なぜ“北九州監禁殺人事件の息子”に取材できたのか 「ザ・ノンフィクション」チーフプロデューサーが語る、踏み込める理由
最近は「北九州連続監禁殺人事件」の加害者の息子を取り上げて大きな話題に。
フジテレビが日曜14時から放送しているドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」(関東ローカル)。10月15日と10月22日には2週にわたって「北九州連続監禁殺人事件」の加害者の息子(以下、息子さん)を取り上げるなど、独自の目線でさまざまな人々の人生にスポットライトを当てています。なぜ踏み込んだ内容を放送し続けられるのか。またなぜ息子さんを取材することとなったのか。同番組のチーフプロデューサーを取材しました。
1995年に放送をスタートした「ザ・ノンフィクション」は、現代社会が抱える問題や、人生につまづきながらも必死に生きている人々に焦点を当てたドキュメンタリー番組。近年は放送直後にSNSで話題になることが増えており、ハッシュタグ「#ザ・ノンフィクション」も定着しつつあります。そんな同番組の責任者を務める張江泰之チーフプロデューサー(以下、張江さん)は、「常に見えない視聴者との戦い」と“見られるドキュメンタリー番組”作りと人の人生へ踏み込むことへの難しさを語ります。
「ザ・ノンフィクション」のチーフプロデューサーという仕事
――張江さんが「ザ・ノンフィクション」を担当することとなったいきさつを教えてください。
張江CP:NHKで報道番組を担当した後2005年に退局し、フジテレビに入社しました。しばらくは朝の情報番組「とくダネ!」を担当していたのですが、NHK時代にドキュメンタリーをやってきたこともあり、当時の上司に相談して「ザ・ノンフィクション」の担当になりました。番組ではディレクターからスタートして今のポジションになったので過去には自分が担当した回もたくさんあります。
――番組での張江さんの立場はどういうものなのでしょうか。
張江CP:チーフプロデューサー(CP)という役職で、予算から番組内容、危機管理など全てにおいての責任者です。例えるならば「ザ・ノンフィクション」という中小企業の社長、といった感じでしょうか。番組がスタートして今年で23年目に入りますが、CPは僕が3代目です。
――チーフプロデューサーという仕事の難しさは。
張江CP:30〜40社ほどの制作会社が同時に動いているうえで、生身の人間を取材するということはコントロール能力も含めて経験値が求められます。今関わってくれている制作会社は「本当に番組が好きなんだ」と言ってくれるところばかりです。
取材対象者との関わり合い方
――番組では多種多様な人が取り上げられています。取材対象者はどうやって選んでいるのですか。
張江CP:制作会社から企画・提案されるという場合と、僕自身が「こういうテーマに合う人はいないか」ということをディレクターに提案する場合があります。
――テーマに合った人というのはどういう発想で思いつくのでしょうか。
張江CP:僕自身は基本的に番組のタイトルから考えるようにしています。例えば「東京23区」というキーワードがあるとすればその中の足立区、足立区で頑張っている女性、“足立区の女たち”というようにどんどん連想していくんです。
――でもテーマが決まったとしても取材を受けてくれる人を探すのは大変なのではないですか。
張江CP:大変です。ディレクターが本気で対象者を探すのですが、中には飛び込みのような形で打診するということもありますし、番組に出演していただくにあたって出演料を支払うというようなことは一切ないので、ディレクターがどれだけ取材対象者と人間関係を作れるかにかかっています。
――番組を見ていてすごいな、と思うのは答えにくそうな質問にも取材対象者が答えてくれているところです。どうすればあそこまでの信頼関係を築けるのでしょうか。
張江CP:各ディレクターによってやり方があると思いますが、特別なことをしているわけではないと思います。いい加減な人間関係ではなくて、コミュニケーションを積み上げていく、当たり前のことをコツコツやっていくという中で本当の信頼関係が生まれていくのだと思います。
――印象に残っている取材対象者はいますか。
張江CP:どの人も印象深いですが、視聴者からよく声があがるのは“ジョンさんとマキさん”ですね(※)。かなり人気があるので2008年からこれまでに何度もシリーズ化していますし、来年にも取り上げる予定ですよ。あとは能登の老舗旅館「多田屋」を舞台にした「花嫁のれん物語」、沖縄出身の青年が東京で寿司職人を目指す「上京物語」も反響が大きかったです。
(※)ジョンさんとマキさん:“オカマとオナベの逆転カップル”で夫婦。お料理が得意なジョンさんと、ダンスが得意なマキさんの“夫婦喧嘩”やこれから先訪れる老後問題についての話題が人気。
――ネットでは日本一有名なニートことphaさんや漫画家の小林銅蟲先生が出演した「会社と家族にサヨナラ」やギークハウスのお話も話題になっていました。
張江CP:小林さんは『めしにしましょう』などの作品で有名になりましたし、phaさんもこれからの生き方が気になる人ですよね。phaさんに関しては担当している制作会社の山田あかねさんという女性ディレクターと波長が合うようです。ガツガツ行かずに傍にいるっていうタイプの方なのが良いのかもしれません。ギークハウスのシリーズは山田さんだからこそ撮れる作品だと思っていますし、今後も取り上げていきたいと思っています。
「ザ・ノンフィクション」の作り方
――人気の番組だけに、制作会社側から「担当させてほしい」といった売り込みもあるのではないでしょうか。
張江CP:「張江に会いたい」と言って制作会社が訪ねて来てくれることはあります。中には“バラエティー一筋”という制作会社もあるのですが、ドキュメンタリー畑の人間だけで番組を作ると、多様性がなくなってしまいますし、僕はそういったバラエティーの制作会社とも付き合いをするようにしています。
――バラエティーを得意とする会社が作ったドキュメンタリーはどんな雰囲気になるのでしょうか。
張江CP:最近だと「塀の中のオンナたち」(5月28日放送)という女性刑務所(福島刑務支所)で働く刑務官を取り上げた回は、バラエティー系に強い制作会社が作ったものです。バラエティー系のディレクターの長所は勘所が良いところですね。ツボが分かっているというか。機転が利くところや気遣いができるところもすごいなと思います。
――番組の中で心掛けていることはありますか。
張江CP:番組では昔からさまざまな人を取り上げてきました。取材対象者が人生に悪戦苦闘し、あくせくする姿に共感してもらえるよう、「この人を応援してもらいたい!」と思って作っています。
――どんな視聴者層を想定して番組を制作していますか。
張江CP:もともとはサラリーマン向けの番組としてスタートしたのですが、現在はF3(50代以上の女性)〜F4(60代以上の女性)層の“日曜日の昼下がり、14時に自宅にいる女性向け”に番組を作っています。最近は子どもが保育園や幼稚園に通っているような若いお母さん層も見てくださっているようですし、「僕……婿に入りました〜葉山げんべい物語〜」(10月29日/11月5日放送)では男女を問わず全ての層が視聴してくださいましたので、視聴者層が拡大していっている印象を受けます。ドキュメンタリー番組なのに、ここまで若い人にも受けられているというのは、他にはないのではないかと思います。
――張江さんが担当されるようになってから番組の中で変わったことはありますか。
張江CP:この番組の良いところは長期間にわたって取材対象者に密着した取材をするというところだと思います。ただ以前は長いものだと2年近く密着して作っているものもありました。作品としてはもちろん内容の濃い、良いドキュメンタリーができるのですが、視聴者の立場からするとどうしても「2年前の話題を今見るのか」という時間経過的な違和感があるのではないかと感じていました。そこで「見られる番組」ということを意識し、最近ではタイムリーな番組作りを心掛けています。編集という面では、僕がCPになってからは必ずテーマソングの「サンサーラ」で番組を締めるようになりました。
――「生きてく 生きている」の歌詞が印象的ですよね。あれを聞くと「日曜日なんだな」と思います。
張江CP:昔は番組の冒頭で「サンサーラ」をかけていたのですが、最初にあの歌詞を聞いてしまうとつらくなってくるというか、気分が重くなってしまう気がするんです。現在は「サンサーラ」ピアノバージョンを冒頭に持ってきて、エンディングで「生きてく 生きている」という歌詞と取材対象者の今後の生き方を重ねる形にして流しています。
――「サンサーラ」といえば、これまでに数多くのアーティストが歌い継いでいます。現在は6代目として元BREATHEの宮田悟志さんが男らしい「サンサーラ」を歌っていますが、アーティストの選定はどのように行われているのでしょうか。
張江CP:番組の顔ともいえる曲ですが、長く同じアーティストが続くとイメージが固定されてしまうという思いがあり、あえて“評判が良いときにこそ新しい人に変える”ということをやっています。宮田さんの場合は「今夜も眠れない」(3月12日放送分)という足立区で夜の街に生きる女性を取り上げた回でナレーションを担当してくれたんです。その際に「歌いたい」ということは言ってくれていたのですが、別のタイミングで宮田さんの方から「どうしても歌いたい」とデモテープを持って直談判しに来てくれたんですよね。そこで彼の熱意を感じてお願いしてみようということになりました。
――ネットの反響については把握されていますか。
張江CP:番組放送中は何を差し置いてもSNSをチェックして、視聴者の方の感想を見るようにしています。視聴者の方にどういう風に見られているのか、っていうのはすごく気になるんです。Yahoo!テレビだと「この番組を“見たい”」っていうボタンがあって、その数もずっとチェックしています。木曜日ぐらいからだんだん増えてくるんですが、気になって何度も何度も見てしまいますね。批判に関しても「こういう見られ方もするのか」と素直に受け止めるようにしています。
――そこまでされているっていうのは意外でした。ネットといえば番組の公式サイトも予告に毎回新しい写真を掲載されていますよね。
張江CP:公式サイトの写真はかなりこだわっていますし、とにかく視聴者の方の気持ちが入るようにとEPG(電子番組ガイド・テレビ画面の番組表に表示されるあらすじなど)も僕自身が書いています。75文字の予告に勝負をかけています。
――張江さんにとって怖いことはありますか。
張江CP:20年以上続いている番組とはいえ、番組改編の時期が来ると「枠がなくなるかもしれない」という危機感は常にあります。
殺人犯を両親に持つ息子を取材するということ
――ここ最近でもっとも反響が大きかったタイトルは何ですか。
張江CP:やはり、「北九州連続監禁殺人事件」の加害者の息子を取材した「人殺しの息子と呼ばれて……」です。後編の視聴率は昼帯では異例の10.0%で、放送終了後もメッセージや手紙がたくさん寄せられています。
――社会にも大きな衝撃を与えた「北九州連続監禁殺人事件」。番組でも触れられていましたがあらためて息子さんと張江さんとの出会いについて教えてください。
張江CP:僕が担当した「追跡!平成オンナの大事件」(6月9日放送分)という特別番組で緒方純子受刑者を取り上げたことがきっかけです。放送終了後、息子から直接連絡があり、「両親が加害者であり、事件の内容を一番知っているのは家族である自分。どうして探してくれなかったのか」と苦情を申し立てられました。
――はじめて息子さんと言葉を交わしたときはどんな感想を抱きましたか。
張江CP:すごく冷静に話す人だなと思いました。普通クレームというのは感情的になって「わーっ」と話されるものだと思うのですが、彼の場合は非常に冷静でしたね。
――息子さんは他にどんなことを話していたのでしょうか。
張江CP:最初は「二度とうちの親の事件を取り上げないで欲しい」ということと「二度と関係者には取材しないで欲しい」と言っていました。しかし、息子の父である松永太死刑囚は死刑判決を受けているので、「執行の際にはまた話題に上がる可能性もある。それはできない」と伝えました。その中であらためて「テレビ番組として事件を取り上げるうえで僕を探す努力をしたのか」ということを言われました。
――張江さんはどうして息子さんを探さなかったのでしょうか。
張江CP:加害者の息子という立場上、そっとしておいてあげた方が良いという風に思いましたし、実際息子の行方を探そうにも足取りが全くつかめなかったんです。
――それに対して息子さんは。
張江CP:「北九州市内で児童養護施設は限られた数しかないのだからそこからたどることもできたのではないか。本気で探す努力をしたのか」と。僕は当初(息子さんが)弁護士を立てて訴訟するというような話も覚悟していたのですが、そういう話は全くでなかったので不思議でした。そんな中で僕が彼に会いに行くことが決まり、北九州空港で待ち合わせをしたんです。
――はじめて会ったときの感想はどうでしたか。
張江CP:ドキドキしながらLINEで「着いた」と連絡したら「喫煙ルームにいる」と返ってきて、向かったところ1人の青年がそこにいました。初めて顔を見たときお互いニヤッとしたのを覚えています。「ようやく会ったな」という感じ。彼は缶コーヒーを差し出してくれて、不思議と初めて会うっていう感覚がなかったんですよね。
――息子さんに会うと決めたときには番組で取り上げようと考えていたのですか。
張江CP:いえ、僕はとにかく彼の話を聞きに行こうという感覚だったので、そういうつもりはありませんでした。ただ話を聞いていく中で「僕の番組じゃなくてもいいから、君の思いを出版したり週刊誌にぶつけてみたらどう?」という話をしたんです。そうしたら彼の方から「自分の心の中ではあなたに全て話すと決めている。(実際に張江さんと会って)腹が決まってきた」と言ってくれて。恐らく彼には「大人は裏切る」ということが根底にあるので、僕に対しても「張江も裏切るんだろう」というのがあったと思うんです。だからこの人にしゃべって大丈夫かなというのを会って確かめていたのではないかなと思います。
――息子さんが番組に出演することについて、家族からは反対されなかったのでしょうか。
張江CP:松永死刑囚をはじめ、緒方受刑者、そして同じ施設で育った実の弟さんにも反対されたようです。ただそれを振り切ってでも、彼自身ちゃんと「生きていく」ということを世に伝えたかったのではないかと思います。
――現在も息子さんは北九州に在住しているとのことですが、なぜ地元を離れようとしなかったのでしょうか。
張江CP:息子の中では「北九州から出よう」という発想がなかったようです。現実的な問題としてお金がない、知り合いもいない、という状況だったことが大きいのだと思います。彼にとっては小学校時代からの付き合いがある人たちがいる北九州で生きるという選択肢しかなかったのかもしれません。
――番組に出ることによって息子さんの身元が特定されてしまう危険性もあったと思いますが、その点についてはどういったお話し合いをされましたか。
張江CP:「もし身元が割れるようなことがあれば、僕は消えるしかないのかなぁ」というようなことは言っていました。また先日福岡でも番組が放送されたのですがその際には「九州で流せば何かしら起きる可能性がある」ということで事前に彼に放送をしても大丈夫かを確認しました。「特定されたら引っ越さないと」というようなことは言っていましたが、放送を許可してくれました。もう逃げたくないという気持ちが大きいようでした。
――放送を終えた今、番組に出たことについて息子さんはどのように言っておられますか。
張江CP:番組に出てすごく良かったと言ってくれています。視聴者の方に「ちゃんと生きている」ということが伝わったと。彼には若い方から年配の方までたくさんの方からエールが届いています。中には自分もそういう境遇だという方からの手紙もあり、全て彼の元へ届けています。
――放送後、張江さんと息子さんの関係性に変化はありましたか。
張江CP:ありません。近づきすぎず離れすぎずの不思議な距離感ですが、それが彼との付き合い方なのかもしれません。彼が具体的にどんな仕事をしているのかなど、あえてまだ踏み込まず、彼の方からいつか話してくれると良いなと思っていることもあります。今後加害者家族に関する活動を行いたいという構想もあるようなので、見守りたいと思っています。
――最後に、「ザ・ノンフィクション」の最大の強みはなんでしょうか
張江CP:同じ対象者を何度も取り上げられるところです。人間って成長もするし、老いてもいく。それを映像で伝えることができるというのはテレビならではの強みだと思いますし、ニッチなテーマにも取り組めるのが「ザ・ノンフィクション」だと思っています。また「昨日のザ・ノンフィクション見た?」と話題にしてもらえているということも聞いています。最近そういうテレビの話題が減ってきている中で、そんなことを言ってもらえる番組って今、本当に少ないと思います。番組に出演してくれる方は「自分の生き方に自信を持って人生を歩んでいる人」だと思っているので、これからも取材対象者と信頼関係を築きながらさまざまな人の人生を追い続けたいと思います。
(Kikka)
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