ニュース
» 2013年11月13日 11時06分 UPDATE

きのうのパーティーは楽しかった?:艦これ艦娘“作戦的”プロフィール「第3次ソロモン海戦第1次戦闘」編

秋のイベントにちなんだ「史実の鉄底海峡」第4回目は、ちょうど71年前の昨日深夜から今日未明にかけて起きた“アイアンボトム”本領発揮の戦いだ。

[長浜和也,ねとらぼ]

正直いって航跡図追いきれんですわー

 10月の金剛榛名をはじめとするヘンダーソン基地艦砲射撃作戦で支援した大規模輸送作戦は、部隊の揚陸には成功したものの、重火器や砲弾食糧などの重要物資のほとんどは失われ、陸軍の総攻撃も失敗した。

 再度総攻撃を計画した日本軍は、再び戦艦によるヘンダーソン基地攻撃を実行することなり、第11戦隊の戦艦「比叡」「霧島」を主力とした前進部隊挺身攻撃隊を編成して、11月12日の夜、ガダルカナル島北岸に突入する。これが、第3次ソロモン海戦だ。この海戦は、12日夜の第1次戦闘と14日夜の第2次戦闘、そして、その間の13日夜に起きた重巡部隊によるヘンダーソン基地艦砲射撃の3部に分かれる。

 第1次戦闘で「挺身攻撃隊」として砲雷撃戦を行ったのは、第11戦隊の戦艦「比叡」「霧島」に第10戦隊の軽巡「長良」、第16駆逐隊「雪風」「天津風」、第6駆逐隊「雷」「電」「暁」、第4水雷戦隊の「村雨」「五月雨」「春雨」「夕立」、そして独立の「照月」「朝雲」だ。第27駆逐隊「時雨」「白露」「夕暮」も挺身攻撃隊に所属していたが、このときは“帰り道”を警戒するため突入せず、砲雷撃戦は行っていない。

kn_trdsrmn1_01.jpg 第3次ソロモン海戦第一次戦闘に参戦した艦娘たち

 最初の計画では、第4水雷戦隊が本隊の8キロ先で敵がいないか安全を確認してから、比叡と霧島が突入して敵基地を砲撃することになっていた。しかし、敵基地到着直前に激しい雷雨に遭遇して反転、その直後に雷雨が収まって再び反転。この、視界が利かない雷雨と闇夜の海で2度も反転したことで艦隊の陣形は乱れに乱れ、第4水雷戦隊は本隊のすぐ前を航行する事態に。しかも、そのことに誰も気がつかないまま、いきなり本隊と敵艦隊が遭遇してしまう。

 このとき、米軍は重巡2隻、軽巡3隻、駆逐艦8隻の艦隊で待ち伏せをしていた。2324(23時24分、以下同)レーダーで日本艦隊を先に2万5000(メートル、以下同)で発見したものの、米艦隊司令官は「きれいな丁字戦法」に固執して攻撃を控えてしまう。そうするうちに、日本軍も“あの”「夕立」が2344に距離7000で敵艦隊を発見した。

 戦いは夕立の傍若無人な突入で敵艦隊が混乱したのをきっかけに乱戦となる。2351に比叡が探照灯をつけて砲撃を開始し、同時に米艦隊も比叡の探照灯を狙って砲撃を開始する。暁は出会い頭の集中砲火で沈没。手当たり次第に敵を殴り続けた夕立も集中砲火を受けて沈没、比叡は至近距離でうけた砲弾で舵が動かなくなってしまう。一方日本軍の攻撃は、敵旗艦を直撃して司令部幕僚のほとんどを殺傷、その後の砲雷撃戦で軽巡1隻と駆逐艦4隻を撃沈、重巡2隻に軽巡1隻、駆逐艦3隻を撃破する戦果を挙げている。

kn_trdsrmn1_02.jpgkn_trdsrmn1_03.jpgkn_trdsrmn1_04.jpg 2344、距離7000で敵艦隊を発見した夕立は、敵単縦陣の戦闘直前を大胆に横断。敵は混乱して陣形を崩し先制攻撃ができなかった(写真=左)。2351、距離6000で敵味方ほぼ同時に砲撃を開始。わずか5分間で暁は沈み、比叡の舵は動かなくなり、米司令部は壊滅した(写真=中央)。日付が変わって14日0010の状況。距離2000〜5000で激しく撃ち合う乱戦で両軍の陣形は支離滅裂となるが、日本軍は単艦奮戦し、敵艦隊のほとんどにダメージを与えた……が、舵が動かなくなった比叡はついに航行不能となった

 舵が動かなくなった比叡は、夜が明けてから本来なら砲撃して破壊するはずだったヘンダーソン基地より反復出撃してくる航空機の攻撃で沈没する。こうして日本軍は、敵艦隊は撃滅したものの、主目的だったヘンダーソン基地の砲撃は実施できなかった。しかし、輸送船団はじりじりとガダルカナル島に向かっていた……。つづくー。

Copyright© 2018 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

この記事が気に入ったら
ねとらぼに「いいね!」しよう