連載

意味がわかると怖い話:「犬の埋葬」(1/2 ページ)

夜にかかってきた1本の電話。

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 ひとたび気づくと、なにやら違う光景が見えてくる……「意味がわかると怖い話」を紹介する連載です。

「犬の埋葬」

『車出してくれない? レオを埋めたいんだ』

 その夜、中1になる従弟(いとこ)の悠斗から電話があった。最近はあまり顔を出してなかったが、僕は一時期、父親に請われてこの6つ年下の従弟の家庭教師のようなことをやっていた。レオは悠斗の家で飼っているゴールデンレトリバーだ。

「死んじゃったの?」

 驚いて尋ねると、悠斗はつっかえつっかえ、話し始めた。原因は分からないが朝、みんなが起きてきたらレオが冷たくなっていたこと。借家なので庭に埋める訳にはいかず火葬業者を頼もうとしたが、弟の春斗が泣いて嫌がったこと。春斗は「よく散歩に行って一緒に遊んだ裏山に埋めてあげたい」と言っていること……僕は2年前、祖母の葬儀の時に、灰になった亡骸を見て小1だった春斗が大泣きしていたことを思い出した。

『うちは車ないし、抱えていくには重いし。……たぶん、動物の死骸を勝手に山に埋めるのは良くないことだろうから、人に見られたくないしさ』

 悠斗は言いよどんだ。近くに住んでいて、春に免許を取って中古車を買ったばかりだった僕に相談してみろと、母親に言われたのだという。

 僕は快諾して、すぐに車を飛ばして悠斗の家に急いだ。

 悠斗の父はまだ帰宅しておらず、家にいたのは悠斗と春斗、母親だけだった。レオの死骸は段ボール箱に詰められ、封をして玄関の三和土(たたき)に出されていた。傍らには大きなシャベルが2本、用意されていた。

 来てくれてありがとう、と悠斗のお母さんが力なく笑って頭を下げる。

 母親の傍らで涙を浮かべて立っている春斗を見るのが忍びなくて、僕は挨拶もそこそこにシャベルと段ボールを車の後部座席に運んだ。レトリバーの成犬の体重は30キロほどにもなる。ずっしりと重い。

 遠くで防災無線の音が、途切れ途切れに聞こえた。誰かが行方不明になったという内容の放送らしいが、音質が悪いのとあちこちで反響しているのとで、殆ど聞き取れない。姿が見えなくなった徘徊老人を探す類のこの手の放送は、僕の住んでいるあたりでも時々、流れてくるが、役に立っているのか怪しく思う。

「俺が案内するから」と、助手席に悠斗が乗り込む。

 悠斗に言われるまま、隣町との境にまたがる小高い山まで車を走らせた。数年前に開通した、鬱蒼とした広葉樹林を突っ切るバイパスを行く。街灯はまばらで、道はひどく暗い。

「レオ君、9歳だったっけ。うちで飼ってた柴犬も病気で早くに死んじゃってね。……優菜ちゃんも悲しむだろうな」

 よく遊びに来ていた、春斗の同級生の女の子の名前を挙げる。レオも彼女によく懐いていた。悠斗は顔を曇らせて頷く。

「春斗とも、一番仲良しだったから。――優菜ちゃんの名前、春斗の前では出さないで」

 レオとよく一緒に遊んだ友達、その死にショックを受けるだろう友達のことまで考えるのは、今の春斗には荷が重い。悠斗の言うとおりだ。

 峠(とうげ)を越えたあたりで悠斗に声をかけられ、車を停めた。僕は段ボールを、悠斗はシャベルを抱えて林を進む。通りから見えないところまで五分ばかり歩き、僕たちはそこに1メートルほどの穴を掘った。

 段ボールのままレオの死骸を埋め、ふたりで手を合わせる。墓石代わりに何か置こうかと提案したが、変に目立って誰かに掘り返されたら嫌だと、悠斗は冷静に言う。半年前まで小学生だった従弟の落ち着いた様子に、すっかりお兄さんだなと僕は感心した。

 帰りの車の中で、悠斗はぽつりと「ごめんね」と言った。ありがとうで良いのに、と歯がゆく思ったのを覚えている。

 

 思えば悠斗たちに会ったのは、その晩が最後だった。

 翌年の正月、実家に帰った折に母から、悠斗の一家が父親の仕事の都合で北海道に引っ越したことを聞いた。それも転居の案内を受けたきり、電話もつながらず手紙を送っても宛先不明で返ってきて、すっかり音信不通になってしまっているという。

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