雨の景色、山の呼吸。南海電鉄「天空」の思い出:月刊乗り鉄話題(2020年6月版)(2/3 ページ)
50歳の電車が晴れ舞台でがんばります。そして「雨天こそ旅のリアル」です。
「天空」最初の停車駅は「学文路」 読みは……「かむろ」
さて今回は、今から時を少しさかのぼり、2018年6月の天空をご紹介します。
まさに梅雨時。明るい曇り空。難波駅から急行電車に乗って約50分。橋本駅に着きました。ここで観光列車「天空」に乗り換えます。プラットホームでは出発を待つお客さんが並んでいます。4両編成のうち高野山側の2両が天空で、指定席。橋下寄りの2両が通常車両の自由席です。
天空はとても人気があるので、電話予約で指定席を確保しました。今のところWeb予約は対応していません(2020年現在)。空席があれば当日売りの指定席を販売します。しかし空席がなく、予約もない場合は自由席になってしまいます。予約は大切です。
天空の予約では、号車と座席番号の指定はできません。これが面白いところです。「どの席でも景色を楽しめますから問題ない」ということでしょう。当日、ほかの乗客を見渡すと、カップルは2人用座席、3人グループは横並び席、4人グループは向かい合わせ席、お子様連れは個室風の座席がちゃんと割り当てられていました。見事な采配です。そういえば、ホテルを予約するときも号室を指定しないことが多いですよね。電話で相手の息づかいを感じて割り当てているとしたらすごいことです。
橋本駅を発車すると、天空は右へカーブし、赤い鉄橋で紀ノ川を渡ります。そのままほぼUターンするように対岸へ。最初の停車駅は「学文路」です。「かむろ」と読みます。南海電鉄の資料によると、もともと学文路という地名は「香室」だったそうです。梅の木が多く、春先に香ったから。その梅の縁でしょうか、学問の神様、菅原道真公を祀った学文路天満宮があります。
学文路駅は学問の道に通じるという縁起で、受験シーズンは5枚セットの「ご(5)入学 入場券」がお守りとして売れています。学文路天満宮のご祈祷を受けているので心強いですね。販売期間は毎年11月頃〜3月頃まで。ただし学文路駅は無人駅なので、南海電鉄の有人駅で購入可能です。
紀ノ川から離れて、線路はくねりつつ、標高が上がっていく様子を実感します。九度山駅からは支流の丹生川に沿って走ります。今度は木々に覆われた谷底を這うように進みます。景色のよい鉄橋では徐行して、じっくり風景を見せてくれます。
雨の深緑、木々から立ち上る水蒸気 「雨」こそが旅のリアル
長いトンネルを抜けると、さらに支流の不動谷川に沿います。「こうや花鉄道」はこの川のある側に谷の景色が開けています。従って、天空の座席のほとんどは谷を向いています。
トンネルを出たところが高野下駅。民家が密集しています。かつては高野山参道の宿場でした。高野線が当駅を終点にしていたときは高野山への拠点にもなっていたようです。
ここから極楽橋駅へ向かって、トンネルと急勾配が続きます。集落も川面も下のほうに去ってしまい、車窓の正面は谷の向こうの山々が連なります。雨の谷の景色は新緑が落ち着いて深い緑色に変わり、木々から白い水蒸気が立ち上ります。まるで山が呼吸しているような風景です。どんどん白く煙っていく景色。橋本駅から極楽橋駅までの標高差は443メートル。そこは確かに天空の世界でした。
極楽橋からケーブルカーに乗り換えると、わずか800メートルの距離で標高は328メートルも上昇します。こんな雨の日は雲の中を進むようです。高野山駅からバスに乗れば、弘法大師が拓いた宗教都市、高野山に到着します。まさに天空の街。雨天と雲を通り抜けたせいでしょうか、世俗とは切り離された神聖な空間に迷い込んだ気分でした。
旅において、晴天が最上とは限りません。快晴の景色は確かに美しい。しかしそれは、ポスターやカレンダー、映像メディアの採用率が高く、誰でも疑似体験できる景色です。それに比べると、雨天の景色はあまりメディアに載りません。だからせっかく旅に来たのに雨でガッカリしないでください。私は「雨天こそ旅のリアル」だと思います。
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