ライターの城戸(@sh_s_sh_ma)です。映画が好きです。
かのエミネムが「200回鑑賞した」と絶賛するコメディ「スーパーバッド 童貞ウォーズ」をご存知ですか?
知らない方も多いでしょう。なぜならこの映画、日本では劇場公開すらされていないのです。あんまり売れてない。世界一売れたラッパーが200回見てるのに。

アメリカでの公開は2007年。今でこそAmazon Primeビデオで手軽に視聴できるようになりましたが、以前はツタヤすら置いていたり置いていなかったりする状況でした。
あらすじは「冴えない高校生コンビが好きな女の子のために酒を求めて奔走する」という、まあこれだけの話です。セックスで頭がいっぱいのボンクラが、本当に大切なものに気付いていく――もはやエミネムじゃなくても200回は見たであろうテンプレのストーリー。きっと皆さん思ったことでしょう「本当に面白いの? タイトルもクソ滑ってるし……」と。
ご安心ください。大傑作です。今回は「スーパーバッド 童貞ウォーズ」の魅力をご紹介します。
「童貞/童貞/バカ/バカ/バカで童貞」 世界一バランスの悪い5人パーティーの大冒険
なぜテンプレ通りのストーリーが大傑作となったのか? その理由は、登場するキャラクターたちの圧倒的魅力にあります。

まずは主人公のエヴァン(左)とセス(右)。両者とも未経験である点は共通していますが、エヴァンは消極的過ぎて相手にされない闇の童貞、セスは積極的過ぎて空回りしてしまう光の童貞です。
童貞の男性、あるいはかつて童貞だった男性ならば、必ずどちらかには感情移入できるのではないでしょうか。「共感性の高さ」という点において、童貞二元論をもとに生み出された彼らは最強のW主人公というわけですね。

そんな対称的な性格でありながら、2人は唯一無二の親友。消極的なエヴァンは、実はそれほどモテないわけでもない……というのも、学園ものでは「あるある」かもしれません。セスはチンポコを描くのがめちゃくちゃ上手です。
エヴァンは憧れの幼馴染に告白したい。セスはとにかくセックス。それぞれの目的を果たすために、2人はカースト上位の主催するパーティに酒を用意しようと奮闘します。ですが舞台はアメリカ。高校生が車を運転できても、酒を買うにはIDの提示が必要です。
それなら偽のIDを用意してしまえば早い。そう考えた2人は、かねてID偽造を自慢していたクラスメイトのフォーゲルに声をかけます。

このフォーゲルという男、童貞だとか童貞じゃないとか、そんなことがどうでもよくなるほどの「最強のバカ」です(童貞ではあります)。そして彼こそがこの映画の真の主役。エヴァンとセスが共感性の塊ならば、フォーゲルはあらゆる行動が予測できない天災のような存在です。
女の子のケツを凝視していたことがバレてしまった彼が、なぜか「いま10時33分だよ」と時間を教えてごまかそうとするシーンは屈指の笑い所。人間って理解を超えた存在に出会うと笑うしかなくなるんですね。

そんな彼が自信満々に用意してきた偽造IDがこちら。ハワイに住む25歳、名前は「McLovin(マクラビン)」。日本人にはピンときませんが、日本語にすると「お寿司好き好き太郎」くらいあり得ないネーミングです。名字はありません。
こんなIDで酒を買えるわけがない。だけど女の子たちには大見得切ってしまった……。バカながらも応援したくなる主人公2人組に、バカ過ぎてどうしようもない狂言回しが加わって、テンプレ通りのストーリーが誰も見たことのない方向へと転がり始めます。
そんな物語を加速させるキャラクターがもう2人。
それは未成年飲酒を目論む主人公の前に立ちふさがる警察官コンビです。青春映画のセオリーでいけば“バカな子ども”と“立派な大人”の対比を描きそうなものですが、「スーパーバッド」の警官たちはバカ側の存在。信号無視・飲酒運転・大麻・ひき逃げと、立場を利用して好き放題に生きる究極のボンクラ。というか普通に犯罪者です。

主人公のセスとエヴァンは対照的な性格でしたが、こちらのコンビはまったく同じ性格で、2人とも完全にどうしようもない。そんな彼らがバカのマクラビンと意気投合し、次々と“大人の体験”を味わわせていく様は、不謹慎ながらも笑ってしまう事必至。
というわけで、一見凡庸かと思われたプロットは、「童貞/童貞/バカ/バカ/バカで童貞」の5人組を好き勝手暴れまわさせるための、平坦(たん)で広大なスタジアムだったのです。

演じるキャストも超一流 後のアカデミー賞俳優に
キャラ設定が面白くても、役者がヘタだったらどうしようもありません。ですがこの映画、キャストも超一流ぞろいなんです。2007年に同作が公開されたのち、メインキャストたちは軒並み大出世を果たしています。
消極的な童貞のエヴァンには、卑屈っぽいナード役をやらせたら右に出る者はいないマイケル・セラ。個人的には「スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団」の彼も大好きです。
積極的な童貞ことセス役のジョナ・ヒルは、当時からコメディ畑で引っ張りだこでしたが、後に「マネーボール」「ウルフ・オブ・ウォールストリート」といった大作でアカデミー賞にノミネート。演技派俳優としての側面も評価されることに。

そして何より、真の主役マクラビンに扮(ふん)したクリストファー・ミンツ・プラッセ。この映画は一度見たら忘れられない怪優を発掘したという意味でも評価されています。


ボンクラ警官2人組には、人気コメディアンのビル・ヘイダーとセス・ローゲン。クリエイターとしての顔も持ち合わせており、多彩な才能を見せる素晴らしい俳優です。セス・ローゲンは今作の共同脚本も務めています。
と、映画好きならきっと共感していただける名優ぞろい。彼らが若かりし頃のハチャメチャな演技をご覧いただきたい。あと「ラ・ラ・ランド」でアカデミー主演女優賞に輝いたエマ・ストーンのデビュー作でもあります。

童貞コンビとバカトリオ 2つの友情が胸を熱くする
さて、ここまで主にコメディ部分を紹介してきましたが、「ダサくてイケてない高校生の人間ドラマ」としても同作はすばらしい。どうして自分が彼らをこれほど愛してしまうのか、改めて考えてみると、作品の根底にある「友情」というテーマにグッとくるからだと思うんです。
ただビールを手に入れたいだけなのに、あらゆる行動が裏目に出てしまう。たった一晩の旅の中で、彼らは自分が無力な子どもであると思い知らされ、同時に「恋の悩み」や「将来への不安」が夜の闇のように重くのしかかってきます。
必死でもがいた末に、夜明けとともに訪れる青春時代ならではの結末。友情とは、成長とは何なのか、くだらないギャグに笑わされながらも、しっかりと胸に残る2人の顔を、あなたは忘れられないはずです。

描かれる友情はもう1つ。マクラビンと警官の間に芽生える絆もグッときます。
警察官でありながら酒に明け暮れる、年齢だけを重ねたボンクラ2人組は、純真無垢なマクラビンにとって「憧れの悪い先輩」。妙に面倒見のいい彼らはマクラビンを気に入り、大人の遊び場を連れまわします。
音楽や映画、漫画やゲームについて教えてくれる兄貴が欲しかったと思うことありませんか。妙にカルチャーに詳しくて、「こいつ学校では冴えないんだろうな……」と薄々感じながらも、下品なポスターの貼られた部屋で遊びを教えてくれる自分だけのヒーロー。警官たちはまさにそんな存在なんです。
バカのスパイラルが行くところまで行ってしまったマクラビン&警官は、物語の終盤、その友情を最高の笑いに昇華させて出番を終えます。夜明けを迎えずフェードアウトする彼らの描写は、夜を超えて1つ大人になった童貞たちとは対照的。
青年期を終えてしまった我々は、「自立しなきゃ」「ちゃんとしなきゃ」という社会規範から逃れられません。ですがマクラビンの目線を通して「自由な大人ってかっこいい!」という、あの頃の気持ちをガンガンに思い起こすことができるのです。

もっと語りたいところなんですが、ネタバレを避けるとこれくらいが限界です。エミネムに間違いはないと教えてくれる「スーパーバッド 童貞ウォーズ」。タイトルから敬遠されがちな作品ですが、ぜひご覧ください。
(城戸)
※画像は予告編よりキャプチャ
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