石原さとみさん主演の金曜ドラマ「アンナチュラル」(TBS)が話題になっています。法医解剖医という“死因究明のプロ”たちが謎多き死に立ち向かう――という1話完結型のストーリー。「逃げるは恥だが役に立つ」で知られる脚本家・野木亜紀子さんの初のオリジナル作品です。
ドラマ好きから高い支持を得ている「アンナチュラル」ですが、ミステリファンの間でも人気が高まっており、Web上でミステリ作家どうしが「アンナチュラル見た?」と会話を交わすほど。ドラマとしての完成度だけではなく、ミステリとしての面白さも折り紙付きです。
では、本作のどんなポイントが「ミステリとして」面白いのか? 「アンナチュラルは2018年を代表する大傑作」と断言するミステリ好きの赤いシャムネコさんに、魅力をとことん(極力ネタバレなしで!)語ってもらいました。
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1話「名前のない毒」
1話を見て「このドラマは傑作だ」と確信しました。
1話完結ものかつミステリ要素のあるシリーズの最初のエピソードというのは、「このシリーズはどういう話なのか」を示すイントロダクションであり、最も標準になるような話が選ばれるのが通例です。
例えばマンガ「金田一少年の事件簿」では「オペラ座館殺人事件」が最初の事件。猟奇的な連続殺人事件が発生し、主人公がトリックを解き明かし、犯人を突き止める――というパターンを示しています。ドラマ「TRICK」では「母之泉」で、一見すると超常現象にしか見えない事件の裏には仕掛けがあり、科学者と手品師が解くという構図。「これからのシリーズ、こういう話が続いていきますよ」というテンプレートを視聴者に示すのが1話です。
では、「アンナチュラル」はどのような1話だったのか。サブタイトルが「名前のない毒」で、不可解な死体がある。最初に提示される謎は「どのような毒が使われたのか?」です。しかも途中で死因が同じと見られる遺体がもう1体出てきて、連続殺人の可能性が出てきます。宮部みゆき先生の「名もなき毒」のことを思い浮かべたミステリ好きもいたことでしょう。ここまでで視聴者は「毒を鑑定していき、最終的に毒殺者を探す話なのかな?」と思わされたはずです。
ところがこのエピソードでは、毒殺はミスリードにすぎません。中盤に本当の死因が明かされ、視聴者は「これは毒の名前を解き明かす話じゃないんだ!」とひっくり返される。最初の謎に対する解答どころか、構造そのものが変質するんです。そして主人公のミコトたちが目指すゴールが、前半の「毒殺事件の謎を解く」から「人命を救う」ということに切り替わります。ここにきて僕は「すさまじいことをするな」と気絶しそうになりました。通常のミステリではここまで大胆に問いが変わることはありません。
さらにもう一段視聴者を驚かせる仕掛けがあるのがあまりにも技巧的。もう1回ひっくり返さなくても、お話としては十分に成立したはずです。ただその真相では、被害者の周囲の人々があまりにもやりきれない。視聴者もモヤモヤした思いを抱えたはずです。最後のひっくり返しがあることで、割り切れなさを解消するようになっています。
先ほど「1話はシリーズのテンプレートを示す」とお話しました。僕はリアルタイムで見ている間、「最初からずいぶん変化球で来たな」と思いました。でも変化球というのが間違いで、「アンナチュラルとは、法医学という手法を使って、割り切れない思いを救っていく話である」というのが示されている1話だったんです。
ミステリは「起きた事件の謎を解く」ということに焦点が当たりがちで、解いて終わりでも読者は満足できてしまいます。ですが「アンナチュラル」の主軸は、「謎を解かれること」そのものではなく、「謎を解くことで誰かの未来を救う」という、未来志向のもの。死者の物語でありながら、実は生き残っているものたちの物語である――ということを明示している、素晴らしい1話でした。
キャラクター配置の魅力も触れておきます。ミコトを演じる石原さとみはかわいいに決まっていますし、中堂さんもカッコいい。「アンナチュラル」の探偵役はこの2人ですが、主導権は固定されていません。六郎と東海林は視聴者にとっての「翻訳者」として配置されていますが、彼らも彼らでバカではない。あまりにも頭の悪い推理がないので、フラストレーションが生まれません。そして1話ラストのミコトと中堂さんの会話「2人の解剖件数を合わせれば無敵」「敵はなんだ」「不条理な死」――これによって、物語全体の敵と、2人の探偵が共闘する話であることも示唆されました。2018年はこの1話に出会えただけでもう満足です。
編集担当からのどうしても言いたい一言
生者のために死者の謎を解くお話が好きな人には、未解決事件の謎を再検証する米国のテレビドラマ「コールドケース」などもおすすめです。「コールドケース」は真犯人が逮捕されたタイミングで被害者が死んだ時代のヒットソングが流れるという構図になっており、めちゃくちゃ泣きます。さらにそのヒットソングを使っていることで(著作権の問題で)ソフト化が難しくなっているため、二重に泣かされます。
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