
赤じゃない、黒いサンタがやってくる
クリスマスは誰にもやってくる〜な季節になりました。ほんといやですね。誰がクリスマスを性夜にしたんだ。家族で祝うもんでしょうに! キリストの生誕のこととか誰も考えてないだろ! てか正確にはキリストの誕生日でもないんだぞ! 一体なんなんだクリスマス!
そして独身の大人になると、普通に仕事が入っていてクリスマスどころじゃなかったりします。クリスマスよりも、お金と時間と安定がほしい。
今回は中村光『ブラックナイトパレード』から、就職難で艱難辛苦の日々を送る日野三春くんをご紹介。彼には、現代日本の若者の苦しみが凝縮されています。
練馬北口コンビニバイトの悪夢
三春は、大学受験に失敗し、就活もうまくいかず、コンビニ「練馬北口ポーソン」でバイト3年目。
一緒のシフトの皇帝(カイザー・キラキラネームです)は、普段から仕事をサボり、廃棄弁当を食い荒らす問題だらけのダメバイト。なのに彼にはかわいい彼女がおり、就職先も決まり、誰からも叱られない。
カイザーの悪事を全部引っかぶせられる三春。話を聞いてくれない店長に、理不尽に叱られ続ける日々。

世の中は残酷。彼はここからまだ不幸になります(1巻)
三春は「ちゃんと食っていける」「住むところがある」「親にも愛されている」という点では、まあまあ幸せな人間。でも、人間の心は最低限の生活だけで満たされるわけじゃない。自分を認めてくれる居場所がない、というのは、時に生きることがつらくなるくらいに地獄です。
「仕事があるだけいいっスよ! ブラックでもぉ!! 仕事が多いって……必要とされてるってことじゃないっスか」「ブラック企業でも全然いい……内定ほしい……」
黒いサンタクロース
ハロウィン、正月、バレンタイン、夏祭り、そしてクリスマス。誰かと楽しむイベントごとは、特にその「幸せ格差」を浮き彫りにします。場合によっては地味なやつらが、幸せなやつらを引き立てるという状況が発生してしまう。カイザーがデートするために、一人残されその分まで働くことになった三春の気持ち、見ていてほんとに泣けてくる。
ただ、クリスマスは「誰にでもやってくる」のが、他のイベントと違うところ。ドイツを中心に西洋では黒いサンタクロース(クネヒト・ルプレヒト)がやってくる伝説があります。赤いサンタは良い子にプレゼントを配って回る。黒いサンタは悪い子にお仕置きをして回る。石炭とじゃがいも、臓物を部屋に置いて行き、もっともっと悪い子はムチでお仕置きの上、袋に詰めてさらわれる。なまはげみたいなものなんだけど、トラウマレベルが段違い。
三春はクリスマスの夜、ホルモンを煮込んでいる黒いサンタクロース・クネヒトの袋に飲み込まれ、気づけば北の国で手伝いの仕事に就くことに。月給30万に三食寮付き休日付きボーナス残業代昇給あり……あれ、ホワイト企業就職では? おめでとう!

条件悪くない。むしろ最高?(1巻)
子どもを微妙にがっかりさせるお仕事
三春が担当することになったのは、「黒いサンタがちょっと悪い子にあげるプレゼントのがっかり具合を適切に審査する」仕事でした。黒いサンタでいうところの、石炭に該当するもの。
たとえば携帯ゲーム機が欲しかった子。クリスマスプレゼントにソフトとセットでゲーム機をもらいました。でもそのソフトが最新作の「4」じゃなくて一作前の「3」だったら……う、うれしいけど、文句言いづらいけど……そうじゃないんだ! これががっかり指数25(数字が大きいとがっかり度が高い)。

1コ前のヒロインの衣装……4歳でも複雑な顔になるヤツ(1巻)
三春はコンビニバイト時代に、カイザーに散々な目(いじめではないのがミソ)にあわされてきたため、人がどのくらいでがっかりするのかを熟知しているという才能がありました。だからブラックサンタの石炭係は、適任中の適任。そんな技術欲しくなかっただろうにね。
赤いサンタになる資格
1巻は次々トンチンカンな出来事が起きる、ドタバタコメディです。イケメンで頑張り屋の鉄平、すごくかわいいけどどこか変な志乃という同僚もできます。

ふわふわキュートな外見と裏腹に、仕事になると子どもの情報を暴きまくる怖いお姉さんと化す志乃さん(1巻)

とっても真面目で仕事に熱心、そして優しい完璧イケメンの鉄平。結婚したい(1巻)
それにしても、1巻ではいろいろ謎が多すぎる。なぜ彼が黒いサンタの仕事をする羽目になったのか、赤いサンタはどうなったのか、この会社は一体なんなのか。ほとんど突拍子がないというくらい。
でも、2巻以降で、怒涛(どとう)のように事実が明かされ、作中に出てくる冗談のようなネタが、いっぺんにつながっていきます。
飾られていた赤いサンタの服のベルトに引き寄せられたことで、三春が赤いサンタになる資格があることが判明。彼が3年働いていた超激務ブラック環境の「練馬北口ポーソン」は、クネヒトたちの幹部候補育成施設で、三春はすでに育成された超エリートサンタ候補だった。フラグ立ちまくり。

子供の頃の曖昧な記憶。赤いサンタに出会ってたのでは?(2巻)
話は過去に戻り、三春が3歳の時、赤と黒の二人のサンタに出会っていたことも描かれます。もらったプレゼントはチタンで作られたブラックカード。おもちゃだと思いこんでいたけど実は本物、しかも使った額は1000万。払った記憶はないけれど……さすがにこれは、サンタと無関係とは言えない。
その他にも、“宅配業”だった父親が死んだのがクリスマスイブだったり、やっかいなあいつが施設に教官としてやってきたり(彼も練馬北口ポーソンのエリートですしね)、志乃ちゃんも赤いサンタに出会ったことがあったり。

ちょっと不思議な三春の趣味(2巻)
三春はパソコンに、老若男女数多くの人の、ネットショップの「ほしいやつリスト」をブックマークしています。「インスタとかFBみたいな演出されたSNS見てるより、ほしいやつリストの方が楽しいよ。その人の望みって、その人そのものだと思うから」。普通じゃないこの趣味も、物語の謎を解く鍵になっています。
サンタとSNSと承認欲求
イベントごとって、人の承認欲求を満たす側面が大きいと思う。
たびたび作中に出てくるインスタやFacebookネタ。「インスタ映え」という言葉は、「事実そのものではなく、人に見せるための写真」が撮れているかどうかの表現。クリスマス写真のアップなんてまさに、私たちは幸せですという対外アピール。ほんとに幸せならわざわざ見せびらかさなくていいんだから。
良い子はクリスマスに親に褒めてもらえます。インスタやFacebookもまた、褒められるために写真を載せ、意識高い系の褒め言葉をお互いに投げかけ合います。
三春も当初は、就職して認められたいと、プライドゆえに苦しみ続けていました。黒いサンタのもとで働きながらも、Facebookにあげた写真の「いいね」数をチェックする日々。

サンタになって、気づくこともある(2巻)
でも、サンタの手伝いの適性試験に合格した時は、写真はアップしませんでした。「人から見られて、うらやましがられたい」欲求は、必ずしも心を満たしてくれるわけではない。
頑張ったって、認められるとは限らない。ずっと人から与えられたかった三春くん。これから与える側になれるのでしょうか。
(C)中村光/集英社
(たまごまご)
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