いま、このタイミングで読むべき一冊は、K・ラウスティアラ&C・スプリグマン『パクリ経済』だ。
パクリ問題が、たびたび起こる。いまも、ティラミスブランド問題が炎上中だ。
「2012年にシンガポールでつくった私達のオリジナルのブランドロゴがコピーされ、只今日本で使用できなくなってしまいました。私達が大好きな日本でこのような事が起きた事を、大変残念に思っています」
2012年8月にシンガポールで創業し、2013年8月には日本でも販売開始していた「ティラミスヒーロー」が公式サイトで訴えた。先に商標登録されて、ブランド名とロゴが使えなくなったのだ。

ティラミスヒーロー 旧サイト
ネットでは「海外のブランドを、国内企業が商標登録などを法的処理を完遂しながら丸パクリしたケースではないか」と疑う声も出ている(ねとらぼ記事より)。著作権法違反や不正競争防止法で取り戻せないものか、などさまざまな意見が続出した。
ところが、法的には“手も足も出ない”状況(cyzo woman)であり、名称についても“微妙な判断になる”(弁護士ドットコム)という見解が弁護士から示されている。
このようなパクリ事件は珍しくない。飲食店だけではなく、マンガ、ゲーム、映画など、消費者から見れば、露骨なパクリであるにもかかわらず、法的にはシロになるケースは多い。「二次創作がどこまで許されるのか」という問題はたびたび議論噴出する。
パクリをどう判別すべきか。模倣と創造がどう共存していけるのか。そもそも、パクリは悪なのか?
そういったことを考えるのに最適な本が、K・ラウスティアラ&C・スプリグマン『パクリ経済』だ。ファッション、料理、お笑いのネタ、スポーツの戦術、文字フォント、金融ビジネス手法などを実例に、パクリと法、コミュニティの在り方について検証した一冊。

K・ラウスティアラ&C・スプリグマン『パクリ経済』
冒頭から驚かされる。“ファッション・デザインは著作権法で保護されていない”のだ。服のデザインそのものはコピーし放題なのである。あからさまにパクっても法的には問題にならない。なぜか。実用品だからだ。
著作権法は、機能性を持たない芸術品にしか適応されない。例えば、宝飾品は著作権を取得できる。飾りであって実用性がないと判断されるからだ。だが、ドレスは、いくら芸術的で独創的であろうと、服であり実用性があるので著作権は認められない。“ファッション・デザインの平面スケッチは、絵画として保護される”にもかかわらず!
本書では料理についても一章当てて、検証が行われる。
“実用的レシピには著作権が認められていない”。独創的な料理を創作しても、それを真似して展開されることを止める法的な手だてはない。
PILという会社がレシピ本『ディスカバー・ダノン』をパクったケースが紹介される。2つのレシピ本は、ほとんど同じ。だが、“著作権適用に必要な「最低限の創造的表現」が含まれないため、著作権を認めないと裁判所は断定”した。独創的な料理であろうとも「創造的表現」がないとみなされてしまうのだ。著作権保護は“「アイデア、手順、行為、方式、作業方法、概念、原理、あるいは発見」のいずれも適用されない”ために、手順、作業方法の指示であるレシピは保護されない(楽譜は保護されるにもかかわらず!)。
もともと働いていたロブスターバーの近くに、料理もメニューも店の雰囲気も構成もそっくりな店を出したエド・マクファーランドの例も登場する。この事例でも、独創的な料理そのもののパクリは、争点にすらできない。法的には、レストランの装飾で、争わざるをえないのだ。
『パクリ経済』が、特別な本であるのは、この先だ。
「法的にどうだったか」だけでなく、その業界内、コミュニティ内でどのように扱われるか。そして、業界規律が、どのようにパクリ問題に影響を与えるか。さらに、業界規律やパクリそのものが、業界の繁栄にどうつながっていくかが語られる。
読んでいくと、法的な保護は、まったく時代に追いついていないように思える。だが、法がマッチしない部分があるからこそ、業界によるゆるやかな制約が重要になっている。
そこでは、「オリジナルに敬意があるかどうか」が基準となることが多い。
フランス料理会で機能している主な規範は以下の3つだ。
1 名人シェフは、他のシェフが自分のレシピをそのままコピーしたりしないと考えている。
2 名人シェフは、自分が情報を与えたシェフが許可なくその情報を他人に渡したりしないと考えている。
3 名人シェフは、自分が情報を与えたシェフは自分のことを情報源として明らかにすると考えている。(本文より)
修行や研修といった過程が、こういった不文律に近い規範を生み出してく。それによって悪質なコピーが蔓延しないコミュニティを作り上げている。
ところが、コミュニティや修行など必要ないという考え方や、外から乱入するような無作法で、業界規範が無視されることも起こる。
業界規範は、それぞれの業界で在り方が違うし、外部からはわかりにくい部分が多分にある。
本書では、各章に、それぞれの「業界超略史」が載っている(この項もおもしろい)のも、業界規範を考えるために必要だからだ。
1960年代半ばごろまでは、スタンダップコメディは、短いジョークが主流。他のコメディアンのネタに手を加えて使っていた。パーティー・ジョークとして、誰でも言えるジョークが「良い」といされた。1960年以降は、スタイルが多様になってきて、演じる人のキャラクターが反映されるものに変わってきた。ぶつ切れの短いジョークじゃなくて、ひとまとまりの構成をもちはじめた。
そうなってくると「パクられても良い」というわけにはいかなくなってきた。法的には問題なくても悪質なパクリを行ったコメディアンは、脅されたり、評判が下がったり、共演不可になったり、殴られたりする。
本書はアメリカの事例が中心だが、日本にフォーカスを当てた丁寧な(山田奨治による)解題がついている。それによると、裁判をして決着をつける姿勢がある米国は、リスクを取ったチャレンジに前向きだ。だが、訴訟になることそのものが大きな問題になる日本では、なかなかリスクを取ったチャレンジはむずかしい。
また日本では、“成文法ではないが業界内の習慣や時に制裁をともない規制が、実効性のある「法」として機能していることにも留意しなければならない”。
悪質なパクリなのか、それがイノベーションに一役買うパクリなのか、判断はむずかしい。
その時点では判別つかない場合もあるだろう。それに加えて、コンピュータやネットの出現によって、コピーの簡便さ、スピードが大きく変わった。またパクったパクられたという問題の情報の拡がるスピードも格段に速くなった。
ティラミスブランド問題は、オリジナルへの敬意がないように見える。見えるが、それを外野から断罪したり、野次を飛ばして混乱させていいものだろうか。性急にすぎやしないか。
パクリそのものの在り方が大きく変化しているタイミングのいまだからこそ、パクリ問題を立ち止まって真摯に考えるために『パクリ経済』をぜひ読んでほしい。いや、ほんと、パクリ問題について脊髄反射とうっぷん晴らしの指先だけでカチャカチャ野次飛ばしてる人は、せめてこの本を読んでからにして。お願い。
(米光一成)
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