スムーズなコミュニケーションのための筋肉

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 フリーアナウンサーの柿崎元子による、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回は、「口を動かす重要さ」について—

ニッポン放送「メディアリテラシー」

 このところ、健康志向もあって“筋肉”が注目されています。トレーニングすることによって体を引き締め、健康的な美しさを目指している“筋肉女子”もいれば、弁護士、庭師、俳優などが筋肉を追い込む感じがおもしろいと、『みんなで筋肉体操』という番組が話題になったりしています。

 単に細く痩せた女性がよいのではなく、モデルの中村アンさんのように、鍛えられた女性がかっこいいという新たな価値観も生まれています。

 筋肉は年齢を問わず、いくつになっても鍛えることができ、比較的簡単なこともブームを支えているポイントでしょう。腹筋を鍛えれば姿勢がよくなる、筋肉がつくと代謝があがり痩せやすくなると、効果はとても魅力的です。

 今回は、口の筋肉のお話です。口の筋肉を鍛え、維持すれば、会話がスムーズになることをご存知でしょうか?

 私たちは考えなくても「話そう」と思えば、勝手に口が動き、言葉が出て来ます。言葉が相手に聞こえていれば会話が成立しますので、「口の動き」を意識することはあまりないでしょう。ところが、例えばこんなことが起こり得るのです。

ニッポン放送「メディアリテラシー」
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入院中に何を言っているかわからない?

 父は緑内障を患っており、先日手術をしました。手術自体は難しいものではありませんでしたが、高齢のため回復が遅く、すぐに退院できませんでした。

 86歳になっている父ですが、若いころからスポーツ好きで、スキーやテニスをしていたこともあり、足腰がしっかりしています。杖なしで普通に歩き、その速さもサッサ、サッサとかなりのスピードを出すため、だらだら歩いていると置いて行かれるほどです。

 その理由は、毎日欠かさないストレッチやスクワットです。自分なりに工夫をし、無理なく続けているため、足腰の筋肉が衰えないのだと自負していました。70歳代でも杖がなければ歩けない人もいることを考えると、脅威の86歳であり、筋肉を鍛えることの重要性を認識せずにはいられません。

 そんな父の入院中に気づいたことがありました。ときどき、何と言っているのかよくわからないのです。何度もカミカミになり、言い直します。言葉がすべって正しく発音されないため、意味を把握しづらいのです。

 入院していると、誰かと話をすることが極端に減ります。また、世話好きの母が周りのことを全て整えてくれるので、口を開くこともないのでしょう。

 入院して1週間も経つころから、言葉が聞きとれなくなって来ました。初めは「声がかすれているのかな?」と思っていましたが、「えっ?」と私自身が聞き返していることに気づきました。

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口を使わなければ退化する

 話せる能力を持っているのに、使わなくなってしまえば退化します。つまり口の筋肉を使わなければ、口が開かなくなって行きます。それが年齢とともに、加速度的に早くなって行くのではないかと思います。

 口が回らないのは高齢者だけではありません。実は、私自身が似たような体験をしています。

 40歳を過ぎたころに体調を崩し、仕事を長期間休んでいた時期があります。ほとんど人に会ったり話したりしなかったため、アナウンサーに復帰したときに、まず大きな声が出ませんでした。そして頭は回転しているのに、口が回らずアワアワして、よくトチり、焦ってさらに突っかかる…。

 ノドの筋肉も、口の筋肉も、発声のための腹筋も衰えるだけ衰えていました。アナウンサーとして訓練した人間でも、ほんの2~3年しゃべらない時期があっただけで、そうなってしまいました。

ニッポン放送「メディアリテラシー」
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話をよく聴く技術

 私の場合は、発声練習などで徐々に戻すことができましたが、一般の人が話す訓練をするのはなかなか大変なことです。高齢の父に「あいうえお」や早口言葉を練習しろというのは、土台無理な話です。

 そこで、私は父にたくさん話させることにしました。私が心がけているのは、“よく聴くこと”です。誰でもできますが、ルールがあります。

  • 話は「。」まで聞く
  • 話している途中で話を取らない
  • 呼吸を合わせてあいづちをうつ

 頭の回転が速く、気持ちをおもんぱかることが得意な人は、相手が何を言おうとしているのか、しゃべっている途中で理解してしまいます。だから話が終わるまで待てません。そんな人は、文の終わりを意識してください。相手の言葉が終わる「。」までしっかり聴きます。

 また、相手が話している途中で、自分の考えを話したくなる人は多いものです。すると、相手の話を途中で取ってしまいます。

 「きのう、六本木のイルミネーションを見に行ったんだけどね…」「あ! 私もこの前行ったよ、ものすごく並んでて、そのときに隣にいた人がさ…」と言った感じです。

 さらに、会話中に「そうなんだ!」「すごいね」などのあいづちがあると、話は盛り上がりますが、大事なのは相手の呼吸に合わせることです。同じタイミングで呼吸をしていると、同時に話し始める瞬間があります。それでは言葉が重なってしまい聞こえません。

 相手が息を吸ったら自分は吐き、相手が吐いたら自分が吸う。このタイミングであいづちを打ちます。いかがでしょう? 意外とできておらず、自分があまりにも人の話を聞いていないことに驚かされませんか?

ニッポン放送「メディアリテラシー」
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沈黙を恐れるな

 ラジオの場合、この何気ない3点がよく守られています。番組のパーソナリティとゲストとの会話など、複数で話すときは、誰が何を言っているのかわからなくなりますから、パーソナリティは相手の話を聞くことにとても注意を払っています。参考になりますので、意識的に放送を聞いてみてください。

 最後に、口を動かす前の大事なテクニックについてもお話します。それは沈黙です。私はこの沈黙が苦手で、父の話の途中でよく割り込んでいました。

 私が先回りしていろいろな話をしてしまうので、父は話すチャンスを奪われます。相手が何か言うまでただ黙って待つ。とても簡単なようで、最もむずかしいかもしれません。

 沈黙は相手に考える時間を与えます。それは脳を活性化するきっかけにもなるでしょう。沈黙の時間を恐れないことが重要です。

 父は結局、2週間ほどで退院し、社会生活を取り戻しています。また、大好きなお酒も飲み始めたので、口の滑りはよくなっているかもしれません。とにかく父にはたくさん話してもらい、よく口を動かして、口の筋肉を維持してもらおうと思っています。

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連載情報

柿崎元子のメディアリテラシー
1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信
著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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