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このミス、本ミス、文春3冠! ミステリ界を揺るがした『屍人荘の殺人』をネタバレなしで解説する

何がそんなにすごいのか。

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 ミステリ界で事件が起こりました。今村昌弘さんの『屍人荘(しじんそう)の殺人』が、「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」「週刊文春ミステリーベスト10」という主要ミステリランキング3つで1位を獲得したのです。

 国内主要ミステリランキングで3冠を達成した作家は、東野圭吾さんと米澤穂信さん以来3人目。『屍人荘の殺人』の場合、この偉業を本作でデビューした新人作家が果たしたことが大きな話題になっています。デビュー作で3冠は史上初。

 『屍人荘の殺人』は一体何がすごいのか? どんなお話? 面白いポイントはどこ? 学生時代は推理小説研究会に所属していたミステリ好きの赤いシャムネコさんに、極力ネタバレなしで聞いてみました。

2017年12月10日追記:「国内主要ミステリランキングで3冠」について、東野圭吾さんに関する記述を追記しました。

「名探偵コナン」マニアでもある赤いシャムネコさん過去作


『屍人荘の殺人』はどんな話? 面白いポイントは?

――さまざまなミステリのランキングで、『屍人荘の殺人』が1位を獲得しています。どういう小説なのでしょうか。未読の方にも紹介できるように、極力ネタバレなしでお願いします。

 非常にオーソドックスな“クローズドサークル”ものです。「嵐の山荘」や「雪山の別荘」のような、なんらかの事情で外界と隔絶された状況下で事件が起こる小説ですね。

 本作は、大学ミステリ研(推理小説研究会)の2人が、ふとしたきっかけから映画研究会の夏合宿に参加するところから始まります。いかにも典型的な大学ミス研で、序盤から2人がウキウキとミステリトークをする。僕としては、「本当の大学ミス研はもっと気持ち悪い会話をしてるぞ」と思いましたが……。

 さて、美少女と一緒に楽しいひと夏を過ごすはずが、到着すると既に不穏な空気に包まれている。なにやらこの合宿はいわくつきらしい……という方向でおぜん立てが整えられています。「いったいどのようにして最初の事件が起こるのだろう?」と思っていると、最初の事件が起こる前にかなり意表を突かれる形で物語が劇的に動き出す。帯の惹句(じゃっく)にもあるように「たった一時間半で世界は一変」するんです。

 意外なシチュエーションで形成された「全員が生きるか死ぬかの極限状況」のクローズドサークル。その奇妙な状況で起きる連続殺人事件を解決するストーリーです。ミス研の2人や、探偵美少女・剣崎比留子のキャラ付けもいい。ミステリマニアからライトな読者層まで、幅広くオススメできる作品ですね。



――面白さはどこにありますか?

 ミステリとしてうまいなと思うのは、手掛かりが全部クリアに提示されていることですね。伏線は出てきた瞬間に分かるくらい、謎を解く手掛かりが明瞭に用意されていて、見落とすことはない。でも、組み合わせが分からないからパズルが成立している。

 よくないミステリは、ピースが多すぎる世界地図のパズルみたいなものなんです。何がピースなのか分からなかったり、完成させるまでの手数が込み入ったりしていて、早い段階で投げ出してしまう。

 一方よくできたミステリは、ピース数は少なくて一見するとすぐ完成しそうなのに、どうやって組み合わせても絵にならない。なのに一度完成すると非常にきれいな構図で、「どうして分からなかったんだろう。これだったら自分でも推理できたはず」と読者に思わせるというものになっています。

 本当によくできたミステリは真相が明かされた時に「読んだときには気付かなかったけど、あの印象的なシーンが伏線だったのか!」と雷に打たれたように記憶が浮かんでくるもので、『屍人荘の殺人』はその域にまで至ってはいないですが、ちゃんと解けるようにできています。

――小説家の宮内悠介さんは、伏線部分に付せんを貼って事件の謎を全て解いたと言っていました。きちんと読みこめば、真相に読者もたどり着けるということですね。

 そうですね。全ては分からずとも、1つ1つの殺人事件のトリックを見抜く人は多かったと思います。僕は全ては解けなかったんですが、8割くらいまでは解明できました。「読者にもちゃんと解けるミステリ」というのは実は書くのがかなり難しいので、そこにうまさを感じます。

 それから本書は、ページ数にしては登場人物が多い作品です。さまざまなアイデアを詰め込みつつ、16人の登場人物が出てきて、それぞれのキャラクターや関係性が描かれている。それなのに300ページちょっとで収まっているのは、デビュー作とは思えないほど手際が良い。本筋に関係ない部分や冗長な部分を大胆に省き、特殊設定や人間関係について「つい説明したくなってしまうところ」をぐっと抑えるという、小説の整理が抜群にうまいです。

――ミステリが苦手な人の「あるある」として、登場人物の名前が覚えられないということがあると思います。私はけっこう途中で忘れて「登場人物一覧」を見返したりするのですが、本作は途中で登場人物の名前を覚えやすくするシーンがあってすごくありがたく感じました。

 名前の整理ターンですね。あれは作り物感が目立つので賛否両論あると思いますが、ライト文芸的な読み口もあってうまいシーンでした。

――ではもう少し踏み込んで、ミステリ好きから見た面白さはどこにありますか?

 シンプルな特殊舞台を、最大限本格ミステリとエンタメに活用したことです。この「シンプル」が重要。これまでにも、細かな特殊ルールと舞台設定を組み合わせた特殊設定ミステリは数多く出ていて、少し前のものだと西澤保彦さんの『七回死んだ男』『人格転移の殺人』といった名作があります。

 ただ、さまざまな作品が生まれる中で、特殊設定ミステリはだんだん複雑になり、「トリックのためのミステリ」にも見えてしまうような傾向がありました。でも『屍人荘の殺人』は、読んでいて混乱することが一切ありません。



 読みやすい理由は、特殊設定ミステリにつきものである「ルールとの距離の取り方」が非常にうまい作品だからだと思います。ハウダニット(どうやってやったか)、フーダニット(誰がやったか)、ホワイダニット(なぜやったか)といったミステリにおける“謎”に、特殊ルールを絡めてはいるけれど、不思議なことに作者の「作品をコントロールしてやろう」という意図がそこまで透けていない。

 逆にミステリ好きの中では、そこに対して不満を抱く人もいるかもしれません。特殊設定ミステリでは、特殊状況を構築した上で、その設定内で最も極限的な状況で起こることが最大のトリックであるというケースが多い。積み重なったルールの一番の盲点を、鮮やかな方法で突くということですね。

 分かりやすい例で言うと、映画版「DEATH NOTE」で最後にLが取った行動や、「LIAR GAME」のクライマックスなどが挙げられるかな。ただ、極限状況を突き詰めれば突き詰めるほど人工的になっていって、「頭で考えた作り物だな」と思われてしまう。そこで冷める人もいるでしょう。

 『屍人荘の殺人』は、実はそこまで特殊ルールにこだわったひっくり返しを用意してはいないんです。設定はあくまで味付け。この条件下で、無理なく発生し得るような謎を描いている。その冷静さが面白いなと思います。


ランキング3冠のワケ

――主要なミステリランキングで3冠を獲得できたのはなぜでしょうか。

 大前提として、非常にレベルが高いミステリであると言えます。その上で、ミステリ好きが好感を持つ小説だと思います。フェアだし、物語を破壊するようなどんでん返しもないし、過剰さもあまりない。「魅力的な謎を論理的に解く」という、本来ミステリ読みが読みたいと思うような作品なんですよね。

 昨今のミステリはどんどん複雑化していて、何が謎か分からなかったり、凝りに凝った多重推理ものだったりと、王道からやや外れる作品が多かった。そこでこのストレートな犯人当てが、ミステリ好きの心をツカんだのではないでしょうか。

 さらにここからは個人的な感覚になるんですが、2017年は「この作品は圧倒的1位になるだろう」という空気が醸成されていなかったんですよね。

 例えば2013年の『64』や2006年の『容疑者Xの献身』は、「どう考えてもどこかのランキングでは圧倒的1位になるだろう」という盛り上がりや空気があった。ただ、今年は新本格30周年ということもあり、各社からいろんなミステリが出て、票が分散した。その中で「1位を何にするか非常に悩むから、新人の優れたデビュー作を推そう」という心理が働いた一面もあると思います。

――作者の今村さんは今回がデビュー作なんですよね。

 ミステリの新人賞である第27回「鮎川哲也賞」を受賞した作品です。今村さんはなかなか変わった経歴の持ち主で、中学〜大学はバレーボール部で、医学部を出て放射線技師になったあと、小説家を目指して会社を辞めて小説投稿に専念。ずっとミステリに投稿していたわけではなく、ライトノベルやショートショートの新人賞などに応募したこともあったとか。「この作者は次に何を読ませてくれるのだろう」という期待票もあったでしょう。

 新人賞がここまで話題になったのは、大げさかもしれないですが、2010年の梓埼優さんの『叫びと祈り』ぶりくらいではないでしょうか。ただ話題になり方がちょっと違って、『叫びと祈り』は「本当にすごいミステリが出てきた」。『屍人荘の殺人』は「面白いミステリが出てきた」。すごいよりも先に面白いが出てきている印象です。読んだ人が多いというのも、ランキング上位になった大きな要因の1つですね。


ミステリ好き以外も楽しめる?

――今回3冠でさらに話題になるかと思いますが、ミステリのコア読者以外にとっても面白い作品ですか?

 僕はどうしてもマニアな読み方をしてしまうので断言はできないのですが、面白く読めると思います。構造がみんなの親しんでいるミステリに近いんですよね。ミステリファン以外が知っているミステリって、おそらく『金田一少年の事件簿』や『名探偵コナン』。不可解な謎を起こした犯人を当てるフーダニットものです。

 実はそういうミステリが話題になることはそんなに多くない。「このミス」でここ数年1位を取った作品もフーダニットが主眼ではありません。『満願』はホワイダニットがメインだし、『ノックス・マシン』はミステリを題材にした実験小説。『64』は誘拐事件を中心に据えた組織小説。『ジェノサイド』は冒険小説ですね。

 振り返ってみると、ミステリランキングの長い歴史の中でも純粋なフーダニットものが1位をとったケースはあまりない。そこに来てこの『屍人荘の殺人』は、犯人当てのパズルもので1位を取った珍しい作品です。「ミステリ=金田一&コナン」と思う読者層にも届く可能性がある作品として、需要はあるけど、そういうミステリがなかったということかもしれない。

 そして大きなポイントは、人に勧めやすいということ。ミステリって面白さがネタバレになる可能性があるので、人にオススメしづらい。一般層にも広がるミステリというのはけっこう限られていて、『イニシエーション・ラブ』や『葉桜の季節に君を想うということ』のように、最後にどんでん返しがあることが売りになっている小説は「びっくりするから」と勧めやすいですよね。

 その観点からすると『屍人荘の殺人』は大トリックに頼らない正統派パズルなのでちょっと違うんですが、「3分の1ですごく変なことが起こる。物語が180度変わるんだ」と伝えることができる。

――「絶対に泣ける」「絶対に最後の1行でびっくりする」みたいに、「ここまで読めば何か面白いことが起こる」という保証がある作品、「損をしない」と思わせる作品は、読んでみる気になりますよね。ちなみに、本作は特殊設定(○○○)について、ネット上でもかなり伏せられています。出版社が出しているポップでも「ネタバレされる前に読んで!!」とある。ただ、個人的には、そこを伏せなくてもいいのでは? とちょっと思ってしまいます。

 僕も、本作は○○○を隠さなくても面白い話だと思います。もし「もうネタバレを聞いてしまったから読まなくていいや」と思う人がいたらもったいないし、この設定を知ったからこそ読みたくなる人もいるはず。

 でも今のところは、マーケティングとして大成功していますよね。本質的には「最後の1ページを誰にも話さないでください」と同じことをやっているけれど、それよりもセンスがある。隠すことによって、SNS上での“話したさ”を盛り上げているし、早く読みたいという引きにもなる。

 ただこれからもっとヒットしていくと、それを隠すがゆえにメディアミックスなどがやりにくくなるのではないかという心配はありますね。どこかのタイミングで明かすようになるのかな。


『屍人荘の殺人』から広がる読書

――『屍人荘の殺人』を読んで面白かった人が、次に読むと楽しいミステリを教えてください。

 本作の論理パズル部分が面白いと感じたのなら、ぜひ読んでほしいのが有栖川有栖さんの初期3部作『月光ゲーム』『孤島パズル』『双頭の悪魔』。青春小説だし、大学ミス研だし、2作目からは美少女も登場します。閉鎖空間の中で論理を紡いでいく作品の、日本が誇る傑作ですね。もしくはちょうど30周年だし、綾辻行人さんの『十角館の殺人』をはじめとする「館シリーズ」に突入するのも楽しい気がする。

 特殊状況もののパズルを楽しみたいなら米澤穂信さんの『折れた竜骨』。クローズドサークルではありませんが、「剣と魔法のファンタジー世界の中で、たった1人の犯人を論理によって導き出す」という内容。キャラクターも立っていて、厚さのわりに非常に読みやすいです。ライトノベルでは、久住四季さんの『トリックスターズ』も、特殊設定を生かした作品でオススメです。

 小説以外では、ミステリでは全然ないんですが、山小屋に旅行に出かけた若者たちが異形の恐怖に巻き込まれるホラー映画「キャビン」は、シチュエーションが似ていて好みに合いそう。マンガだと、やっぱり『金田一少年の事件簿』は外せないかな……。

――ありがとうございます。最後に、『屍人荘の殺人』へのアツい思いをお願いします。

 『屍人荘の殺人』には、ミステリのプリミティブな面白さがあります。そんな正統派の論理型犯人当て小説が、ミステリ好き以外にも広まりつつあるのがすごい。これまで一般層にも評価されてきたミステリは、驚きがある叙述トリック、イヤ〜な気持ちになるイヤミス、キャラクターの強さで引っ張るキャラミスがほとんど。

 その中で本作のような主眼が論理にある作品がこれだけ読まれるのは、新本格30周年の年として、ミステリ界にとってもいいことではないかと思います!

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