「不倫ものって、基本的に腹が立つんですよ」 不倫×SFマンガ『あげくの果てのカノン』完結までの作者の苦悩(1/3 ページ)
一途女子×不倫×SF。新タイプの“地獄”を切り拓いた同作の完結記念インタビューを実施した。
不倫。それは、時代を超えて取り上げられてきたテーマです。ドラマ「昼顔」をきっかけとした「不倫コンテンツ」ブームの吹き荒れるなか、不倫×SFというぶっ飛びすぎる切り口で話題のマンガが、『あげくの果てのカノン』(米代恭)です。一途なストーカー女子・かのんが、世界の危機おかまいなしに、だいすきな先輩・境を思い続け、恋の泥沼にハマっていく本作は、6月12日発売の5巻でフィナーレを迎えました。
ねとらぼでは、米代さんと担当編集の金城さんにインタビューを実施。連載の裏話から、二人の思わぬ関係まで、たっぷり聞きました。全3回、豪華出張掲載もアリでお届けします。
ねとらぼレビュー:いつの世も人は不倫にドハマリする 一途ストーカー女子が恋の泥沼に沈むSF
読者に「意味」を与えたくなかった
――このたびは最終巻刊行おめでとうございます。最近はどう過ごしていましたか?
米代恭(以下、米代): 最終話の作画が終わったのが2月で、その後はとにかく映画とお芝居を観まくってますね。締切に追われなくなった結果、朝起きれなくなりました(笑)。
――いち早く最終巻を手にとりましたが、まず目を見張ったのが、表紙に誰もいないということです。花畑の中に傘だけがあるという。
米代: 連載の中盤では「花畑で終わりたいな」と思っていて。空が真っ青で廃墟のなかに花畑がある、というイメージはずっと持っていました。ここに、かのんと境先輩が並んで立っているという案もあったのですが、それだと二人の関係に対してなんらかの「意味」が付加されてしまうんじゃないかという懸念が出て……。
――つまり二人が並んでる絵が表紙だと、ラストに対しての解釈に、余計な印象が加えられてしまうんじゃないかと。
米代: そうです。まあ、最終話の扉絵では二人が並んでいるんですけどね。あくまで『あげくの果てのカノン』全体の話をみたときには、最終巻をまっさらな気持ちで読んでいただきたくて、こうなりました。
――1巻から見守り続けてきた、かのんの恋の行方。境の妻・初穂との遭遇や、境の変貌、ゼリーの暴走……と、ここまでも怒涛の展開の連続でしたが、最終巻でもまた二転三転して、あのラストにたどりついたときは、心からホッとした気持ちになりました。
米代: 最終回は、本当に大変でしたね。こんなにボツを食らったことはないというくらい、ネームが通らなくて。本当にのばせない最後の最後のリミットが2月14日だったのですが、作画を始められたのが2月7日でした……。1週間で描いたんです。
――それは、展開が決まってなかったということですか?
米代: 4巻が出るあたりのころに、そこから最終話までのプロットを一応考えていたんですが、決めた次の月から全然違う展開になって。だから、最終話もその前の話も、本当に直前にひねりだしたような状況でした。
――担当編集の金城さんとしては、何が気になっていたんですか?
担当編集・金城(以下、金城): 全然おもしろくなかった……。
――率直(笑)。
金城: 打ち合わせでは「絶対おもしろいよ!」と盛り上がった内容が、ネームだとパワーダウンしてしまっていたんですよね。でも、何度も考え直してもらったおかげで、かのんの生き方に対しての解像度がさらに上がっていって、いい最終回にしていただけたように思います。
「パワーパフガールズ」で抱いたトラウマ
――かのんたちが迎えた結末の詳細はぜひ本編を読んでいただくとして……。登場人物たちの心情のうつりかわりや、表情のディテールが素晴らしい「カノン」ですが、5巻では1ページめくるごとにキャラクターの顔つきが変わっていくようなスピード感がありました。
米代: かのんも境も、1巻のころと本質が変わったわけじゃないんです。むしろどんどん彼ららしくなっていった。境はとくにそうですね。5巻の彼は、本当にやりたいことしかやってないです。
――境、4巻ではキャバクラにも行ってましたしね。やりたい放題でした。
米代: あれは境が、かのんからも心変わりしてしまっている様子を描く必要があって。でも、新しい女性キャラを出すのはちょっと……と思っていたときに浮かんだアイデアでした。
――あー、キャバクラだと不特定多数の女性キャラが出せる。
金城: 打ち合わせで、「境がピザめちゃくちゃ食べてたらおもしろいよね!」とか盛り上がった記憶があります。
米代: そうそう、大食いになっていたら、気持ち悪くておもしろいんじゃないかと考えて。
――1巻で、かのんが境の「変化」を拒絶するシーンでも、食べ物が印象的に使われていました。肉が嫌いだったはずの境がハンバーガーを頬張ろうとするのを、かのんが思わず止めてしまう。
米代: 自分がモスバーガーを食べるときに、「すごく汁が出てベタベタしていていやだな」と思っていた経験が反映されています(笑)。ごはんを明るい描写で描けないんですよね……。私、海外のカトゥーンアニメがすごい苦手なんですよ。キャラが3頭身で色が派手で、ものすごくデフォルメされているのに、ディテールに生々しいリアリティがあるのが、ダメで。
――日本のアニメとは、色や感触の表現がちょっと違いますよね。
米代: そのなかで唯一「パワーパフガールズ」だけは好きだったんですが、たしかある回で、キャラがグリーンピースを食べるときに、フォークで豆をつぶす過程がものすごくスローモーションで描かれていたんです。それがめちゃくちゃ気持ち悪かったのが、今でも脳裏にこびりついていて、食べものの描き方に影響しているかもしれません。
食事に限らず、モノや顔を妙にアップにするなど、「違和感」をかもしだす描写には力を入れていますね。荒木飛呂彦さんの短編『死刑執行中脱獄進行中』のコマ割りをかなり参考にしました。。
人間が病む話を描いてもつまらない
米代: そういえば境に関しては、金城さんから「境に悩んでほしくない。彼が苦しんでいるのを読みたくない」と言われて、それも頭にありました。
――それは……境のことが好きだから?
米代: いや、「人間を両天秤にかけている男の苦しみとか、読みたくない」って。
――納得です(笑)。読者としても、そこで悩むような人間だったらつまらないというか、そうじゃないからこその境の魅力があるなと思いました。
米代: 私の個人的な好みなんですけど、人間が病む話を描いてもつまらないなと思っていて。人間って、病んでいくと、どんどん“閉じ”ちゃうじゃないですか。キャラが病むような展開にするくらいなら、ひらきなおって、自分の気持ちいいほうや健康的なほうを選んでいって、でもその結果いろいろな人間関係がずれていったり世界が危機に陥っていったりしていくのを描くほうが、私は楽しいんですよね。
――連載初期の米代さんは、歳の近いかのんに自分を重ねて、「かのんみたいなやつが愛されるわけないのに、愛されていてずるい」という感情まで抱いたとか。でも話を追うごとに、境はかのんから離れていくし、かのんにとって閉じていた世界は、残酷なまでに広がっていきますよね。今はかのんのこと、どう思ってますか?
米代: 今は、自分とはまったく別の人間として見ることができていますね。連載の途中では、もはやかのんのことが本当にわからなくなった時期もあったくらい。ネタ帳にも苦労の跡があります……。
――もしかして、これ全部『あげくの果てのカノン』についてのノートなんですか?
米代: そうですそうです。とにかく思いついたことを書き出して、話をつくります。マンガ3〜4話ぶんの内容を練ると、ノート1冊使い終わるかな。終盤のノートはこれなんですけど……、かのんに対して、「突き抜けて悪!」とか「背徳感を上げる」って書いてある(笑)。
――確かにかのんは、どんどん「悪い人」になっていきますよね。1巻のころから「既婚者への恋慕」という「悪」には手を染めていたわけですが、妻の初穂にそれがバレても戻れなくって、突き進んじゃって、どんどん感情移入できなくなっていく。
米代: 不倫という状況においては、「何もしない」ことがベストな選択なので、踏み込んでいったかのんは、悪くなっていかざるをえないですよね。「カノン」のために不倫ものをたくさん読んだり見たりして気づいたんですが……不倫ものって、基本的に腹が立つんですよ。
――それは、世間のモラルに反してるから?
米代: 法律がどうとか他人から見てどうとか、そういうことよりも、「人を天秤にかけている」感じが、どうしてもムカつくわけです。
――金城さんが「境の悩みなんて読みたくない」と言った話に通じますね。
米代: でも、そうやって不倫ものに接しているなかで、自分が気持ちよく見ていられるキャラクターについて掘り下げていったら、それはやはり、欲望に忠実な人間ばかりだったんですよね。だから、かのんにもそういう道を選んでもらった面はあります。
――感情移入はできなくなっていったものの、かのんに対して嫌悪感はわかなかったですね。「どこまで行くの!?」と、少し離れて応援したい気持ちになりました。
米代: 不倫と関係なく、「例えどんなことが起こっても先輩しか選ばない」キャラクターであることが、「カノン」において一番強固な縛りなんです。友達に止められたり、別の人に好かれたりしても、「でも先輩が好き」というところに必ず戻ってくる。まるでプログラミングされているかのように。どんなときでも、それを基準に物語を動かしました。1巻からすると遠くに来たように思えるかもしれませんが、かのんという子は、最初から変わっていないんです。
(つづく)
出張掲載:『あげくの果てのカノン』第1話
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