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映画「エブエブ」 アカデミー賞最有力だけど、主婦が確定申告中にバトる実写版『すごいよ!!マサルさん』だった件(2/3 ページ)

ミシェル・ヨーがカンフーで変態集団に立ち向かう!

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 実は監督らはアジア映画の大ファンで、特に湯浅政明監督の「マインド・ゲーム」、今敏監督の「パプリカ」、宮崎駿の「もののけ姫」などの日本のアニメからもインスピレーションを受けて、この映画を作ったとも語っているのだ。良い意味で悪夢的な光景が広がる様から、それらのアニメ映画っぽさを確かに感じられるのも面白い。

 頭のネジが吹き飛んでいる唯一無二のセンスを持つ映画のように思えるが、実は先人の作品を参照し、しっかりと現実に通ずる題材を盛り込んでもいるのだ。

アカデミー賞最有力候補「エブエブ」が主婦が確定申告中にバトる実写版『すごいよ!!マサルさん』だった件 (C) 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

 さらに、本作は「ムーンライト」や「ミッドサマー」などエッジの効いた映画を続々と送り出す製作・配給スタジオ“A24”の作品。これほどの企画を通せるのも納得であるし、A24史上最高の興行収入かつ評価を得ていることも実に喜ばしい。

「魔宮の伝説」のあの子役が四半世紀の時を経て大活躍

 さらに注目ポイントは、夫のウェイモンドを演じるキー・ホイ・クァンだろう。彼は「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」「グーニーズ」で大ブレイクした、80年代を代表する子役だったのだ。

アカデミー賞最有力候補「エブエブ」が主婦が確定申告中にバトる実写版『すごいよ!!マサルさん』だった件 (C) 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

 しかし、その後はなかなか役に恵まれず年齢を重ね、ハリウッドでアジア人にはチャンスがないという厳しい現実を突きつけられた。アジア映画のアクション振付や演出、助監督として映画業界で働いてはいたものの、俳優として不遇の長い長い時間を過ごしていたのだ。そのキー・ホイ・クァンがメインキャラクターに抜てきされ、そしてアカデミー賞助演男優賞にノミネートされるほどに絶賛を浴びたのが、この「エブエブ」なのだ。

 しかも、キー・ホイ・クァンは、劇中でウォン・カーウァイ監督の「花様年華」という映画にそっくりなシーンを演じていたりもする。彼もまた、違う宇宙ではアジア映画のスターになれていたのかもしれないという可能性を、メタフィクション的に見せていたシーンとも言えるだろう。

 この他にも、主人公の家族が中国系移民であり、娘がレズビアンであることも自然に描かれるなど、ハリウッド大作映画の慣習にとらわれない、多様性をもった設定とキャスティングがなされている。こうした設定は家族の葛藤にもつながっており、物語上も大きな意味を持っていた。

アカデミー賞最有力候補「エブエブ」が主婦が確定申告中にバトる実写版『すごいよ!!マサルさん』だった件 (C) 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

今の現実の人生を肯定したくなる優しいメッセージ

 本作は「違う宇宙の自分の能力を借りて戦う」というプロットを利用し、「他のあり得たかもしれない可能性」を描いているとも言える。「あのときこうしていれば違う人生もあったはずなのに」という誰もが一度は考えてしまうことを、マルチバースのさまざまな自分の姿を通して提示しているのだ。

アカデミー賞最有力候補「エブエブ」が主婦が確定申告中にバトる実写版『すごいよ!!マサルさん』だった件 (C) 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

 とはいえ、他のマルチバースの世界を垣間見たりすることは、現実にはできない。ともすれば、本作で描かれていることが「しょせんは映画の話だよな」と冷めてしまいそうなところだが……この「エブエブ」が真に素晴らしいのは、マルチバースを題材とし、他のあり得たかもしれない可能性を示しているにもかかわらず「現実の人生を肯定したくなる」、その優しいメッセージ性にあったのだ。

 詳しい理由はネタバレになるので書けないが、見終わると「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」という長いタイトルの意味と、邦題をそのままにした理由もはっきりとわかった、ということも告げておこう。これほどにトンデモでカオスな映画が、まさか、ここまでの感動を届けてくれるなんて!

アカデミー賞最有力候補「エブエブ」が主婦が確定申告中にバトる実写版『すごいよ!!マサルさん』だった件 (C) 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

 最後まで見終われば、このヘンテコな映画が、なぜアカデミー賞最有力候補なのかが、きっと分かっていただけるはずだ。ぜひ、実写版『マサルさん』的なギャグに戸惑いつつも笑って、感動のラストまで見届けてほしい。

ヒナタカ

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