戦闘開始!
ホームズはジャブとばかりに、「ワトソン、知ってるんだぞ。君は僕のLOVEをシェアしているだろう!」と、突然切り出します。
このLOVEとは「日常生活からかけはなれた、奇妙なものが大好き」という意味のLOVEです。
ホームズ「僕は知っている、ワトソン。君が私と同じように奇妙で、毎日の退屈な繰り返しや慣習から外れたもの全てが好きなことを」
(I know, my dear Watson, that you share my love of all that is bizarre and outside the conventions and humdrum routine of everyday life.)
ここでいう「日常生活」には、ワトソンの「結婚生活」を暗示する意味もあります。実際、前作「ボヘミアの醜聞」事件で、ワトソンは慌ただしかった新婚生活が一段落したときにベーカー街の部屋の前を通りかかり、ホームズが事件に没頭している影を見て、そのまま上がり込んでいました。ワトソンが、開業医の平穏な毎日に飽き足らなくなったため、刺激を求めてホームズ宅にちょくちょく寄るようになったことは確かでしょう。さすがはホームズ、図星を突きます。
次にホームズは、「(君に事件を紹介してやるのはいいんだが)熱狂しすぎて、勝手に話を盛って書くからなあ」と、人格攻撃のようなキツいパンチを打ち込みます。もちろん裏読みは「だから、すぐ事件に参加させてやらなかったんだよ!」です。この鋭い攻撃をワトソンは「確かに君の事件は非常に興味深いものだね」とひらりとかわします。
ホームズ「やけに熱狂的に僕の事件を記録しようとするのは、自分の好みを宣伝しているようなものだ」
(You have shown your relish for it by the enthusiasm which has prompted you to chronicle)
ワトソン「確かに、君の事件はものすごく興味深いね」
(Your cases have indeed been of the greatest interest to me.)
ワトソンは「熱狂」(enthusiasm) を「興味」(interest) と言い換え、やんわりかわします。裏読みすると、「うぬぼれないでくれ。興味はあるけど、そんなに夢中になっちゃいないさ!」というわけです。
ホームズはパンチが効かなかったと見るや、得意技である遠回しのイヤミから、正面攻撃にチェンジします。「事実を超えるフィクションなどない! 言っただろう! 肝に銘じておけ!」
ホームズ「僕がこの前言ったことを、肝に銘じておくがいい。(…)日常生活というのはいつでも、どんな想像力の産物より衝撃的なのだ」
“You will remember that I remarked the other day,(…) which is always far more daring than any effort of the imagination.”
これは正面攻撃なので、厳密には裏読みには当たりませんが、“You will ...” という表現は、王様が召使いに使うような、ものすごく偉そうな口調です。
この「事実以外に余計なことを書くな!」という偉そうな批判に対して、ワトソンは「お言葉ですが、そのご意見には賛成しかねると申し上げたはずですが」と超低姿勢の言い方で、相手の勢いをユーモラスに流します。ホームズが「剛」ならワトソンは「柔」、見事な応酬です。
ワトソン「勝手ながら、そのご高説には、疑問を呈しておいたはずですが」
(A proposition which I took the liberty of doubting.)
いろいろな角度から攻撃してみたものの、ワトソンに有効打を与えられなかったホームズ。「小ざかしい奴め。いつか倒してやる。ネタはいくらでもあるんだからな」と捨てぜりふのあとに「そうそう、こちらの依頼人は……」と話題を変え、ここで導入部が終了となります。
いやー。手に汗握る攻防でしたね。「赤毛組合」はコナン・ドイルが全力で書いていた、ごく初期のホームズ作品です。冒頭の会話には1つ残らず意味が込められていて、裏読みしてこそ楽しめる仕掛けになっています。
読者へのキャラ紹介という側面
「赤毛組合」は、ストランド・マガジン(初出誌)に連載した、ホームズ・シリーズのまだ2作目でしかありません。この会話部分は、ホームズ世界の設定になじみの薄い読者を想定し、対照的なキャラクターをじっくり紹介する意味合いがあります。この会話で「ホームズ&ワトソン」という永遠の名コンビが、ストランド・マガジン読者の心に、くっきりと刻み込まれたのではないでしょうか。ぜひ、原作から「自分の裏読み」にチャレンジしてみてください。シャーロック・ホームズの面白さが何倍にもなりますよ。
(寺本あきら)
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