ロックバンド漫画の新たな金字塔『シオリエクスペリエンス』の“圧倒的”音楽表現はどのようにして生み出されたのか:【長田悠幸×町田一八インタビュー】(2/2 ページ)
原作者の町田一八さんと、作画の長田悠幸さんの2人に制作の裏側を聞きました。
ケーブルの音楽表現が生まれなかったら、紫織たちは負けるかもしれなかった
―― 自分たちでお気に入りの音楽表現をあげるならどこでしょう。
町田:僕が一番気に入っているのは、実はド派手な表現じゃなくて。3巻でボーカルの目黒が軽音部の練習場所である倉庫に入ってきて歌い出すシーンです。自分のネームでは、屋根が吹っ飛ぶとか過剰な表現していたんですが、長田さんはあえて抑えた演出に仕上げてきたんですよね。
長田:全体の流れからして、ここは部室に静かに入ってしっとり歌いはじめて、演奏に熱中していた紫織たちがハッと気付く方がいいなと思ったんです。
町田:完成原稿を見たときは震えましたね。よく見たら空気が動いてるんです、ちょっとスカートが揺れていたりとか。長田さんは空気の魔術師だな、と思いました。音って空気の振動で生まれているじゃないですか。だから長田さんは音楽表現が合うんだなと。
あとは爆発みたいなファンタジー要素を封印しても勝負できるんだな、本当にすげえなこの人って。
長田:あとは僕がネームを見せたとき、町田くんも担当も驚いて笑い転げたのが12巻。ブラックバスのライブで、ステージの後ろからバスが突き破ってくるシーンですね。
町田:その直前にブラックバスの苦しい10年間を回想する回があって、うまくいかないバンドの状況をバスで表現していたんです。で、僕のネームでもライブでバスは出てくるんですが、イメージ映像としてみんなでバスに乗り込んで空に消えていく、ドリーミングな演出でした。まさか長田さんが、舞台上に本物のバスを出してくるとは思わなかった。
長田:それまでの演出は風とか雨とか自然現象が多かったんですけど、ここでは回想シーンに出てきたバスをそのままステージにリンクさせてしまおうと。このままだと自然現象ばっかりになっちゃいそうだったのが、身の回りのアイテムを使っても感動的な演出はできるんだってことに気付いて、幅が広がった回でもあります。
町田:「このバスにみんな乗ってけ!」っていうセリフも長田さんが考えたんですが、最高だなって。すごく好きですね。
―― そして13巻、そのブラックバスのライブを受けてシオリエクスペリエンス(紫織たちのバンド名)が演奏したときの衝撃シーンです。
―― そもそもこの巻は1話に1曲使って、たった4曲で終わっちゃうんですよね。メンバーのセリフもMCもなく、体感だと『SLAM DUNK』でいう山王戦みたいでした。
町田:いやでも実際、山王戦を意識しながら描きましたよ。ケーブルが飛び出すのは僕が考えたんですけど、最初は7本しかなかったかな。ライブが盛り上がってきた中盤で、メンバーから1人1本ずつケーブルが飛び出して、天井を突き抜けて会場に戻ってきて、観客の間を縫うように走った後に、ブラックバスのメンバーに刺さる表現だったんです。
そしたら長田さんが「ケーブルは冒頭から出していいんじゃない」「なんなら何百本も出て観客全員に刺しちゃっていいんじゃない」って、自分の首を絞めるようなことをさらって言うからびっくりしちゃって(笑)。
長田:まだ物足りないっすよ、もっと描いときゃよかったなって今になって思います。この回は話の流れとして、シオリエクスペリエンスとブラックバス、演奏がすごかったほうがバンドコンテストに勝つっていう話だったんですけど、実はどっちが勝つか決めていなかったんです。
町田:例によって話の続きを打ち合わせしてないんで。セオリー通りに行くなら主人公の紫織たちが勝つべきところなんですけれども、ブラックバスの10年分の重み、そのうっぷんを晴らすかのようなライブ演出を描いた後に、あまりにすごすぎて「これ、勝てるの?」と。超えるようなライブを紫織たちで描けなかったら、負けようと思ってました。
―― 現在進行形で作者もガチンコ勝負してるわけなんですね。
長田:本当のガチなんですよ。「さあどう描く」「負けるかもしれない」と1曲目、2曲目を描いていって。4曲目で例のケーブルの表現が生まれるまでは、勝てるかどうか分からなかった。
町田:3曲目まではまだ分からなかったですね。あの表現が出たとき、紫織たちは勝ったな、読者たちも納得してくるだろうと思った。
音楽表現の源は大喜利? 影響を受けた作品
―― 話を聞いていると、町田さんから託されたネームを長田さんがさらに高みへ打ち返して、いろんな表現が生まれていたわけですね。
長田:来たものを絶対に超えてやろう、という意識で毎回やっています。どんどんインフレが起こっていますけれども(笑)。
町田:作画さんってネームのまま描いてるだけでも十分なお仕事なんですけれども、それを超えた演出にしてくれるのは本当にうれしいです。名ゼリフもけっこう長田さんが生み出してるんです。何をいじってもいいっていう状態は、すごくやりやすいんじゃないでしょうか。
長田:本当に自由度が高いんです。
―― 音楽の演出はパッと思い付いてるような感じで話していますが、普段どういったときに浮かぶんですか?
長田:編集部の会議室で町田くんから受け取ったネームを見ながら、その場で考えるんですよね。
町田:いや、もう速いんですよ。これは長田さんが趣味にしている大喜利の発想力だと思います。漫画表現の大喜利ですよ。いいネームだったときはぼんやり宙を見つめて「ここはああしよう」って考えはじめていて、僕らが声をかけても「ああもう聞いていないわ」「あとは任せましょう」となる。
長田:お題からちょっと斜め上の答えを考えるのが好きなんですよね。
―― 『キッドアイラック!』に登場する大喜利も全て長田さんが考えていたそうですが、見事に本作にも生かされているんですね。他にも影響を受けた作品などはありますか。
長田:小さいころに好きだったのは『Dr.スランプ』(鳥山明)ですね。デフォルメの感じが根っこにあります。あと学生のころは『ろくでなしブルース』(森田まさのり)もめちゃくちゃ読んでいましたし、大友克洋さんはもちろん、あとはすぎむらしんいちさん(『サムライダー』『超・学校法人スタア學園』など)とかも好きで。そのころ読んでいたものは、深層心理にずっとあって今の表現にも出ているかなぁ。
―― 町田さんはバンドもやられていたそうですが、楽器は何を?
町田:自分はギターとベースですね。一番好きなのはパンクバンドで、THE BLUE HEARTSにTHE HIGH-LOWS、クロマニヨンズとか、Hi-STANDARDとか。小学校から漫画も描いていたので、高校生からバンドも始めて、二足のわらじで成功するのがもともとの夢でした。
―― 意識した音楽漫画はありましたか?
町田:僕はいっぱいありましたよ。『BECK』(ハロルド作石)はもちろん意識していて。海外ツアーに行く展開が被らないようにしようとか、好きだからこそ「『BECK』でやったやつじゃんこれ」って言われないように読み返して、超える気持ちで取り組んでいます。今はジャズ漫画の『BLUE GIANT』(石塚真一)にも勝手に対抗心を抱いてます。表現をマネしようとかじゃなく、単純に「クソ面白いな〜」「負けたくないな」って思いながら読んでますね。
町田がブルースを込め、長田がメジャーに仕上げる
―― 既にこの世を去っている実在したミュージシャンに、現世で演奏させる上で苦労したことはありますか。
町田:話を作る僕としては苦労はないんですよね。漫画は音が聴こえない分、読者に想像してもらえるので。もし本当に楽曲を聴かせるのならば、アーティストのファンたちから「ジミヘンはそんなの作らない」みたいに批判は受けるでしょうが、漫画だったらそのジャッジが、僕も含めて誰にも出できない。
ただし、音楽を聴いたときの衝撃を絵で与えられるように表現するのは難しいと思うので、長田さんは苦労しているんじゃないかな。
長田:作画としては前回を越えようと取り組んでいるので、演出を思い付きさえすればそんなに苦労はないんですよね。そういうシーンを描けば描くほど、アニメ化や実写化が遠のくなぁって自分の首を絞めてる思いがありますが(笑)。
―― 裏を返せば、漫画にしかできない表現をやってると。
町田:そうなんですよ。だから振り切っていて、もういいや、好きなだけやってしまおうと。
―― 『シオエク』はそうした伝説のミュージシャンによる非現実的な夢と、紫織たちがバンドで地道に成功を積み上げていく現実的な夢、2つ絡み合っているのが面白いです。このファンタジーとリアリズムを描き分ける上で意識していることはありますか。
町田:描き分けはともかく、リアリズムだけを描いても絶対に読まれないなと思って、最初は戦略的にプロットを設計しました。絶対にこのファンタジー要素がないとマンネリ化するなと思って、2つを絡めるのは自然と意識していましたね。
長田:あとは実在するミュージシャンのファンの方々に怒られないよう気を付けることですかね。ちゃんと納得していただけるレベルの表現を作っていこうという。亡くなった人が史実にないセリフをしゃべっている訳ですからね。「カートはそんなこと言わねーだろ」と思われることもあるだろうけど。
町田:歴史上の人物に空想のセリフをしゃべらせていけないなら、大河ドラマとか時代劇は全部できなくなってしまいますから。ちゃんとかっこよく描いて、リスペクトも欠かさないよう心掛けています。伝記とか読み漁って、傍線を引いたりと、アーティストたちのインプットもしっかりやって。
長田:僕も一通り読んでいて、彼ならこう言うだろう、言わないだろうなっていう具体的なイメージを作っています。
町田:最初のネームではジミヘンは結構しゃべっていたんですけど、彼がシャイであることが分かってきたので表情や姿だけで語るようにしたりとか。
長田:でも、読者で十代の方が「ジミヘンって本当にいるんですね」と感想を寄せてくださったことがあって。ジミヘンを架空のキャラだと思っていたみたいなんですが、『シオエク』を通してロックの歴史を知ってくれる読者もいるみたいです。親子2代で読んでくださってる方もいますし。
町田:ありがたいですよね。『シオエク』でジミヘンやニルヴァーナを好きになった、聴くようになったという感想を耳にすると、ちょっとは表現できてるのかなって報われる気持ちがあります。
―― 音を鳴らせない漫画というメディアにおいて、音楽、ロックンロール、バンドを題材にした作品をやっていくうえで心掛けていることはありますか。
町田:ストーリー担当としては、キャラクターたちをいかに甘やかさずに追い詰めるかを意識しています。追い詰めれば追い詰めるほど、そこにブルース(※)が生まれ、ライブでのカタルシスが大きくなる。
ブラックバスの下積みの話も、本当につらい場面が続きますからね。でも演奏シーンは長田さんが絶対にカタルシスのあるシーンにしてくれると信頼しているので、メンバーたちにケンカをさせながらも、「もうちょっとで解放してあげるから」「ライブシーンで長田さんが何とかしてくれるから」ととことん追い詰めていました。
※ブルース:19世紀半ば、アメリカ黒人奴隷の間で広まった労働歌に起源を持つブラック・ミュージック。孤独感や悲しみ,、憂鬱さを表現する音楽であることから、転じてそれらブルーな感情を示す言葉として使われることも多い
―― それはこれまでのバンドや漫画家人生のなかで、町田さんが作品にブルースは必要だと根っこから感じているからでしょうか。
町田:そうですね、特に漫画家生活ではそういう挫折を味わってきたので。本気で1回やめようと考えたこともありましたし、それをストーリーに変換しています。
ブルースのある作品が、僕は好きなんです。漫画にせよ音楽にせよ映画にせよ、つらい人が何かがんばっているのに報われない、でも少しだけ何らかの希望がある。そういう泥臭いのがすごく好きなのでこの作品でもやりたいなと思ってます。
だけどそれだけだとマニアックで、面白いと言ってくれる人も一部しかいない漫画になってしまう。長田さんが、メジャー感のある絵やセリフ、ケレン味あふれるファンタジー要素の高い音楽表現を加えて、広く楽しんでもらえる作品にしてくれるんです。長田さんじゃなかったら早々に打ち切りになってたと思います。ありがとうございます。
長田:いや、僕もこんなストーリー思い付かないもん。お互いのいいところをちょうど集めて出せているよね。
町田・長田:(笑)。
―― 褒め合いだした……!
長田:僕は町田くんのネームを受けて演出を考えるのが最近はすごく楽しくて。もともと原作も自分でやっていたけれども、この役割がすごく向いていることに気付きました。作画にも時間が取れるし、月刊というペースも、このコンビもとても自分に合ってると思っています。
あとはもう「『シオエク』以降は誰もバンド漫画を作らなくなるだろう」といわれるぐらい、漫画にしかできない音楽表現をいっぱい生み出してやろうと思っています。
町田:後人に余すことなく、このジャンルに踏み跡をつけてやろうという。
―― 本作ではまだまだ、バンドコンテスト「Bridge To Legend」の世界大会や、「27クラブ」の面々のライブといった大舞台が待ってますよね。
町田:もう、知ーらないって感じです(笑)。
長田:演奏の表現も舞台に合わせて大きくしていかなくちゃいけないんですよね。いくつかストックはあるんですけれども、ライブシーンがあと何回出てくるのかまだ分からない。どんどんアイデアを出して、読者に衝撃のライブを体験(エクスペリエンス)してもらいたいと思います。
(取材・構成:黒木貴啓)
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