フランス南西部にあるアングレームで1月25日から28日まで開催された「第45回アングレーム国際漫画祭」。ヨーロッパ最大規模となる漫画の祭典で、『MASTERキートン』『20世紀少年』などで知られる浦沢直樹さんが登壇するイベントが連日開催されました。
27日に開催されたイベントでは、壇上に用意されていたギターでT.REXの「20th Century Boy」を熱唱し始めた浦沢さん。いきなりコンサートが始まったことに困惑する観客を前に2曲歌い上げてから、隅に設置されたデスクで『20世紀少年』の“トモダチ”を描き始め、右上にフランス語で「アングレーム、遊びましょう」と記すと、会場からは大きな拍手が沸き起こりました。
その後、自身の作品に大きな影響を与えたとされるボブ・ディランを挙げ「日本のアーティスト以外で最初に買ったレコードはボブ・ディランではない」と再び何かを描き始めた浦沢さん。髪形とサングラスで仏歌手のミッシェル・ポルナレフだとすぐに分かるイラストを描き上げると、今度は通訳に教わったというフランス語を織り交ぜながら彼の名曲「愛の伝説」を熱唱。歌いまくりのスタイルで会場の心をつかんでいきました。
また、ボブ・ディランの「Girl From The North Country」を演奏した際には、同氏のノーベル文学賞受賞について賛否両論あったことを紹介。「もともとこういう文学というものは口から伝承するものだったはず」で、プリントやレコーディング、インターネットといった新しい技術は登場したものの、「先ほど描いたような絵も今日この場限りの絵で、皆さんしか目撃しなかった。そういうものがもしかするとパフォーマーと見る者の正しい関係かもしれない」として、パフォーマンスしたものが相手に直接届くような場で物事を伝えることを自らも楽しんだようです。
一方、28日に行われたイベントは、司会者との一問一答形式で自身の創作スタイルについて語るとともに、来場者からの質問にも多数回答。漫画家・浦沢直樹という存在に迫るイベントとなりました。前日のイベントから引き続いて足を運んだファンの姿も多く見られました。
同イベントでは、最初に子ども時代や最初の漫画との出会いについて聞かれ、自分は“皮肉屋な子ども”だったとし、「4〜5歳のころに手塚先生の『ジャングル大帝』と『鉄腕アトム』に出会い、自然に模写をし、そこに『手塚治虫』とサインした」ことを明かし会場を笑いに包みました。
客員教授を務めた大学ではどんなことを教えていたのかを聞かれると、「(一般的な歴史ではなく)自身が体験した日本漫画の歴史」を講義の最初に教えることが大事であると話した浦沢さん。その歴史とは、自身が生まれる前年の1959年に創刊した『週刊少年マガジン』と『週刊少年サンデー』の登場によりいわば漫画の大量生産が始まり、漫画家のスケジュールも過密になっていった時代。そんな中で描き続けてきたからこそ、その歴史をまず伝え、「(漫画を描くことで)辛い思いをするのは君だけじゃない」というメッセージを若い世代へきちんと伝えようとする教育者の一面をのぞかせました。
さまざまな質問が投げかけられる中、浦沢さんが生み出すキャラクターやストーリーの作り方についての質問がとりわけ多く寄せられました。
浦沢さんの目に映るキャラクターというのは、「はじめは『分かってないな』と思うが、2、3冊目辺りで急に『いい演技だな』と思う。その後は1人歩きしてくれる」と、監督と俳優の関係に例えて説明。その文脈で、「最初は新人俳優なので『(後から見直して)さすがにこの演技は変えなければ』というときは描き直す。描き直したコミックスが発売されるとTwitterで『何の権限があってこんなに描き直すんだ』という声があがります」と、コミックスの最初の方の巻での修正とその反響について話す場面もありました。
なお、今回のアングレーム国際漫画祭でも浦沢作品の原板展示がありましたが、作品のどの部分を展示で見せるかについては、中盤にキャラクターの良さが出てくると考える浦沢さんと、ネタバレなどを防ぐ意図も含め序盤にとどめるべきと考える主催者側との間で議論を交したことを明かしています。
また、「聞き分けのいいキャラクターはストーリーをつまらなくする」とし、キャラクターが一斉に勝手な行動をとることが自身の作品が長編になりがちな理由だと説明。さらに欧州圏の人だからこそ持つ疑問として、『MONSTER』など西洋を舞台にしたストーリーでも西洋のバックグラウンドを持たない主人公を描く理由を聞かれ、「日本人読者が感情移入しやすい」ことと「自分が日本人だから主人公の気持ちがよく分かる」からと回答していました。
来場者から“最もお気に入りの作品”について聞かれると「最新作の『夢印 -MUJIRUSHI-』。いつでも最新作が好きでありたいし次の作品が最高傑作」を挙げた浦沢さん。同作はフランス国内外の漫画家たちが「ルーヴル美術館」をテーマに漫画を描く「ルーヴル美術館BDプロジェクト」作品の1つである同作を生み出すに当たっては赤塚不二夫さんの『おそ松くん』に登場するイヤミにインスピレーションを受けたと話し、「日本ではイヤミといえばフランスというくらい。ものすごくフランスに詳しい男」などと紹介しています。
漫画を描き進めていくことをしばしば「旅」と言い表し、「その旅で僕も成長する」「いろんなことが起こり、旅は思いも寄らないことになる」とコメントした浦沢さん。「年末には『夢印 -MUJIRUSHI-』を(フランスの)皆さんに読んでいただけると思います」と発表すると、会場からは喜びの拍手が沸き起こりました。
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