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「ヅカロー」はハイローらしさと宝塚のプライドが交錯する良作である 宝塚初観劇のハイローファンが異文明をぶつけられ良さが“理解”ってしまった話(2/3 ページ)

ドラマ版ファンを熱くさせる前日譚。

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ドラマ版の要素の拾い方が丁寧!ありがとう宝塚歌劇の皆さん!

 このペースで芝居の内容を書いていると原稿が5万字になってしまうので適当に端折るが、「HiGH&LOW THE PREQUEL」のテーマは一言でいうと「なぜコブラはあんな喋り方になってしまったのか」である。思えば、MUGEN時代のコブラは普通に喋っていたし、楽しそうにみんなと一緒に机をバンバン叩いたりもしていた。しかし、山王連合会のリーダーになってからはやたらと寡黙、口を開いても低い声で最低限だけ喋る感じになってしまった。その変化の裏には、コブラと幼馴染のカナとの悲しい別れがあったのだ……というストーリーである。

 「THE PREQUEL」は、作品内のいたるところに「ハイローとは何か」という問題に真摯に向き合った形跡がある。「チームごとのファイトスタイルの違い」「悪役は金持ちでズルくて武器の使用に躊躇がない」「クライマックスは不良たちによる大人数のケンカ」「建築物の炎上」などなどハイローらしさは随所に盛り込まれており、原作ファンもニッコリである。

 一方で、ホワイトラスカルズの舞踏会に山王連合会メンバーが潜り込むときのきらびやかな衣装など、宝塚ならではの要素もきっちり盛り込んでいるあたりスキがない。特に「役者が歌を歌う」というミュージカルの要素はかなり独特で、「『HIGHER GROUND』を主要登場人物が出てきて歌い上げる」みたいなシーンを見てしまうと「ん??? コブラが歌っとるが?? なぜ???」みたいな気分になるところも。しかし、めちゃくちゃちゃんとした発声でギンギンに歌い上げられてしまっているので、「これはこういうもん」と思えば全然美味しく食べられるのだ。

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 また前述のように、ヅカローはドラマ版のさらに前の時期を描いた作品だ。そのため、作中の諸要素はドラマ版のそれをほぼそのまま引き継いでいる。山王連合会のメンバーが髪を切るのは床屋のピューマだし、背景にグレートチキン軒も描いてあるし、テッツの髪型がドレッドだし、カニ男も小竹のママも出てくるのだ。現在ハイローのメインラインでは鬼邪高とその周辺の高校との抗争劇が主題となっており、ドラマ版の設定や登場人物は顧みられることがずいぶん少なくなってしまった。しかし! この「HiGH&LOW THE PREQUEL」では! (過去の出来事としてではあるが)懐かしいキャラがバリバリ出てくるのである! なんせヅカローはハイローを生み出したHI-AXがガッチリ噛んでいる公式タイトルだ。ということは、公式サイドは、ドラマ版の諸要素を忘れたわけでも、無かったことにしたわけでもなかったのだ。

 これは本当によかったと思う。おれはあのドラマ版ハイローの荒削り感、全然整理できてないけどやりたいことだけはたくさんあって、それをとにかくたくさん詰め込みまくった混沌とした雰囲気が好きだ。あまりにも整理がついてなかったのでこれらの要素の大半は現在では姿を消しているし、たくさんハイローを作って映画を撮るのがうまくなってしまった現在では、あの未整理なパワーは再現不可能になっていると思う。そんな中、このドラマ版からの要素をきっちり引き継いでいるヅカローの丁寧さにはグッときた。

 それらの要素の中でも特によかったのが、苺美瑠狂である。同チームは男ばかり出てくるハイローでは珍しく、山王街を拠点とする女性ばかりのレディース暴走族としてドラマ版から登場している。が、ドラマでも特に実戦を戦うシーンはなく、「THE MOVIE」では一大抗争の裏でおにぎりを握って待っているだけ。その後は特に触れられることなくフェードアウトと、これまで非常に雑な扱いを受けていた。

 しかし、ヅカローではついに彼女らにスポットが当たり、中国系の暗器で武装した苦邪組七姉妹(そういう悪役が出てくるんです、今回は)に木刀で立ち向かうというド正面からのバトルを展開! 正直「大刀とかバルログのつけてる爪みたいな武器で武装した連中に対して、木刀を持った苺美瑠狂では分が悪いのでは……」とは思ったものの、SWORDの他チームに勝るとも劣らない活躍を見せた苺美瑠狂の勇姿には目頭が熱くなった。こういう活躍をしてほしかったんですよ、苺美瑠狂には……。

コブラはドラマ版以前に「永遠じゃねえ、無限だよ」に辿り着いていた

 さらにいえば、「永遠じゃねえ、無限だよ」という、初期ハイローを貫くテーマの扱い方も絶妙だった。ヅカローのストーリーは、単純に書けば「余命〇〇ヶ月」的な難病ものであり、コブラはヒロインであるカナとの悲しい別れを経験する。途中までは「なるほど、宝塚だからやっぱりロマンス要素がないとダメだし、カナが生き延びちゃうとその後のストーリーに影響するから、悲しいけど死んでもらうしかないな……」と思って見ていたのだが、芝居の最後の最後で、「大切な人とのロマンスと死」というエンタメにおけるベタなイベントが「永遠ではなく無限」というテーマに接続されたのである。

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 悲しいことながら、どんなに大切な人とも永遠に一緒にいることはできず、いつか必ず何らかの形で別れなくてはならない。これはもう、我々が生物である以上どうしようもない。しかし、それぞれの出会いや経験を糧に、無限に変化して前へと進むことはできる。だから「永遠」を願うのではなく、「無限」を目指そうではないか、というのが「永遠ではなく無限」というテーマの主旨だとおれは思う。しかし「THE MOVIE」までの琥珀さんは、盟友である龍也さんと自らのチームであるMUGENを失い、「永遠/非永遠」という観念に囚われた状態にあった。コブラたちにブン殴られるまで、琥珀さんには「永遠ではなく無限」というプログラムがちゃんとインストールされていなかったのである。

 一方、今回のヅカローによって、コブラもまたドラマ版以前に大切な人との別れを経験していたことが明らかになった。彼もまた闇堕ち寸前、琥珀さんと同じような危機に陥るところだったのだ。しかし、カナの献身と本人の気付きによってコブラはギリギリのところで踏みとどまり、「永遠ではなく無限」というテーマを無事インストールすることができた。つまり、ヅカローは「なぜコブラはあんな喋り方になってしまったのか」だけでなく、「『THE MOVIE』でコブラたちが琥珀さんに勝てたのは、『永遠ではなく無限』というハイローの大きなテーマを内在化していたから」ということを説明している作品なのである。カナと再開しておらずMUGEN時代のノリのままのコブラだったら、コンテナ街の戦いに敗北していた可能性が高い。カナはめちゃくちゃ重要人物だったのだ。ごめん、なんかポッと出の全然知らんキャラが出てきたなぁとか思っちゃって……。

 というわけで、ヅカローは本編のタイムラインを補完する作品として、最適のさじ加減で作られた作品だと思っている。これを見ていなくても本筋は追えるが、見ていると「なるほど」と思うところがいくつもある。丁寧に盛り込まれたハイローらしさと宝塚歌劇のプライドが交錯し、お互いの持ち味を引き立てあっている。確実に今まで見た中で最も品のいいハイローだったが、紛れもなくシリーズ内の作品としての要件を満たし、通底するテーマへも見事に接続してみせた。綱渡りのような手際で作られた、見事な作品と言っていいだろう。

 という感じでお芝居は終わったのだけど、この後にはさらなる衝撃が待ち受けていた。後半のショー、「Capricciosa!! ~心のままに~」である。

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