今年で4回目! 「このマンガがすごい!」にランクインしなかったけどすごい! 2017(3/3 ページ)
第7位「黒」(ソウマトウ)
第7位はマンガ制作ユニット・ソウマトウのダークファンタジー「黒」(全3巻/集英社)です。
黒髪の少女ココと黒猫クロは、いつもじゃれ合う大の仲良し。町の外れの大きな屋敷に1人と1匹だけで住んでいます。物語はそんなココとクロ、そして町に住むお友達や家庭教師のブレンダ先生たちを交えた心温まる日常……ではありませんでした。
まず愛猫の黒猫クロが普通ではない。口の形がいびつだし、その目があるべき場所にも目が付いていないときもあれば、体全体に無数の目が浮かび上がることもある。しかもなぜかココには見えていないけれど、実は屋敷の周りには黒い影のような化物がいつもうようよしている。そしてココの友達もブレンダ先生も、そのことを知っているのに彼女にはそれを隠して明るく接している。これほど異常に囲まれているのに、ココだけがその真実も知らずメルヘンな日常を生きている描写の不穏さと、それが転じて時にはコメディにすら見えるシュールな構成がすばらしいです。
このままシュールなダークメルヘンとして進むかと思いきや、とある出来事をきっかけに屋敷の中に閉じこもって人を寄せ付けなくなり、町の人たちと距離を取りはじめるココ。さらに彼女の体にも大きな変化が現れはじめます。
そもそもなぜココは自分だけで住むには大きすぎる屋敷に一人ぼっちで住んでいるのか? 人を襲う黒い化物、そしてそれとよく似たクロの正体とは? 全ての謎が明らかになる最終巻は、それまでの予想を上回る、そして文句のつけようがない素敵な結末でした。それと普通の単行本と同じ価格なのに、本編部分を全てフルカラーで収録していることも付け加えておきます。もっとこういう本が増えてほしいですね。
第8位「イキガミ様」(TAGRO)
第8位はTAGRO先生の「イキガミ様」(太田出版)。海辺の町「海野辺」に暮らす人たちと、土地神として太古から生きている「生き神」様の日常を描いた物語です。
町のあちこちに出没する海野辺の生き神様は、一見ただのオッサン(しかもエロい)だけど、れっきとした本物の神様。町民からは当然のように慕われてはいるけれど、かと言って敬ったから何か直接ご利益があるわけでもない、町の生活に当たり前に溶け込んだ存在でもあります。
東京で夢破れ、海野辺に帰ってきたアラサー・英恵(はなえ)が見たのは、郊外型ショッピングセンターのある隣町と合併してどこにでもある田舎に変わってしまった海野辺と、また一方で子供の頃に見たのと同じままな生き神様の姿を通して見える変わらない海野辺。時の移ろいを肯定的でも否定的でもなく淡々と受け入れる心境は、ある程度挫折を経ないとなかなか実感できないかもしれません。
「どうしようもない事は誰にだって起きるよ」「でもなんとなく無理のない方向というかね あるんだよ 生きやすい道筋というのが」
作者のTAGRO先生は名作四畳半SF「宇宙賃貸サルガッ荘」から最新作「別式」に至るエンタメ系作品と、「マフィアとルアー」から連なるフォークソング的・私小説的作品の両輪で、もう20年近く活躍されているベテラン作家さん。生き神や死に神といった不思議なキャラを登場させながら、一方で成長、孤独、挫折といった人生の中で起こる出来事に対するメッセージ性を込めた本作は、今何か人生につまづいて悩んでいる人にお勧めしたい1冊です。ポジティブに、生きる勇気が湧いてくるところまでは行かないかもしれませんが、きっとその沈んだ心をプラスマイナスゼロのフラットに戻してくれることでしょう。
第9位「スクール・アーキテクト」(器械)
第9位は器械先生の「スクール・アーキテクト」(全2巻/芳文社)。普段連載ではあまり取り上げない4コマ作品です。
かわいい少女たちが登場する「日常系萌え4コマ」は目の保養という意味では、それはそれとしての魅力がありますが、個性的な女子中学生たちが多く登場する本作は、ストーリーにおいても物語の構成においても、そこらの4コママンガでは味わえない体験にあふれています。少なくとも3回は驚かされるし、読み終えて謎が解けると再読したくなる。
ちょっと妄想が激しかったり、ちょっと百合っ気が強かったり、そんな女の子たちが突然、時間の流れが異なるワンダーランドに迷い込む物語……と言うと、「いや、そういうマンガって割とあるんじゃないの?」とツッコミが入りそうですが、そういうマンガ好きな人ほど本作の仕掛けに騙されます。
1つだけ挙げておくと、本作、1巻と2巻で登場人物が総入れ替えです。1巻で「ん? このままでよい、の、かな……?」と引っ張っておきながら、続く2巻では全く違う中学生たちの物語がしれっと始まる。両巻がどのようにつながるのかというストーリーもさることながら、「4コママンガ」という表現の枠組みまでも巻き込みながら解体・再構築されていく壮大なクライマックスは必見。いろんな読み方ができそうな「非日常がお望みなら よそでやれよッ!」というセリフも秀逸でした。
第10位「今日のノルマさん」(ふかさくえみ)
最後を飾る第10位はふかさくえみ先生の4コママンガ「今日のノルマさん」(全2巻/竹書房)です。
主人公の「ノルマさん」こと星野ルマ子は、「ネコをなでる」「一人でご飯を炊く」など自分で決めた日々のノルマ達成を目指す中学2年生。「ノルマ」と呼ぶにはやけに低いハードルですが、それには深いわけがあるのです。
実はお嬢様でもあるノルマさん、父親の過保護な教育方針のため、これまでほとんど外出が許されず、学校にも通えなかった文字通りの箱入り娘でした。「毛根に負担がかかる」という理由で髪を結うことさえ禁止されていたと言えば、それがどれほど厳しいものか分かってもらえることでしょう。
ようやく家を出て学校に通うことを許された彼女のささやかなノルマ達成は、その成長のあかし。ノルマさんを優しく支えてくれる親友のゆーちゃんや、蝶番ベランジェールさん(※本名です)たち友達4人と共に過ごす学校生活や充実した夏休みという初めてづくしの経験をを通して、彼女が一歩一歩成長していく様子を眺めていると、まるでわが子を見守っているかのような温かい気持ちになります。昨日のノルマさんより今日のノルマさん、そして今日のノルマさんより明日のノルマさんのほうができることが増えていくのです。
柔らかで可愛らしい画風と温かいストーリーだけでなく、彼女はこれほどまで過保護に育てられた理由から、一見こじつけのようにも見える「ルマ子」という名前の由来、作中の小道具に至るまで、設定が細かく作りこんであるところもすごいと思いました。
というわけで、ここまで駆け足で昨年おすすめの10作品を紹介しました。今回は男性/女性向けだけでなく、シリアスからギャグ、ストーリーから4コマまで幅広く選んだので、どれか1つは興味を持ってもらえる作品があるのではないかなと自負しています。
この数年、マンガアプリやウェブマンガ発の作品が増えたこともあり、発売される新刊も増える一方。下手すると溺れてしまいそうなマンガの海に飛び出すとき、この連載が自分に合った「私のための1冊」を引き当てるお手伝いになれれば幸いです。
今年も「まだあまり知られていないけれど実はめちゃおもしろい!」なマンガをたくさん紹介していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
「このマンガがすごい!」にランクインしなかったけどすごい! 2017 結果
- 【第1位】「ニュクスの角灯」(高浜寛)
- 【第2位】「モアザンワーズ」(絵津鼓)
- 【第3位】「ラストゲーム」(天乃忍)
- 【第4位】「嵐ノ花 叢ノ歌」(東冬)
- 【第5位】「おかか」(まつだこうた)
- 【第6位】「千と万」(関谷あさみ)
- 【第7位】「黒」(ソウマトウ)
- 【第8位】「イキガミ様」(TAGRO)
- 【第9位】「スクール・アーキテクト」(器械)
- 【第10位】「今日のノルマさん」(ふかさくえみ)
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