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» 2018年09月08日 11時50分 公開

「バーフバリ」監督作品「マガディーラ 勇者転生」レビュー 日本向けディレクターズ・カットで失ったもの

待望の日本公開。

[将来の終わり,ねとらぼ]

 「マガディーラ 勇者転生」がついに日本でも公開された。「バーフバリ」シリーズを手掛けたラージャマウリ監督の代表作で、2009年にインドで大ヒットを記録した作品だ。


「バーフバリ」監督作品「マガディーラ 勇者転生」レビュー 日本向けディレクターズ・カットで失ったもの 絶賛上映中/(C) GEETHA ARTS, ALL RIGHTS RESERVED.

 ラージャマウリ監督にインタビューさせていただいた4月、「マガディーラ」と「バーフバリ」の関係性について触れる機会があった(関連記事)。というのも私にとって「バーフバリ」の魅力は「マガディーラ」にも見られる強く気高い主人公、古代インドの圧倒的なスケール感にあったからだ。

 「バーフバリ」でインド映画の魅力に取りつかれた人の中には、同監督の「マッキー」をご覧になっている方も多いかと思う。こちらは現代を舞台にしたユーモラスな恋愛模様、三角関係を描いた作品だった。本作「マガディーラ 勇者転生」は「バーフバリ」のスケール感、「マッキー」のキッチュなラブロマンス両方を詰め込んだ、まさにそれぞれの原点といえる作品になっている。



 「マガディーラ」では「バーフバリ」を思わせる古代インドを舞台に、二人の男女の死別が描かれる。身分違いの恋の末に悲しい結末を迎えてしまった歴戦の勇者バイラヴァと、姫ミトラ。思いは叶わず、崖の祭壇から墜ちていくふたり。結末を先に持ってくる筋の運び方に、彼らはどうしてこのような結末を迎えてしまったのか? という期待をもつ観客の前に現れるのは「400年後」の字幕である。400年である。

 舞台は現代インドに移り、ガラッと変わった色彩のなか始まるのは突然のフリースタイルモトクロス。バイクをふかし、ジャンプ台を跳ねまわり、その後10分近いダンスをノリノリで踊りこなすこの男こそラーム・チャラン。400年前に死んだバイラヴァと現代に転生した姿・ハルシャを演じる、テルグ映画のトップスターだ。


「バーフバリ」監督作品「マガディーラ 勇者転生」レビュー 日本向けディレクターズ・カットで失ったもの 迫力のモトクロスシーン

 2つの時代でのテンションの変わりっぷりに混乱しがちだが、こうした映画は珍しいわけではない。インドでは「輪廻もの」といわれる映画が定期的に作られており、例えば2007年に製作され、日本では2013年に公開された「恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム」もタイトルから分かる通りに同ジャンルの作品だ。

 前世で報われなかった恋路、築けなかった友情、そして果たせなかった復讐。それらを現世で果たすというこの物語、古くは1949年の「Mahal」、1958年の「Madhumati」にまでさかのぼる。生まれ変わりという題材は洋画では「リーインカーネーション」や「記憶の棘」といったスリラー映画に使われる傾向があるのだが、そこを活劇ラブロマンスに仕立て上げてくるのはさすがインド映画、といったところである。


「バーフバリ」監督作品「マガディーラ 勇者転生」レビュー 日本向けディレクターズ・カットで失ったもの 400年前に非業の死を遂げる2人

 転生した2人だが、当然400年前の記憶はない。しかし指先が触れ合うたびハルシャの体には電流が走り、当時の記憶の断片が脳にフラッシュバックする。彼女こそが“運命の人”だということのみを思い出すハルシャ。インドゥ(転生後のミトラ)もハルシャに対してまんざらではなく、ふたりはやがて親公認の中になる。

 そこに割り込んでくるのがインドゥの従兄弟・ラグヴィールだ。彼こそが前世において彼らの仲を引き裂いた諸悪の根源・ラナデーヴの転生した姿であり、その裏の顔はマフィアのボス。金と権力をふりかざし、身内であろうと容赦なく殺す、欲しいものは何がなんでも奪い取る男である。こうして前世と現代が入り交じる恋物語が繰り広げられる。

 2009年の作品ということもあり、一部のCGや合成は「謎映像」といわれているように稚拙な部分もある。だがそれを補って余りあるほど本作を魅力的にしているのが、400年前の古代インドに実在感を与えているすさまじい美術、役者同士の掛け合いが見せるアンサンブル、そして個々人の演技だ。


「バーフバリ」監督作品「マガディーラ 勇者転生」レビュー 日本向けディレクターズ・カットで失ったもの 一部ぶっ飛びの映像となっている

 冒頭1時間、運命の人を探し続けるハルシャとそれをからかい続けるインドゥのシーンは見ているだけで笑いがこみ上げるほど愛らしい。そしてバイラヴァの死に居合わせるカーンを演じたスリハリである。2013年に惜しまれながら亡くなったテルグ映画の名優については、表情1つでこれほどまでに心の動きが出せるものかと感心した。

 最後は何よりラーム・チャランが魅せる1人vs100人、圧巻の殺陣である。某大作映画を思わせてしまうところも確かにあるが、「バーフバリ」で度々見せた見栄を切るような独特の動きなど、監督のオリジナリティーを感じさせてくれた。オールキャスト、スタッフ総出で送るエンドロールに至るまで、隅々に見どころがつまったアクションあり、娯楽あり、感動ありの見事な作品である。のだけれど……。

※以下、本編に関するネタバレが含まれます。


 本作、日本公開に合わせカットされたシーンがあまりにも多いのである。「監督自らが編集した世界初公開のディレクターズカット版」といえば聞こえはいいものの、いささかこれは削りすぎではないかと思う。私が見たテルグ語版DVDに収録されているのは157分と少し。20分近くが削られている計算になる。

 細かいカットの差し替えやちょっとした会話の削除、ダンスシーンの再編集、インド公開時がインターミッション(休憩時間)を挟む構成であることからくるつなぎのシーンを除けば、カットされた部分は全て現代パート。シナリオの前後などの流れは変わっていない。詳細は以下の通りだ。

  • 1, 初めてハルシャとインドゥが現世で会ってカブに乗り、「ここがインドゥの家」と告げて全然違う家に連れていくコメディーシーン全編
  • 2, ハルシャが不良を懲らしめたあと、インドゥが恋心を歌い上げるダンスシーン全編
  • 3, 現代に戻り、ソロモンに介抱されたハルシャが酒に酔い、踊り子をインドゥと見間違えながら踊るキレキレのダンスシーン全編
  • 4, ハルシャとソロモンが協力し、ラグヴィール一味と呪い師のもとからインドゥを連れて脱出する活劇シーン丸ごと全て

 1つ目についてはそこまで重要なシーンではないため、カットされたとしても理解できる。2つ目、特に3つ目は尺の関係からして苦渋の決断として削るのもありだろう。だが4つ目だけはなんとしてでも本編に入れてほしかった。前世の輪廻は三人のみに巡るものではない。彼もまた誓いを前世で果たせなかった男の1人である。彼が真の意味での大活躍を見せるのは本編ラストだけではなく、このシーンなのだ。

 「バーフバリ」も本国版と比べ、当初日本で上映されたグローバル版は前後編合わせて約50分間のシーンがカットされていた。とはいえ、日本で長尺のしかも前後編のインド映画をフルバージョンで配給するのはさすがにむちゃだったという事情は理解できる。「バーフバリ」では確かに勝負が必要だったのかもしれない。だが「バーフバリ」でこれだけ話題になった後なのだから、本作はなんとしてでも最初からフルバージョンで流してほしかった、と思ってしまうのは欲の出しすぎだろうか。

将来の終わり

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