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手品の種明かしはどこまで許されるのか? Web時代の「ネタバレ」と守られない「アイデアの価値」(3/3 ページ)

古くて新しい、そしておそらくは「終わりのない」問題。

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 そもそも、手品人が種明かしをするのは、その行為自体がなんらかの「楽しみ」に通じるものであることが、前提としてなければ成立しません。例えば、簡単な手品を覚えてもらって、手品に親しんでもらうなどです。

 とはいえ、わたし自身が種明かしをする機会はほとんどありません。そもそも友人が少なくてそういう機会がないということもありますが、それ以上に、種明かしという行為自体への「いやなかんじ」がぬぐえないからです。

 つまり、「種明かしが許されるもの」にも、「他者が種明かしをしていても許されるもの」と、「自分が種明かしをしても許されるもの」がある、ということです。

 大変に面倒だと思われるでしょうが、それくらい、手品人にとって「種明かし」は大きな問題なのです。

古くて新しい問題

 実は、手品を演じる側では、この「種明かし問題」は時折、爆発的な騒ぎとなります。ずいぶん前になりますが、ゼロ年代の初めころに、ある手品の技法がテレビで暴露されました。そのあたりの経緯については、「マジェイアの魔法都市案内」さんで詳しく解説されています。

 手品をしていないと分かりづらいところもあるので簡単にまとめると、

  • テレビである技法が解説される(種明かしが行われた)
  • その技法は、手品人であれば(できるかどうかは別として)、多くのひとが知るものである
  • その技法は、種明かしをした人物たちが考えたものではなく、以前から存在するものである
  • 種明かしに対して、手品人側から批判の声が多くあがった

 ということです。

 インターネット勃興期のことで、Web上にあまり痕跡は残っていませんが、アンダーグラウンドな手品界隈ではかなり炎上しました(わたし自身は、あまりそこにタッチしていなかったのですが)。種明かしをしたひとたちには「前科」もありましたから、いまならば、Twitterなどで大炎上というレベルだったと思います。

 しかしその後、さらにいくつか「テレビでの種明かし」が続いたこともあり、この件はうやむやになってしまいました。

 さらに2006年ごろ、法廷をまきこんだこともありました。

 最近(2017年10月)も類似の事件がありましたが、日本円の硬貨を損傷した罪で、数人の手品関係者が逮捕されました。これは、硬貨に手を加えて手品用に改造した、という事件です。その事件が報道された際、あるテレビニュースで、この事件とは関係のない「変造された硬貨」が、その仕掛けとともに紹介されました。

 この直後に、あるプロマジシャンを代表とした複数人が、テレビ局に対して訴訟を起こします。内容としては、

  • 紹介されたコインは、事件と関係がなかったこと
  • 紹介されたコインは手品師にとって命ともいえる「秘密」であること
  • 手品師があたかも詐欺師であるかのように扱われたこと
  • これらによって、手品師が損害を被ったこと

 などをもとに、損害賠償を求めるものでした。この訴訟についてはゼロ年代の終わりに、事件報道の枠を逸脱するものではない、という判決がでています。

 訴訟を起こした方がどのようにお考えであったかは分かりませんが、個人的には、「マスメディアが行う種明かしへの抗議」であったかと理解しています。訴訟の勝ち負けとは別に、「われわれの大事なものを奪わないでくれ」という発信であったのではないか、と。

Webが日常化した時代の「種明かし問題」

 これまでの「種明かし問題」を整理してきました。これをさらにややこしくするのが、Web上での種明かしです。

 ゼロ年代の半ばくらいまでは、手品を始めようと思ったら、紙媒体やDVD等の映像資料で学ぶことが主流でした。これらは伝統的に、手品を始める入り口として機能してきたものです。

 なかには手品界隈の不文律、例えば「勝手に他人の手品を盗んで解説しない」といったものを破るものもありましたが、狭い世界でのことですから、そういったものは地下の奥深いところでこっそり流通するか、表に出てきても強い非難を受けて淘汰されてきました。

 いま、手品をしてみたいと思ったならば、ひょっとすると多くのひとはWeb上にある情報を探すのではないでしょうか。そして、そういった情報の大半は、上にみた不文律を完全に無視したものが多くを占めます。

 もちろん、こういったサイトのように、自分で考案したトリックを公開しているところもあります。しかし、YouTubeなどでは、自己顕示欲のためだけに、他人の考案したトリックや技法を公開しているものが多くみられます。また、なかには小銭稼ぎのために、他人の手品を公開しているサイトもあります。

 残念ながら、そういった海賊版種明かしを淘汰する方法は、ほとんどありません。

 そもそも、手品の種そのものには著作権がないため、法の保護をうけることができません。もちろん、文章化・映像化されたものは、文章・映像そのものについて著作権の保護を受けますが、アイデア自体はその対象になりません。また、特許をとって保護をうけるアイデアもありますが、その場合、秘密は開示されてしまいます。

 そのため、種明かし問題はあくまで、手品人同士のモラルの問題としてのみ存在します。ですから、手品人同士のコミュニティに属さないのであれば、そういったモラルを守る義務もありません。よって、なにかしらの欲望をみたすために種明かしが行われたとして、手品人がそれに対していかなる非難を行ったとしても、意味をもたないのです。残念ですが。

 ただ、種明かしがさほど目立ったものではない、興味がなければ目につかないものであるのは、幸か不幸か、手品という文化自体がマイナーだからでしょう。


 わたし自身が、原理主義的な「種明かし反対派」のため、種明かし問題については偏った見方で解説をしてきました。そのため、同じ手品人であっても、このような意見をもたない可能性は十分にあります。

 種明かしの是非をめぐる意識の背後には、手品という文化をマイナーなままにするのか、それともメジャーなものを目指すのかという意識の差があるように思われます。わたし自身は手品が生計に直結していないため、マイナーなままでもいいと考えています。それが、プロマジシャンであれば、また異なった見解に至るということも理解はします。

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