「ボカロ小説」はこうして生まれる 中高生を本屋に走らせる魅力、そして楽曲争奪戦へ(2/3 ページ)

» 2013年08月06日 10時00分 公開
[稲葉ほたて,ねとらぼ]

ボカロ小説の制作風景

画像

 そんなボカロ小説の現在の姿に、少し目を転じてみよう。最近話題になった「吉原ラメント」は、昨年大ヒットした重音テトの同名曲のノベライズだ。

 5月発売の小説版を手がけたのは、アルファポリス。00年に創業された出版社で、社員の平均年齢も30歳と若く、数多くのネット小説の書籍化を手がけてきた。今回「楽曲投稿の数日後に聴いて、すぐに小説化を提案した」という担当編集者の熱意で、初めてボカロ小説の市場に参入した。売り上げも、やはり女子中学生などを中心に好調だという。

 ちなみに重音テトという名前を聞いて、初期にボカロを追いかけていた人は「ああ、あのネタキャラね」と思い出したかもしれない。そう、08年のエイプリルフールに2ちゃんねるの住人が“ニコ厨”をだますために制作した架空のボカロキャラなのだ。その後フリーの歌声合成ソフト「UTAU」を使ってボカロキャラのように歌わせることもできるようになった。

 楽曲「吉原ラメント」を企画した、女子大生の小山乃舞世さんは実はテトの“中の人”でもある。中学生だった08年当時、2ちゃんねるのスレでテトの声に手を挙げ、以降ずっとテトのプロデュースをサークル「ツインドリル」と手がけてきた。テトの息の長い人気は彼女らの献身的な活動による面が大きい。小山乃さんは「まさか2ちゃんねるで手を挙げたときは、こんなことになるとは思わなかった」と笑う。

 小山乃さんと「吉原ラメント」を作詞作曲した亜沙さんの出会いはコミックマーケットだ。CDを頒布していた亜沙さんのブースを小山乃さんが訪れ、亜沙さんの曲をその場で聞いて名刺を置いて立ち去ったところから始まった。亜沙さんが挨拶のメールを送ると、小山乃さんはいきなり返信で「CDを聞いて作風が気に入ったので、もしよければ合作を作れないか」と相談してきたという。

 そうして2人の共同作業が始まり、約半年後にリリースされた作品は、直後から「何が起きているんだと思った」と本人たちも驚く勢いで伸び、ついには昨年のボカロ関連を代表するヒット曲になった。

 しかし小説化の話には当初2人とも懐疑的だったという。「楽曲の中で既に世界が完結しているものを、どうして小説化するのか分からなかった。だから、最初に(アルファポリスに)会ったときは断る準備をしていた」(小山乃さん)――そんな彼女の後ろ向きの感情が変わる転機になったのが、アルファポリス側の提案したプロットを見たときだったという。

Web小説の実力派を起用

 吉原ラメントの小説化にあたって、アルファポリスが書き手に抜てきしたのは美雨季さん。自社の手掛けるネット小説などの大賞で何度も受賞しており、「実力が高く、以前から何かを書いてもらいたいねと話していた」(アルファポリス編集部・宮本剛さん)と編集部が評価する、実力派のWeb小説作家だ。

 そんな美雨季さんだが、本人に話を聞いてみると、やはり執筆の依頼を受けるのには「勇気がいった」と言う。他人の作ったキャラを小説に起こすという慣れない作業に加え、中高生がメインの読者となる本で、吉原をどう描くかも悩ましかった。しかも、動画を見てみると、少なからぬファンが吉原遊郭を架空の場所と思っていた。「驚きました。でも、学校では習わないでしょうし、仕方ないかなと」(美雨季さん)

画像

 美雨季さんは、現代の風俗嬢と花魁の違いを描くのに腐心した。一方、その裏側を書きすぎぬよう、何度も編集者とやり取りを重ねてバランスに配慮した。また「テトと複数の男性との性行為は、やはりファンにとって嫌なものだろう」と考えた美雨季さんは、亜沙さんの作った歌詞に独自の解釈を加え、とある奇抜な設定の導入も試みた。これは(ネタバレになるので具体的には書けないが)結果的にこの物語の核を成す設定となった。

 そうした細心の配慮のもと作られたプロットを読んだ小山乃さんは、「原曲とも違うし、それがむしろ良い」と一気に前向きになったという。

 この原稿を書いている現在、「吉原ラメント」の動画をニコニコ動画で開くと、コメント欄は小説への感想で埋まっている。その多くが「感動した」といった内容だ。そうした感想に美雨季さんは「ずっと悩みながら執筆していましたが、今は書籍という形になってよかった、たくさんの方に手に取っていただけてよかった、と思っている」と喜ぶ。

画像 読者からの感想の手紙。女子中学生からの感想が多数を占める

 一方、この楽曲の発表以降、テトには和風やシリアス系の楽曲が増えはじめている。そんな状況を小山乃さんはうれしそうに語る。「テトはずっとネタソングばかりだったけど、本当はもっとテトの色んな可能性を追求してほしかった。だから、現在の状況はほんとうにいいなと思う」

 これは、最近出版された、とあるボカロ小説から見えてくる制作風景の一例にすぎない。しかし、ここに出てくる当事者たちの誰もが、従来のコンテンツビジネスとは毛色の違うところから登場してきた人々であることに注目したい。それは、この作品に限ったことではない。ボカロ小説とは、ゼロ年代に勃興した国内インターネットの文化を背景にして生み出されているものだ。

 しかし、それは必ずしも光の側面ばかりではないかもしれない。ニコニコ動画やpixivなどの作品投稿サービスは、“無料”ならではの独自の文化を持ち、それが発展の原動力になってきた。その性急な市場化は、軋(きし)みを生み出さずにはいられるのだろうか。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/19/news150.jpg 「情報を漏らされ振り回され……」とモデラー“限界声明” Vtuberのモデル使用権を剥奪 「もう支えられない」「全サポート終了」
  2. /nl/articles/2411/20/news028.jpg 「うどん屋としてあるまじきミス」→臨時休業 まさかの“残念すぎる理由”に19万いいね 「今日だけパン屋さんになりませんか」
  3. /nl/articles/2411/20/news224.jpg “ドームでライブ中”に「76万円の指輪紛失」→2日後まさかの展開に “持ち主”三代目JSBメンバー「誰なのか探しています」
  4. /nl/articles/2411/19/news169.jpg 高畑充希と結婚の岡田将生、インスタ投稿めぐり“思わぬ議論”に 「わたしも思ってた」「普通に考えて……」
  5. /nl/articles/2411/20/news031.jpg 「本当に同じ人!?」 幼少期からイボをいじられていた男性→美容師の“お任せカット”が衝撃 「めちゃくちゃ大変身」
  6. /nl/articles/2411/19/news022.jpg 「おててだったのかぁああああ」「同じ解釈の人いた笑笑」 ピカチュウの顔が“こう見えた”再現イラストに共感続々、464万表示
  7. /nl/articles/2411/20/news042.jpg 「腹筋崩壊」 ハスキーをシャンプー&パックしたら…… “予想外のハプニング”に「こ〜れは大変だわ」「沼にでも落ちたのかとwww」
  8. /nl/articles/2411/20/news216.jpg “歌姫”ののちゃん、6歳現在の姿に驚きの声「あれっ!?」「ビックリしてます!」 2歳で「童謡こどもの歌コンクール」銀賞受賞
  9. /nl/articles/2411/20/news041.jpg 黄ばみのある68年前のウエディングドレスを修復すると…… 生まれ変わった姿に「泣いた」「受け継ぐ価値のあるドレス」
  10. /nl/articles/2411/18/news107.jpg 走行中の車から同じ速さで後方へ飛び降りると? 体を張った実験に反響「問題文が現実世界で実行」【海外】
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  2. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  4. まるで星空……!! ダイソーの糸を組み合わせ、ひたすら編む→完成したウットリするほど美しい模様に「キュンキュンきます」「夜雪にも見える」
  5. 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  6. 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  7. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  8. 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  9. ユニクロが教える“これからの季節に持っておきたい”1枚に「これ、3枚色違いで買いました!」「今年も色違い買い足します!」と反響
  10. 中央道から「宇宙戦艦ヤマト」が見える! 驚きの写真がSNSで注目集める 「結構でかい」「どう見てもヤマト」 撮影者の心境を聞いた
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた