突然の雨。夕立やゲリラ豪雨と呼ばれる急なお天気の変わりぶりに、「さっきまで晴れてたよね?」ときつねにつままれたような顔になってしまうこの夏。きつねとたぬきと言えば、昔話や民話のなかで、化かし化かされの変化を見せてくれる動物。
今回の同人誌は、ある夜、暗い森から街へとやってくることから始まります。高尾山からやってきたのはきつねとたぬき。目的は許嫁(いいなづけ)に会うために……。
今回紹介する同人誌
『きつねとたぬきといいなずけ vol.1』A5 32ページ 表紙カラー・本文モノクロ
『きつねとたぬきといいなずけ vol.2』A5 44ページ 表紙カラー・本文モノクロ
作者:トキワセイイチ
ほんわか不思議なファンタジー? 意外とかっとばしてきますよ、気を付けて!
繊細な木々の背景から、飛び出してきたのは丸っこい形のきつねとたぬき。このご本は、この2匹と、許嫁とされる人間のたなかさんの周囲の動物や人々が描かれたマンガです。
人と会話できるきつねとたぬきに、そこそこびっくりしたものの、わりと柔軟にものごとを受け止めるたなかさん。いきなりきつねとたぬきが自分の許嫁だなんて信じられませんが、自由奔放なきつねたぬきとかかわり合いながら、少しずつ交流を深め……。
登場するキャラクターたちのやりとりはテンポよく、かわいらしく。それなのにそれぞれのこだわりの行動が「どこからツッコむ!?」と思わせるような、コメディータッチ。ここまで読むと、かわいらしいファンタジックなお話のように思われるのではないでしょうか。いえ、もちろんファンタジックでかわいいんです。しかし、そこここに隠しきれない「陰」が顔をのぞかせるのです。
キャラのかわいさと、ストーリーの不思議なリズムが重なる
例えば私の推しキャラは、きつねとたぬきの通う学校でかつて先生をしていた「カラテン」さんです。ネットゲームに取り組むために先生の職を辞し、生徒からの質問には取りあえずネットで検索して回答。現在はニート(カラテンさんの説明によるとニートとは「強い精神力で改革を行わんと日々鍛錬する強者のこと」)のカラテンさん。ほんわかファンタジーの学校の先生にしては、なかなかの肝の座った感じでいらっしゃいますよね!?
眼ざしが知的なカラテンさんは、実は世界の不思議を探っているようで、動物たちが住む集落の洞穴の奥から響く「ウォォォォ」という声に目をすがめるのです。えっ、なに? その洞窟の奥に誰がいるんですか? と、読みながら一抹の不安がよぎります。さっぱりと描かれた、生き生きと日々を送るキャラたちはとてもかわいいんです。けれど、そこには時折世界のひずみのような陰がちょっとだけ顔を出すんです。
作中では動物と人の不思議なふれあいだけでなく、人と人との気持ちも織り込まれ、そのやりとりは生きていく上で、見過ごすような心のささくれをそっと触るように描かれます。そして、何より不思議なしゃべる動物たちの不思議、きつねもたぬきもてんぐもみんな一緒に暮らしを営む奇妙な集落……。ファンタジーだから、という一言でくくれない、ほんわか世界の奥をのぞかせるように、人の世界と動物の世界が交互に語られ、物語が織られていきます。
夜は闇ではない。細やかな世界観に、この先の謎が謎を呼ぶ……?
誌面を拝見していると、ご本の中にめったに「黒」が出てこないことに気付きました。夜の場面、ほら穴の奥……それは、透ける紗の紙を何枚も何枚も重ねたような線で塗りつぶされ、完全な黒ではありません。夜の闇も月明かりには薄淡くなるでしょう、そんな自然に溶け込むような描写も魅力です。
描かれる世界の不思議な謎は、決して物語のかわいさ、おかしさ、穏やかさを損ないません。ちょっとだけ「妙」なんです。こわい、おそろしい、ではなく、ちょっぴり妙な物語。そして、なんて言ったって、きつねもたぬきもかわいくって、いとおしい!
かわいくて、不思議な交わりを描いたシリーズは現在2冊目。物語の多くをTwitterなどでも公開されていています。ご本のあとがきによると、「完結するまで描きます」とのこと。楽しみです!
今週のシャッツキステ
著者紹介
司書メイド ミソノ:秋葉原カルチャーカフェ「シャッツキステ」でメイドとしてお給仕する傍ら、とある大きな図書館で司書としても働く“司書メイド”。その一方で、こよなく同人誌を愛し、シャッツキステでも「はじめての同人誌づくり」「こだわりの特殊装丁」の展示イベントを開く。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えた辺りで数えるのをやめました」と語る
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