ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
思い起こせばここ1年ほど、社主として東京に来る機会が増えていて、ある時は日本テレビに呼ばれたと思えば、またある時は文化庁メディア芸術祭の授賞式に招かれたり、はたまた“誤報”謝罪会見を開くべく慌ててお台場に駆けつけたり、数えてみるに、最近は2カ月に1回くらいのペースで東京行きの新幹線に乗っています。ただ、それ以前に東京に来たことはほとんどなく、社主の記憶が確かなら、おそらくそれまでの過去10年では1回ほどでした。関西人である社主にとって、東京というのは「〜じゃん?」な土地でしかなかったのです。
本紙サイトを開設した10年前、社主はまだほとんどネット文化に毒されてなく、サブカル的なことと言えばせいぜいマンガを読むくらいのものでした。それが今こうしてネット文化の片隅に居場所をもらえる程度にまで親しむきっかけとなったのは、ここ「ねとらぼ」(ITmedia)と、その前身であるIT系情報サイト「ZDNet」だったのです。そう考えると、今こうして「ねとらぼ」でマンガ紹介を書かせてもらっているというのは、何とも感慨深いものがあります。
昔より情報格差はかなり縮まったとは言え、滋賀に居を構える社主にとって、「ねとらぼ」が日々伝えるようなネットカルチャーの中心はやはり東京。「ニコニコ超会議3に熱湯風呂が!」とか言われても、地方民にとっての第一声はやはり「遠くて行けねえよ!」なんじゃないでしょうか。あるいは本連載を読むマンガ好きの読者のみなさんなら、「XX先生サイン会」と聞いて、「キタ!」と思ったのに、「場所:池袋○○書店にて」というのを見てガッカリするというのも、割とよくあることなんじゃないかと思います。
そんなネットでの身近さとリアルでの遠さにジレンマを感じるのが、地方在住あるあるだったりするわけですが、そういったネット文化の中でも特に「アキバ系文化」というのは、地方民にとってなかなかその実感がつかめないものの1つ。「オタクの聖地」とか「メイド喫茶」とか、そういうイメージとして分からなくはないのだけど、本当にポスターの筒が何本もはみ出たリュックを背負い、頭にバンダナを巻いた迷彩服の御仁や、「デュフフコポォ」な拙者が街を闊歩しているのか――。正直なところどこまでが本当で、どこからが誇張なのかよく分からんといった印象なのです。
今や「ネット文化=アキバ系文化」というわけでもないですが、それでも社主が東京に行くたび、ほぼ毎回秋葉原に立ち寄るのは、今どんなマンガが流行っているのかというのを知るうえで、この地に構える各マンガ専門店の動向を無視することはできないからです(ちなみに秋葉原の書店を訪れると、いわゆる「萌え4コマ」の充実具合に少し驚きます。普通の書店がこのジャンルをこれほどまでに推すことは少ないので、やはりここは少し特殊な土地柄なのだな、と)。
アキバ系ラブコメという矛盾

さて、前置きが少し長くなりましたが、今回はそんなアキバな本屋さんを舞台にしたマンガをご紹介。「コミックフラッパー」(メディアファクトリー)にて連載中、水あさと先生の「デンキ街の本屋さん」(1〜6巻、以下続刊)です。
本作の舞台になるのは、とある日本のデンキ街にあるコミック専門書店「うまのほね」。ここで働くひと癖ふた癖ある男女たちによる、いわば「アキバ系ラブコメ」という感じの作品です。
「おい、ちょっと待て」と。そんな声が聞こえてくることは想像に難くありません。確かに「アキバ系ラブコメ」という言葉自体、ある種の矛盾を含んだ概念で、アキバ系男女がキャッキャウフフとイチャコラしていて、果たしてそれを「アキバ系」と呼んでいいのか、と。むしろそういうリア充なやつらに対して「もげろ」という気持ちを抱いてこそのアキバ系ではないのか、と。
本作に登場する「うまのほね」を中心とした面々は、その点では絶妙なバランスで関係が成り立っています。この「もげそうでもげない」秀逸なストーリー展開もまた本作の特徴でもあります。
「うまのほね」で働くのは、オールラウンドなアキバ系「海雄」、マンガ知識に精通している「ソムリエ」、フロアのリーダーでビデオ撮影好きな「カントク」の男子勢3人と、非オタの「ひおたん」、マンガ家の卵「先生」、ゾンビ好き「腐ガール」、カメラ好き「カメ子」の女子勢4人の計7人。
こうして軽く紹介したところからも分かるように、メンバー全員が何かしらのオタク趣味を持っています(ちなみに当初は非オタだったため「ひおたん」と名付けられたひおたんも、その後まもなくBLに目覚めてしまいました)。本作はそういう「自分の趣味については冗舌・積極的なのに、恋愛に関しては全くの奥手」という、まさにアキバな人たちの恋愛を上手く描いていて、本作が単純にもげろ展開にならないのは彼ら自身に問題(?)があるからに他なりません。
さて、彼ら彼女らのラブな部分に目を移すと、社主だけでなく本作のファンが今最も注目しているのは、海雄と先生の関係ではないでしょうか。海雄がうまのほねで働く前から気に入っていた同人マンガ家・ジョナ太郎の正体が先生であったこと、またそれなりに絵が描ける海雄が先生の同人原稿を手伝ったことがきっかけで親しくなった2人。

けれども先生は、本人が最も気にしている女子力の低さのため、なかなか積極的になれず、海雄も海雄で先生の気持ちをまだ真正面から受け止めていない、傍から見ると明らかに相思相愛で「お前らもう付き合っちゃえよ」と言わずにはいられないのに、そうはいかないこのじれったさこそアキバ系恋愛の姿なのでしょう。
こういう「本人たちはいたって真面目なのに……」というのはコメディにもなりやすいところで、特に「先生の女子力」ネタは社主も大好きです。1巻の巻末描き下ろしのあたりから、すでに先生が自分の女子力の低さを気にしている描写はあったのですが、女子力そのものを具現化したようなラノベ作家「つもりん」の登場、そして3巻巻末の先生の隠し撮りエピソードでその衝撃の生態が発覚して以降、先生の女子力ネタは鉄板のものとなりました。これは勝手な推測ですが、水あさと先生も「女子力」回に関しては、いつも以上に悪ノリしながら描いているような気がします。それほどこのネタには勢いがある。これからも先生には女子力の神髄を、どんどん間違った方向へと突き詰めていってほしいものです。
本屋さんの裏側も分かる1冊です

さて、冒頭で地方民にとってのアキバ系文化について少し触れましたが、本作はそのタイトルにもあるように「デンキ街の本屋さん」という仕事について、一般人がよく知らない裏側についても教えてくれます。
手書きのPOPを添えたり、季節のテーマを設定したりするなどお客さんを惹きつけるための棚作り、大型特典付きコミックへの手作業でのビニール掛け(シュリンカーを通らないため)、大規模な同人誌即売会のあとに待つ山のような新刊処理と押し寄せる黒山の人だかりなど、こういう独特の光景はなかなか知ることができません。本作はそういった普段感じることのできないデンキ街の本屋さんの雰囲気を楽しみながらうかがい知ることができる貴重な1冊でもあります。
これは虚構新聞の解説員として知られる坂本義太夫教授の入れ知恵なのですが、平安時代の女流文学「更級日記(さらしなにっき)」の著者・菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)は、当時田舎だった東国・上総に住んでいた頃、母やその友人から漏れ伝え聞く「源氏物語」の存在を知り、それら物語文学を山ほど読むことができる都を夢見て、自作の仏像に日々「都に引っ越したい」と祈っていたそうです。
「新刊発売を記念して、水あさと先生のサイン会が秋葉原・うまのほねにて開催」のような苦い経験を何度も味わってきた社主としても、彼女が仏像を彫ってまで都への引っ越しを願う気持ちは十分に理解できます。
「デンキ街の本屋さん」には千年経っても変わらぬ、そういった都の文化への憧れを引き起こさせるだけの魅力が詰まっています。実際この1年、秋葉原に出かける機会が何度もありましたが、本書で先にその雰囲気を知っていたおかげで、いっそう彼の地を楽しめているように思います。
あと今回アキバなネットスラングをちりばめながら書いてきましたが、ねとらぼ編集部はかつてネット文化にうぶだった社主がここまでスラングを使えるようになってしまった責任を取ってください(編注:(´・ω・`)知らんがな)。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。

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