漫画『刃牙』シリーズの主人公・範馬刃牙(はんま・ばき)は、自然に敬意を払いながら強さを求める格闘家である。
その敬意はゴキブリに対しても向く。彼はゴキブリの動きから、瞬時に時速270キロに達する走行技術「ゴキブリダッシュ」を生み出した。彼いわく「ゴキブリは唯一無二の、最高速度でスタートできる稀有な存在」で「人間のサイズに直すと新幹線並みの速さ」であるという。
確かに、時速0キロから一気にトップスピードに至る、というのは人間には到底できない所業。刃牙がゴキブリを師匠と呼ぶのもうなずける。
……いや、うなずけるか? というかこの話、マジ? ゴキブリ師匠が本当に自然界最強の“初速”を持っているのか調べてみた。
裏街道新幹線ごきぶり
ゴキブリの脚の速さは誰もが知る通りだと思う。調べてみると、体長約40ミリのワモンゴキブリは、1秒間で体長の約50倍の距離を走れるという。100メートル走の世界記録(9秒58)を持つウサイン・ボルトは身長196センチだから、1秒で走れる距離は身長の5.3倍。単純な計算だが、やはりゴキブリはめちゃくちゃ速いといえそうだ。
さて、人間サイズのゴキブリの速さはどのくらいなのか計算してみよう。ワモンゴキブリの体長が160センチになった場合、体長の50倍は80mだ。秒速80mは時速288キロなので、確かに新幹線の最高速度並みとなる(東海道新幹線のN700系の営業最高速度は、時速285キロ)。
このゴキブリの速さの秘密を、刃牙は「中身が筋肉でなく、液体であること」と分析し、肉体を液体にするイメージでゴキブリダッシュを実現した。
正直何を言っているのかよく分からないが、実際のところ、ゴキブリがこんなに速く走れるのはなぜなのか。
その理由はゴキブリの脚の構造にあるという。6本ある脚のうち、常に3本の脚が地面につくように走るため、身体が非常に安定するのだ。一方で羽は退化していて飛行能力は低く、まさに地上を移動することに特化した進化をたどってきたといえる。
さらに、その反応速度も逃げ足を加速させている。ゴキブリの神経回路は効率的に張り巡らされており、外敵を察知してから即座に行動に移すことができるという。「逃げなきゃ!」と思った瞬間に動き出し、1秒後には自分の身体50個分の距離を移動している……。どうりで捕まえられないわけである。
上には上がいる
単純な速度でいえば、ゴキブリ師匠は「最強」とはいえない。トンボは10センチに満たない身体で時速5〜60キロで飛ぶというし、ハヤブサは時速350キロという猛スピードで敵を襲う。
トップスピードではこれらに負けてしまうが、ゴキブリのすさまじさはやはり「地上で」「いきなり最高速度で」走り出せるところだ。「初速が地上最高」という部分はウソにはならないであろう。
ゴキブリの初速の速さは、脚の構造と神経回路の発達によるものだった。ということは、身体の構造が違う人間にはまねできないのではないか。
わざわざ調べなくても頭に浮かびそうな疑問だが、そんなことはお構いなしとばかりに独自研究を行い、液体の発想でゴキブリのスピードを自分のモノにした刃牙はすごい。その鍛錬のもようを本気で描いた作者・板垣先生もすごい。
(C)板垣恵介(週刊少年チャンピオン)
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