最初は空母ではなく「巡洋戦艦」でした。
「日本軍からの直接攻撃で沈んだわけではなかった」 レキシントンが沈没した理由
レキシントンは世界初の空母戦となった珊瑚海海戦で、太平洋戦争初期の1942年5月8日に沈んでしまったことから、「全然活躍していなかったのね」「弱かったのね」などと思うかもしれませんが、それは違います。開戦直後から珊瑚海海戦までは生き残った数少ない主力艦として、日本の拠点があったラバウルや日本の領土である南鳥島にゲリラ的奇襲攻撃を仕掛けるなど、不利な状況でも積極的に戦いを挑みました。


最後の戦いとなった珊瑚海海戦でも、日本軍の攻撃で受けた被害は爆弾2発と魚雷2本の命中に過ぎませんでした。大型空母のレキシントンならば、その程度の被害で致命傷にはなりません。実際、日本軍の攻撃が終わった後も24.5ノットで航行し、日本軍を攻撃して、日本海軍の空母「翔鶴」を撃破して帰ってきた味方の航空機を全て着艦させています。





しかし、魚雷が命中した衝撃で載せていた航空機の燃料タンクに亀裂が入り、燃料が漏れ出してしまいます。その燃料が気化し、密閉した艦内で数度にわたって爆発したのです。レキシントンは17時7分に総員退艦を発令し、その20分後に中央部で大規模な爆発が起きて致命傷に。20時、完全に沈没しました。この致命傷となった爆発は、搭載していた航空機用の魚雷が誘爆したと考えられています。
珊瑚海海戦の詳しい経過は米海軍公式戦闘報告書「Battle of the Coral Sea 29 April 8 May 1942」や、日本海軍の戦闘詳報「昭和17年5月4日〜昭和17年5月10日 軍艦瑞鶴戦闘詳報 (珊瑚海海戦に於ける作戦)」で確認できます。
さらに、レキシントンの受けた被害の詳しい状況やその後の対策は、米海軍の公式報告書「USS Lexington (CV2) Loss in Action Coral Sea, May 8, 1942」に書かれています。







なおこの2年後には、同じエンクローズド・バウを採用した日本の空母「大鳳」が、マリアナ沖海戦で同様に魚雷が当たった衝撃で漏れた気化ガソリンの爆発で沈んでいます。
写真:Naval History and Heritage Command
長浜和也

IT記者は仮の姿で本業は船長(自称)。小型帆船を三浦半島の先っちょに係留する“一人旅”セイラー。伊豆諸島を旅するため、学連経験やクルー修行をすっとばして、いきなり1級船舶免許を取得してヨットに乗りはじめて早20年。かつて船で使うデジタルガジェットを紹介する不定期連載も。