癒やされたい。肯定されたい。「世話やきキツネの仙狐さん」(原作/アニメ)は、ブラック企業に勤める男性が、神使の狐に何もかも全て癒やされていく、人間全肯定アニメ。優しい空間が覆いかぶさってくる、ある意味現代日本を象徴するような作品です。
お料理をする喜び
普段は和食をメインに作っている仙狐さん。これに対して、お世話を受けているサラリーマンの中野は何一つ文句の付け所なし。ただ、たまたまTVで彼が見ていたグラタンを知り、仙狐さんは作ってみたいと考えるように。
普段は甘えん坊のシロもこれには興味をもってお手伝い。というか邪魔しかしてないけど。
隣に住む高円寺に教えてもらい、仙狐さんグラタンを焼き上げます。初めて見る食材と機械で、ホクホクの見たこともない料理が完成です。
とても楽しそうな三人の様子が幸せいっぱいな回です。にしても、なぜわいわい料理を作るのは楽しいのだろう?
今回の仙狐さんを見ると、その理由がふたつあるのがわかります。
まずは、みんなでおいしいものを作る行為がコミュニケーションのひとつだから。高円寺に知らないことを優しく教えてもらい、わがまま放題で引っかき回すシロを止め、たくさん会話を重ねていく。みんなの目的はひとつ、おいしいものを作りたい。
仙狐さん「今日は色々と勉強になったし みんなと料理ができて楽しかったのじゃ また一緒に料理してくれるかの?」
必要な知識を得るだけなら、教えてもらうだけでいい。一緒に料理をして、あれこれ話し合い、目的に向かっておしゃべりをする。シロの邪魔すらもちょっとしたイベントみたいで面白い。会話をしながらものを作ることそのものが、仙狐さんの幸せだったようです。
もうひとつの料理が楽しい理由は、食べる人が喜んでくれるから。
今回のグラタンは、仙狐さん自身の興味というよりは、中野が食べたいのだろうなという空気を読んだゆえの行動でした。
ここは信頼関係ありきな部分。仙狐さんの料理を普段から中野は喜んで食べています。だからこそ、もっと喜ばせたい。
中野にしてみれば、言ってもいない「グラタン食べたい」欲を仙狐さんが見抜いてくれたのもうれしいし、普段和食メインの仙狐さんが洋食を作ってくれたのもうれしい。そして仙狐さんならではの隠し味で凝った調理をしてくれているのもうれしい。
中野「洋食でもしっかり仙狐さんの味って感じがします」
しれっとした顔で最高の褒め言葉を言いますね中野は! こんな喜び方をして笑顔になってくれたら、自身の胸に幸せが湧き上がるというもの。与える喜びで、仙狐さんも幸せになります。
2人の関係が良好なのは、中野がちゃんと感謝するし、うれしいことを言葉にするからなんでしょう。ただお世話を受けているわけじゃあないですよ。
洗髪の幸せ
髪を切りに行く余裕がない、というのは社会人あるある。終電で帰ってくる中野なので、なおのことです。そこで仙狐さんひらめきました「わらわが髪を切ってやろう!」。
えっ怖い。……でも子供の頃、お母さんに髪の毛を切ってもらったことがある人、そこそこいると思うのです。
仙狐さんは「母モード」と「妻モード」の両方を兼ね備えた存在。今回は完全に母モードです。
家庭内で、親子に近い信頼関係で委ねられる行為トップ2が「耳かき」「散髪」だと思います。どっちも間違えると大惨事になるけれども、そこは信じて任せる。双方の関係性が問われる行動です。
今回中野は、さすがに最初はたじろぎました。失敗したらその髪形で出社しなければいけないですし。けれども最終的に、彼は仙狐さんを信じ、任せました。
中野「不思議と心が安らいでゆく」。おそらく、信頼できる相手に寄りかかっても良い瞬間だと感じたからだと思います。無防備をさらすのは、気持ちがいいものです。
髪の毛に触れたり頭をなでたりするのは、科学的にも気持ちが良いらしいのですが、まあそれはともかく。大人になるとまず床屋や専門的なお店以外でやらない「洗髪」。仙狐さんは小さくて柔らかい手で、頭をもみほぐしてくれます。
これは超絶無防備。なされるがまま。言えるのはかゆいところを指示する程度。
仙狐さんは床屋経験はないようですが、人が心地よくなるツボは大体おさえているようです。洗髪がそれにあたるかどうかは見よう見まねらしいのですが、中野が安心できる環境づくりは完璧。
特に中野はもふもふしっぽ大好き人間。洗髪中にしっぽで彼の顔を抑え込んでいるというのも、幸せ天国なはず。動物のグルーミングの快楽に近いのかも。
時々中野に洗髪してあげて、仙狐さん。彼にはだいぶ効いているみたいだから。と言っても洗髪は髪の毛切るときくらいしかしないですね……お風呂一緒に入っててもやらないだろうし。
この作品、一般成人男性がかかえるストレスの原因を描くのが本当にうまい。仙狐さんが今の社会を知らないからこそ、さらっと正論を言ってくれる。ブレザーを着る、という当たり前とされている行為に一言。「猛暑の中この背広は自殺行為ではないかの?」。ほんとだよね! 当然だと思い込んでいたけど誰が決めたんだこの常識!?
全肯定超絶甘やかし作品ではありますが、こういうまっとうな意見を見ると、変に「常識」にとらわれず、もっと自分に甘くていいような気がしてなりません。発見の多い作品です。
(たまごまご)
<前回までのお話>
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