雑誌やWeb媒体に寄稿したり、本を出版したりして生計を立て始めて6年目。深夜0時過ぎでも週刊誌の編集者から電話がかかってくるし、入稿に朝方までかかることもある。飲んでほろ酔い気分になっていたところに仕事の電話がかかってくると、一瞬でテンションを仕事モードに戻さねばならない。常にスマホとPCは手放せない。
何時から何時までと具体的に決まった働き方ではないため、オン・オフの切り替えが難しい。ふと思いついたときに、突然デスクに向かってカタカタと原稿を書き始めることもある。業界では若手と言われてはいるが、年齢はもう31歳。正真正銘の大人であり、小熟女一歩手前だ。
そんな多忙な日々から解放されるささやかなひとときが銭湯のサウナ。2年ほど前まではサウナなんて全く興味がなかった。しかし、仕事でたまたまサウナの専門家、その名も「サウナー」のヨモギダ氏を取材したことをきっかけに、私のサウナ人生の扉がミシミシと音を立てて開いたのである。パーンと勢いよく開いたわけではない。初めてのサウナはただただ熱く、3分も入っていられなかった。汗が吹き出る前に限界を迎え、サウナ室の重い木製のドアを押し開けていた。

サウナの良さが分からないまま、2週間に1回、銭湯のサウナに入る生活を続けた。そして約3カ月目、ようやくその扉はじっくりゆっくりと開いたのだ。いつの間にか汗をかきやすい体質に変わっている。汗腺が開きやすくなったことにより、老廃物が流れ出し、入浴後に再び汗をかいたとしても、ドロドロの不快な汗ではなく、サラッとした水のような汗が浮き上がり、すぐに乾く。肌もツヤツヤだ。
その頃にはサウナ室内に10分近くいられるようになった。そして、何といっても、サウナ後の水風呂が最高だ。頭が冴え渡る。冷たくて絶対に入れないと思っていた水風呂だったが、躊躇(ちゅうちょ)せずに一気に頭から冷水を被って汗を洗い流し、ドボンと浴槽に入る。サウナとは違い、水風呂の快楽への扉は勢いよくパーンと音を立てて開いた。
かくして私は立派な女子サウナーとなった。仕事の合間をぬって通っているのは、近所の夫婦が経営している銭湯のサウナ。銭湯にいる間だけはPCやスマホから離れられる。そんな銭湯生活を始めた私だが、圧倒的に高齢者が多いと毎回感じている。

その日もいつものようにサクッと衣類を脱いで浴場へ向かおうとしていた。脱衣所にはいつもの顔ぶれの老婆たちがおしゃべりに興じている。そんな中、とある老婆の声が響いた。
老婆A「お姉さん、今日は早いのね」
お姉さん???
この脱衣所にいる女性の中で一番若いのは私なのではなかろうか。周りを見渡すと70〜80代の老婆ばかりだ。はっきり言って、60代以上の人間の年齢は男女ともよく分からない。きっと、老人から見ても若い人はみんな20〜30代に見えているように思える。
さて、この「お姉さん」という呼び掛けは私に向けた言葉なのだろうか。戸惑っていると、その問いかけに返答があった。
老婆B「そうなの、今日は早く来てみたの」
返事をしたのは推定80歳超えの老婆だ。ここでは80歳でも「お姉さん」なのだ。ちょっと待って。80歳でお姉さんならば、31歳の私は何者なんだ? まさか、幼女? そう考えながら頭や体を洗って湯船に浸かり、サウナ室の扉を開けた。いつものごとく、テレビを見ながら汗を流す。「笑点」が始まった。私以外に2人、60代ほどの女性も体育座りをして汗を流しながらテレビに見入っている。
液晶画面の中で繰り広げられる大喜利に、思わずふふっと笑う。他の2人も同じく笑う。
しばらくすると大量の汗が吹き出し始めた。そろそろ水風呂を味わいたい。立ち上がって木製の扉を開けた。そして、水風呂。ピシッと体の中から引き締まる感覚。数十秒間浸かり、水風呂から上がると、浴室の外にあるちょっとしたベンチに座って外気浴。サウナ→水風呂→外気浴。この流れが正しいサウナの入り方だとヨモギダ氏に習った。3〜4回ほどこの行程を繰り返し、シャワーを浴びて脱衣所へ戻った。
服を着てドライヤーをかけていると、とある老婆からの視線に気づいた。じーっと私を見ている。なんだろう……。何か私、マナー違反でもしていて怒られるのかな。そう思ったとき。
「お嬢ちゃん、良い髪色ね。私もやってみたいわ」
老婆が口を開いた。当時、私は髪の毛の内側だけブリーチをして、その部分を緑色に染めていた。それよりも、私は「お嬢ちゃん」なのだ。お姉さんではない。
「あ、ありがとうございます」
他にもこの老婆は何か語りかけていたが、ドライヤーの音にかき消されてよく聞こえなかったため、とりあえずニコニコしておいた。
31歳のお嬢ちゃん。働き盛りのお嬢ちゃん。スマホをロッカーに投げ入れて、強制的に連絡を遮断するお嬢ちゃん。汗と一緒に嫌なものを全て浄化させるお嬢ちゃん。私がお姉さんになるのは、まだまだ先だ。


姫野桂
フリーライター。1987年生まれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒業後、一般企業に就職し、25歳のときにライターに転身。現在は週刊誌やウェブなどで執筆中。専門は性、社会問題、生きづらさ。猫が好き過ぎて愛玩動物飼養管理士2級を取得。著書に『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)、『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)
TwitterID:@himeno_kei
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ねとらぼでは1月19日に二子玉川ライズで開催される「第4回ウェブメディアびっくりセール」で、初の同人誌「ねとらぼん」を頒布します。
テーマは「ネットと銭湯サウナ」。昨今人気に火がつき始めた銭湯とサウナ、そのブームの広がりにネットがどのように関わっているのか、コラムやエッセイ、インタビューなどさまざまな記事で見つめる一冊となっています。


総括コラムはヨッピーさん、銭湯サウナをテーマにしたエッセイは中川淳一郎さん、姫野桂さん、ちぷたそさんなど、ねとらぼがお世話になってきたライターが寄稿。インタビューには初のサウナポータルサイト「サウナイキタイ」の創始者2人に開設経緯と「ネット×サウナ」について語ってもらいます。
64ページで1冊500円。ねとらぼのサイト上でも一部の記事をピックアップして連載形式で掲載中です。
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