もはや実写版ラピュタな映画「イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり」 高度1万メートルを超えた本当の冒険
“実写版ラピュタ”と言っても過言ではない迫力。
劇場公開中の映画「イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり」が、もはや“実写版ラピュタ”と言っても過言ではない内容だった。
同作は日本版タイトルが示している通り、歴史的な偉業に基づいた、気球での大空への冒険を描いた作品だ。そして、伝記映画にありがちなお堅い印象や小難しさはほとんどない、誰もが楽しめるアドベンチャー要素がふんだんな娯楽作である。
ちなみに製作・配給にはアマゾン・スタジオが携わっており、配信サービスのAmazonプライムの見放題ラインアップにも入っている。つまり、自宅や移動中でもスマホやタブレットで気軽に本編が鑑賞できる……のだが、それでも「映画館でこそ見てほしい」と強く訴えたい作品でもある。その理由と、作品の具体的な魅力について解説していこう。
大空への冒険、そして暴風雨吹き荒れる暗雲の中へ…!
本作の主人公の1人は、気象学者であるジェームズ・グレーシャー。彼はジャンボジェットの平均巡行高度を超える1万1277メートルまで、酸素ボンベなしで気球に乗り上昇したという実在の人物だ。1862年のことであるが、その記録は現在に至るまで破られてはいない。そして、彼が記録した大空での一部始終が、今日に至るまでの気象予測に多大な貢献をすることになったのだ。
同作では、大空への冒険がさまざまな困難に直面する、死と隣合わせの危険なものとして描かれている。何しろ、初っぱなから暗雲に入り込み、雷が鳴り響き、暴風雨が吹き荒れ、ゴンドラが上下左右に激しく揺さぶられ、あわや落下寸前というスペクタクルが展開されるのである。
「天空の城ラピュタ」をほうふつとさせるのは、まさにここだ。パズーとシータが空賊たちの飛行船に乗りラピュタを目指し、暗雲の中で雷鳴を間近で聞きながら進んでいったあの“竜の巣”のシーンと重なるのである。そしてその後には、ラピュタに降り立った時の開放感に匹敵する、“神秘的”なまでに美しい光景が広がっていた。
危険ではあるが、天空の世界には“まだ見ぬ世界”へのロマンがある。「イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり」は「天空の城ラピュタ」のようなファンタジーではない、(誇張もあるが)現実の出来事を描いた作品であるのにもかかわらず(だからこそ)、その喜びと感動を与えてくれるのだ。
そして、気球が高度1万1000メートルを超え、気温マイナス50度、酸素もほとんどないという、過酷を通り越して文字通りの“死の世界”へと向かう。ネタバレになるので詳しくは書かないが、そこでは「その手があったか!」と、気球上という限られた舞台で、ここまでのサスペンスが作れるものなのかと感嘆できるアイデアが駆使される。
これらのアドベンチャー要素にリアリティーと臨場感をもたらすため、セットや美術、撮影方法も洗練されている。当時のガス気球のレプリカを建造したのはもちろん、ヘリコプターから実際に1万1000メートル上空の展望を撮影したほか、クライマックスのアクションも900メートルの高さを飛ぶ気球上で行われた。気球での大空への冒険の“体験”のため、できる限り空中で撮影が行われているのである。
余談だが、本作の原題は「The Aeronauts」という、「Aero(空中・空気)」と「Astronaut(宇宙飛行士)」を掛け合わせた造語だ。主となる登場人物は2人のみで、劇中の浮遊感や迫力の映像、その場に居合わせたような体験ができるという意味では、宇宙飛行士による生還までのサスペンスを描いた「ゼロ・グラビティ」にも似ている。見終えれば、きっと原題とマッチした内容だったと納得できるだろう。
ツンデレな美男美女による“バディもの”としての面白さも
本作でもう1つ重要なのは、大空への冒険が、男女のペアで行われているということだ。異なる境遇であった2人が、初めはツンツンしながらも、冒険を経て徐々に互いを信頼していくようになるという“バディもの”の面白さも存分にあるのだ。
ジェームズ・グレーシャーは、学界からバカにされてもめげず、気球からの観察で気象予測ができると信じている、マジメだが不器用な男だ。一方で気球乗りのアメリアは、旅立ちの時からエンターテイナーらしい派手さを披露し、ジェームズとはまさに正反対の資質を持つ人物として描かれる。全く違った立場の男女が、それぞれの目的のために旅立ち、そして共に困難に立ち向かうというのも、(性格や年齢は全く異なるが)「天空の城ラピュタ」らしい要素だ。
ジェームズは日本でも高い人気を誇るエディ・レッドメインが演じ、ちょっと“コミュ障”な印象は「ファンタスティック・ビースト」シリーズの主人公・ニュートとも重なり、なんとも“守ってあげたくなる”母性本能をくすぐる魅力を放つ。対してアメリアを演じるフェリシティ・ジョーンズは表向きは派手であっても、「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」のジン・アーソに通ずる暗い過去も持つ女性を見事に体現していた。
舞台の多くは気球のゴンドラの中というこれ以上なく狭いものだが、2人がお互いに対してまさに“ツンデレ”であることが分かっていく会話劇は、それだけでニヤニヤしてしまう。
エディ・レッドメインとフェリシティ・ジョーンズは「博士と彼女のセオリー」でもタッグを組んでおり、その本質的な“相性の良さ”は誰にでも直感的に分かることだろう。
ちなみに、史実においてジェームズ・グレーシャーと共に気球に乗っていたのは、気球の専門家であるヘンリー・コックスウェルという男性だった。映画におけるアメリアは、そのヘンリー・コックスウェルと、女性初のプロの気球飛行士であるソフィー・ブランシャールのイメージをミックスさせた、架空の人物だそうだ。
史実からの改変は賛否両論も呼んでいるが、対照的な2人を通して描かれる関係性が、“男女の恋愛を超えた”ものとして感じられる上、当時冷遇されていた女性の社会進出への風刺も描かれているため、個人的には意義あるものとして評価したい。何より、美しい大空の光景に匹敵する、美男美女2人による画の数々は、ずっと見ていたくなるほどに魅力的なのだから。
実は“リアルタイム進行”の映画だった
もう1つ本作で面白いのは、映画「フォーン・ブース」やドラマ「24 -TWENTY FOUR-」のように、劇中の時間経過がほぼ“リアルタイム進行”になっていることだ。
物語は気球で冒険に旅立つ直前から始まり、時々表示される“離陸から○分○秒”のテロップは映画で経過する時間とおおむね一致している。しかも気球での冒険の途中では、2人の主人公の過去の“回想”が度々挟み込まれ、より彼らの境遇に共感できるようにもなっている。
これにより、「すぐに冒険が始まるため“ツカミ”が抜群」「リアルタイム進行により“体感型映画”としての強度が増す」「回想も挟みこむことで退屈する時間はない」「しかも回想により登場人物へ十分な感情移入ができる」という、ムダなく計算された構成となり、作品のエンターテインメント性に一役も二役も買っているのだ。
配信サービスが台頭している今だからこそ、映画館で見る価値が味わえる
「イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり」は配信サービスのAmazonプライムで既に配信中だ。しかし、前述したように、気球での大空への冒険を体験(体感)できる点にこそ、大きな意義のある映画だ。美しく、迫力のある映像は、やはり大勢の人間と一緒に、大きなスクリーンでこそ、真の魅力を味わえると断言できる。
この「イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり」と同様に、配信サービスが台頭している昨今、配信で世に送り届けることを前提としつつも、それと同時か少し間を置いてから(あるいはそれより早く)限定的に劇場上映されるケースはいくつかある。Netflixオリジナル映画の「ROMA/ローマ」「アイリッシュマン」「マリッジ・ストーリー」などがそうだ。
このように“映画館/配信サービスのどちらでも見られる”選択肢が用意されるのは、利便性を思えばやはり喜ばしいことだ。とはいえ、スマホやタブレットで気軽に見るのも良いが、わざわざ映画館に足を運べば最高の体験が待っている。「イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり」は、そのことにあらためて気付かせてくれる作品だ。
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