ひとたび気づくと、なにやら違う光景が見えてくる……「意味がわかると怖い話」を紹介する連載です。
「笑うテディベア」
新婚のY美さんの夫には、大事にしているクマのぬいぐるみがあった。
一見、普通のテディベアだが、センサーとスピーカーが内蔵されていて、おなかを触ると笑い声をあげる、なかなか愛嬌のあるおもちゃだった。小学生のときの誕生日プレゼントで、何度か修理してもらっているそうで今でもちゃんと動く。新居ではリビングの棚に飾っていた。
ふたりが新婚旅行から帰って1週間ほど経ったある日、夫のT哉さんが出張で2日間、家を空けた夜のことだ。真夜中、Y美さんはけたたましい笑い声に目を覚ました。
キャハハハハハハハハハ
ぬいぐるみの声だ。何かの拍子にセンサーが誤作動したらしい。びっくりした……Y美さんは、その晩は特に気にも留めずに再び眠りについた。
だが次の夜も、Y美さんはぬいぐるみの笑い声に起こされた。2晩続くと、さすがに少し気味が悪い。声を止めるために、起き出して「それ」をしてからY美さんは床についた。
昼間になると怖い気持ちも薄れ、「出張に連れて行ってもらえなくて拗ねてるのかな」なんて思えるようになった。帰って来たT哉さんにぬいぐるみのことを話し、一度見てもらおうということになった。
そして夜。またY美さんは笑い声に目を覚ました。彼女はハッとしてリビングに向かった。
キャハハハハハハハハハハハハハ
「Y美が言ってた通りだね。ちゃんと直してもらわなきゃ」
起き出してきたT哉さんが言う。Y美さんは振り返り、震える声で「それ」を夫に告げた。
「この子……電池入ってないのに笑ってる」
前の晩、もう笑い声に起こされないようにとぬいぐるみの電池を抜いたのだ。
パニックを起こすY美さんをT哉さんが何とかなだめた翌朝のこと、近所に住むT哉さんの姉のM子さんから電話があった。
何事か話し込んでいるうちに、T哉さんが怒り出した。
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。もう切るからな」
M子さんは、T哉さん曰く「少々過保護なほど」弟を可愛がっていて、T哉さんもお姉ちゃん子だったので、彼女にそんなに語気を荒げるのを見たのは初めてだった。
T哉さんは電話を切って「何でもない」と言うと、メーカーに持って行くからとぬいぐるみを抱えて出ていってしまった。
夫の異様なさまにY美さんが唖然としていると、スマートフォンが鳴った。M子さんが、今度はY美さんの方にかけてきていた。
『家で何か変なことが起こってるでしょう?』
電話に出た途端、そう言われてY美さんは絶句した。
『知り合いの霊能者の先生から電話があってね、「弟さんの身に危険が迫ってる」って言われたの。家の中の動物のカタチをしたモノに、悪い霊が入り込んでるって……ほら、T哉が大事にしてるぬいぐるみがあったでしょ? あれのことじゃないかしら』
M子さんの声には、鬼気迫るものが感じられた。
『霊能者の先生が言うにはね、霊がモノの中にいるうちにお焚き上げした方が良いって。だからすぐ、ぬいぐるみをうちに送ってほしいの。さっきT哉にそう言ったら、「馬鹿なこと言うな」って怒られちゃったけど……私、ふたりが心配で』
M子さんに、ぬいぐるみはT哉さんが持って行ってしまったと伝えると、彼女は狼狽した様子で、何とか送ってくれるよう説得してほしいと念を押された。
言われるままに、Y美さんは何度かT哉さんに電話したが、電源を切っていてつながらなかった。「危険が迫っている」というM子さんの言葉を思い出し、事故にでも遭ってないかと気が気でなかった。
夕方、知らない番号から電話があった。電話口の相手は、玩具会社の修理センターの者だと名乗った。T哉さんが今日、ぬいぐるみを持ち込んできた件で話があるという。
『改造されたのはご本人様ではないのですね?』
男性は、ぬいぐるみの電源回路が一部延長され、予備電池につながっていて、メインの電池を抜いても稼働するようになっていたと説明した。
「でも一体誰が、なんでそんなことを?」
戸惑うY美さんに電話口の男性は、
『それなんですが、実は電池と一緒に……』
――ピンポーン。呼び鈴が鳴った。
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