もともと”えらである。使われず、錆びついていただけのそれをモンスターはもとに戻したにすぎない。つまり彼女はもともと魚人をその由来に持つ者なのではないか、ということだ。

※公式サイトおよびいくつかの紙、ネット上を問わない記事では、イライザが発話できない理由は「子どもの頃のトラウマ」が原因だと書かれている。これはおそらく、本作のプロダクション・ノートに記載された"Rendered mute by a childhood trauma"「小児期の外傷」の誤訳だ。完成した映画、脚本、ノベライズ、ヴィジュアルガイド、デル・トロのインタビュー、どこを探しても精神的意味での「トラウマ」の描写はない。

 主演のサリー・ホーキンスは本作のオファーを受けた際、自らのショートフィルム作品として「自分が人魚だと気づいていない女性の物語」を執筆していた。既にダニエル・クラウス(※)との会話で「シェイプ・オブ・ウォーター」のアイデアを思い付いていたデル・トロは彼女にそれを送ってほしいと頼み、以後彼女とのやりとりからイライザというキャラクターが出来上がっていった。

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 その後イライザの詳細な設定について尋ねたサリーに、デル・トロは「君はもうイライザそのものだ。僕がわざわざしたためて、送る必要はないね」と伝えている。恐らくはここで、彼と彼女の設定が入り交じった。そして作中では、彼女が実際に“そう”なのかは明言されない。

 デル・トロは物語に解釈の余地を残し、2つのことを同時に書いている。さながら、「砂漠の女王」を引用することで偽りの正しさに抑圧される人々の悲哀を描きながら、同時に奴隷たちをつぶすケモシュの像が「魚類を想起させる、瞳の飛び出た神」であることから――ストリックランドの末路を暗示させたように。

※本作の共同脚本家であり、NETFLIXオリジナルアニメ「トロール・ハンターズ」原作者。デル・トロも製作として参加し、数話を監督。また、同作の悪役の名はストリックラーである。

 本作のノベライズでは、妻の殺害未遂、また肩に乗る猿の幻覚、といったようにストリックランドのパラノイアにかなりの焦点を当てている。その彼は死の間際、撃たれたのち立ち上がったモンスターを「神」と認める。

 その復活劇はストリックランドにとってキリストの復活、モンスターによる一撃は彼にとっての救済であり、その内心はノベライズ版にこう書かれている。彼は決して、時代遅れの存在として排除されたわけではないのだ。

「――あなたが神だ。私ではなく」

ストリックランドはささやくように告げた。「申し訳ない」

(略)

これまで己を縛り付けてきた全てがあふれ出て、自分は空っぽになるのだろう。金切り声を上げるサルたち、ホイト元帥、レイニー、子供たち、自分の罪。残ったものが、本当のリチャード・ストリックランドだ。

(略)

いや、倒れたのではない。ギル神が導いてくれているのだ。毛布のように柔らかく、温かい水の中へ。こんなふうに穏やかで幸福だったのは、いつ以来だろう。彼の眼窩は水であふれ、彼が見えるのは、水だけになった。これが最期か。だが、死にゆくストリックランドは笑っていた。なぜなら、これは始まりでもあったからだ。

(ノベライズより)

そして混沌の時代へ

 イライザがモンスターと結ばれたのは、本来の自分を相手にさらけ出し、彼の全て(人外の形状の性器。ならびに猫をあやめ、食べることでさえ)を受け入れたからである。それは服を着たままのセックスを行っていたストリックランドと対照的に描かれる。

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 自らの全てを捨て、他者である彼を恐れずに歩み寄り、ありのままを見ることができたからこそ、彼女はこの物語のヒロインたり得ている。また氾濫した桟橋、ゼルダとジャイルズがつなぐ手にも暗示されているように、混沌の時代に必要なのは相互理解である。

 本作の舞台は1962年。この後、アメリカは前述の性の開放運動、ヒッピームーブメントに象徴されるカウンターカルチャーの嵐が吹き荒れる。声なき者たちが立ち上がり、誤った時代に反抗をおこしはじめるその姿は、さながらハリウッドをはじめとする今の世界情勢を見ているようだ。

 デル・トロは過去作「パシフィック・リム」において、地球の危機に各国が手を取り、協力しながら立ち向かう物語を描いた。これは「国と国とが争い合ってる場合じゃない。手を取り合って協調し、ともに世界を良くしていこう」というメッセージであり、作中のシンクロシステム・"ドリフト"もまた人と人とが互いを分かり合うことの象徴である。一方は怪獣ロボット・アクション、他方はラブロマンスという形をとっているが、本作とは芯のところでテーマが密接につながっている。

 われわれの事業の最も素晴らしいポイントは、砂上に引かれた国境線を消し去れることだ。われわれはそれを続けなければならない――世界が、その溝を深めようとするときにこそ。

 アカデミー賞のスピーチで、彼はこう語った。そして世界と世界、個人と個人をつなげるものについても。

 私にとって――この映画にとって大切なものは“水”と“愛”だ。何よりもまず、水だ。それは破壊されることなく、決まった形を持たない。愛もまた同じだ。愛がどのような形をしているにせよ、みなそれに落ちる。私はそう信じる。

"Guillermo del Toro on the deeper meaning in ‘The Shape of Water’"(The National)

将来の終わり

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【編集部注:ねとらぼ編集部では本作がR-15編集を行って公開するに至った、またSNSでその告知を行うことに至った経緯について、配給元のFOXサーチライト・ピクチャーズに取材を申し込みましたが、「公式で出しているコメント以外にお伝えすることはありません」との回答でした】

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